第二章 04
「もしもし、美冬さん?」
「なんですか? ジンさん?」
もう疲れ果てて、僕を神斗と呼ぶことすら忘れている。
僕も注意できるだけの気力がない。
「お金、足りますかな?」
「私はそれより、気力が足りない」
明日が休日だということが夏葉にとって幸いにして、僕達にとって災いとなった。
あっ、夏葉と呼ぶことは僕と春樹にも、そう呼んで欲しいと言われて、そうなった。
まあ、これだけ、一緒に騒いでいて、そうならない方が困る。
それくらいの救いがあってもいいだろう。
あれから、十八時近くまでボーリング、そこから、親に連絡を入れてから、カラオケのフリータイム。
親も止めてくれればいいのに、夏葉の承諾を得て、夏葉の失恋の話をしたら、即OK。
この三人の親、おかしい。
ちなみに僕は今、秋月で、秋月家は家に両親が居ない……と思う。
少なくとも、部屋は一人部屋。
僕と美冬はダウン寸前。
そして、春樹は――
「夏葉はともかく、春樹は――」
「「化物だね?」」
そう、春樹はこれだけ騒いでも、夏葉と同じテンションを維持し続けた。
今は仲良くデュエットで歌っている。
「秋ちゃんがなんだ~~」
「夏葉だって可愛いぞ~~」
注意、お酒は飲んでいません。
ええ、断じて!
それから、未成年が許されるギリギリの時間まで歌って、僕達は裁きを受けようとしていた。
騒ぎ終えたら、入れ替わりの事情を話そうと決めていたのだ。
僕はさんざん罵られる覚悟で、美冬は絶交される覚悟で……。
春樹は自分が話す役を引き受けるという覚悟を示してくれた。
夏葉の性格なら絶交も罵られるのもないかもしれないが、さんざん騒いでテンションがあがった今なら少しはありえるかもしれない。
美冬は『夏葉は自分の自分に対する毒舌は許すが、他人に対する毒舌も許せないコだから、罵られない』と言っている。
僕も、夏葉がこれだけ騒ぐのに付き合ってくれた美冬と絶交するなんてありえないと思っていた。
だから、一番、覚悟を問われるのは春樹だ。
彼女に再び少しの希望が見えることを言い、その上でまた泣かせることを言う。
だが、春樹はその役目を譲らなかった。
こうすると決めたのは自分だから……と。
きっと、さんざん騒ぐのにテンションをあげたまま付き合ったのはその覚悟の現れだろう。
けれど、それで、夏葉が言われることに対して、負担が軽くなるとは微塵も思っていないだろう。
その負担の重さを抱えたまま、春樹は口を――
「ねえ、春樹くん。こんなダメダメな私だけど、友達としてから付き合わない? って、もう友達だとは思ってるけど、デートとか普通なら恋人がやることをしない? あっ、さすがにそこまで割り切れていないから、エッチなことはさせてあげられないけれど……」
「えっ!?」
驚いたのは春樹だけだった。
わかっていたのだ。
少しずつ、夏葉が春樹に心を許しているのを……。
「ダメ……かな? 今日、楽しかったし……。もちろん、美冬や神斗くんがいてくれたことも嬉しかったけれど。私のテンションに最後までついてきてくれたのは春樹くんだけだったし……。それとも、私なんかとでは楽しくなかった?」
「そんなことない! 楽しかったに決まっているだろう! わかりきったことを聞くな!」
「じゃあ、私とでは恋人みたいに思われるのは迷惑? 他に好きな人がいる?」
そんなことはない。
僕達は他にもわかっていることがある。
春樹は本気で夏葉のことが好きだ。
それこそ、夏葉が想像できないほどに……。
僕が美冬を好きな気持ちでさえ、春樹の気持ちに勝てるかわからない。
まあ、僕の気持ちは結晶に封じられていたかもしれなくて、つい最近、取り戻したモノだけれど、それでも誰にも負けるつもりはなかった。
春樹の気持ちは――想いは僕の――最近取り戻したモノとは違う。
長い時間をかけて高めてきた想い。
そう、春樹は前から夏葉のことが好きだったのだ。
僕達はいつも一緒にいたのに、それに今日まで気付かなかった。
しょうがないだろう?
春樹と夏葉が一緒にいるところを見る機会は、そんなに多くなかったのだから……。
春樹の口から出た言葉は僕の考えを肯定する。
「先に言っておく。俺は夏葉が好きだ。だけど、俺は――俺達は夏葉に隠していることがある」
「えっ!? 何?」
「実はジンは――」
「待って! ああ、それならわかっているよ。ねえ、ジン君?」
「えっ?」
夏葉は僕の方を見てそう言った。
「それで美冬が、今のジンくんの彼女なんでしょう?」
「えっ!? 夏葉、知ってたの?」
「ううん、知ってたんじゃなくて、わかっていたの。正確には今日、わかったの。といっても、今日、一緒に騒がないとわからなかっただろうけど……」
「なんで?」
「好きだった人のことだもん、わかるよ。と言いたいところだけど、どっちかというと、美冬の反応」
「私の?」
「そう、美冬がジンくんを好きだったことくらいわかるもの。その美冬がジンくん以外の人にそんなに親しくするわけがないでしょ?」
「うっ!?」
「ハハハ、信じられるよね? 他ならぬ私の言葉なら?」
「うう」
夏葉が美冬のマネをして言う。
美冬が夏葉の好きな人を理解したように、夏葉も美冬の好きだった人を理解したのだろう。
だって、二人は同じ人を好きだったらしいから……。僕がそう考えるのも少しあれだけど……。
でも、それはもう過去のことだ。
「私も少しずつだけど、春樹くんのことを好きになってきているから……。まだ、完全に好きとは言えないけれど……。だから、ね? 私が完全に好きになるまで、一緒にいて? 私、春樹くんのこと、好きになりたいから。好きになったら、また告白するから、お願いします!」
「ああ、それでいいなら、よろしくな? 夏葉」
「うん、よろしく、春樹」
ああ、こんな恋の始まり方もあるんだと、そう思った。




