第二章 03
「夏葉、元気を出しなよ。まあ、他ならぬ夏葉なら……立ち直れ――ないよね」
美冬が立ち直れると言うつもりが現実を見て、訂正した感じだ。
「どういうこと? 美冬?」
「今だから言うけど、夏葉もジンのことが好きだったんだよ」
「えっ?」
僕は、つい顔を赤くした。
だが、それが美冬の気に触ったようだ。
「なんで、貴方が顔を赤くするのかな? 神斗? 二重の意味で、他ならぬ貴方が!」
僕は今、ジンではないからと、美冬という彼女がいるのに――という二重の意味で顔を赤くしたことを咎められる。
「いや、その、えっと、ほら、僕って、恋愛事に慣れてないから、そういう話を聞くとつい……えっと、ごめんなさい」
「はあ、元気を出せ、裁園寺。この二人を見ていたら、どうでもよくなってこないか?」
春樹がフォローに回る。
だが、せっかく失礼なことを言われたのに裁園寺には届かない。
「はあ、どうせ、私は胸だけ大きい。根暗キャラですよ」
「暴走癖もあるみたい――」
「あっ、バカ、神斗」
「ぼ、暴走なんてしてないよ! そうだよ。してない!」
「えっ、なんで、そこだけ?」
僕が不思議がっている横で、春樹は何かを考えているのか無言だ。
美冬が解説してくれる。
「夏葉は、自分の自分に対する毒舌は許すけど、他の人には言われたくないタイプなんだよ。他ならぬ夏葉は」
「なんで?」
「言われたくないから、自分でわかっているから言わないで……みたいな意思表示の方法じゃない? だって、自分でわかっているなら、治そうとするから言う必要ないでしょ? 他ならぬ夏葉なら……」
「まあ、そうか」
「その代わり、自分で気付いてなかった欠点を言われた場合は、そこでまた、素直に受け止めて、そのことに対して落ち込んでいるんだけどね。わかるでしょ? 他ならぬ貴方なら」
「反省が表に出やすいってこと? ということは暴走癖のことは自覚済み?」
「微妙なところじゃない? ただ治さない理由があることを知らないみたいだから、怒ったみたいな? 暴走癖は治せないだろうし……。他ならぬ夏葉なら」
だから、さっき、美冬は裁園寺さんの暴走を放っておいたのか。
僕は引き続き、改善策を考える。
「でも、じゃあ、どうすれば? 暴走は放っておくってこと?」
「……ねえ、神斗。自覚ある? 他ならぬ貴方は?」
「何の?」
「はあ~~」
美冬は大きくため息を吐く。
僕はわけがわからない。
「私に悪いとは思わないの?」
「何が?」
「……はあ~~、下心はないみたいだから許してあげる。他ならぬ貴方だもんね。でもね、恋人なら、彼氏が他の女の子を助けるのを見て平気でいられない人もいるんだよ」
「嫉妬?」
「そうだよ。嫉妬。というか、答えがわかったからって、平気で口に出さないで……。まあ、他ならぬ貴方ならしょうがないけれど……
」
女の子って難しい。
次から気を付けよう。
だけど嫉妬のことを口に出されるのが自分が汚いと思われるからというだろう理屈はわかるが、別にいいと思う。
いいじゃないか嫉妬。
それだけその人のことが好きだということだし、それが源で頑張れることもある。
人間らしい感情だと思う。
それに嫉妬している美冬もかわいいだろうから、もっと見てみたい。
「でも、解決策かぁ。一番簡単なのは事情を説明してしまうことだけど……。どう思う? 他ならぬ貴方は?」
「いいんじゃないかな? じゃあ、当事者だし、僕が――」
「待て!」
そこで春樹が止めてくる。
というか、考え事をしていて、今まで意見を言わなかったくせに、きちんと聞いていたんだ?
「お前、なんて言って説明する気なんだ?」
「それは入れ替わりをそのまま」
「それで状況が変わるのか?」
「えっ?」「あっ!」
疑問を抱いたのが僕。何かに気付いたような声をあげたのが美冬。
少し考えてみて、僕もわかった。
美冬が言葉にする。それでも事情を察したからか、尻すぼみ気味だ。
「そうか、どっちにしろ、ジンには恋人がいるじゃん。しかも、下手をしたら、夏葉が口をきいてくれなくなる。いや、他ならぬ夏葉なら、ないとは思うけど……」
「でも、現状を少しでも正確に伝えるべきだろう?」
「はあ~~、お前はたまに優しさよりも、正しさを優先させるよな? 少なくとも、まだ成人してないんだから、もう少し優しくしてもいいだろう?」
「でもさ――」
「まあ、待て。そりゃ、俺もいつかは説明したほうがいいと思うさ。でも、ここは俺に任せてくれないか? 少し考えがある」
春樹はこの状況を打破する考えがあるらしい。
西園寺のために――しかも厳しすぎない優しい解決法を考えることができる。
春樹は西園寺にとってヒーローになりえるのかもしれない。
「えっ!? うそ? どんな? 他ならぬ春樹がこの状況を変えられる方法を?」
「美冬? 失礼だよ。一応、僕達の問題でもあるんだから、言い方を考えないと……」
「うん、まあ、お前も否定してない辺り、失礼だからな?」
「ち、違うよ。裁園寺さんに対する言い方を……だよ?」
「事情を説明しただけでは現状を変えられないと最後に気付いた上に、正しさを優先させようとしたお前がか? それにどんな風に失礼なんだ? ん?」
「うっ!?」
「あっ、神斗が論破されちゃった」
「二人とも何かいうことは?」
「「ごめんなさい」」
「よろしい。そういえば、裁園寺は?」
「あそこでうずくまっている」
美冬が指をさした方を見る。
すると、うずくまって悲しそうにしている裁園寺さんがいた。
体育館の裏でそのポーズはハマっていて、不謹慎だが少し面白い。
僕達が裁園寺さんを気にしないで、話をしていたから、さらに拗ねてしまったのかな?
「よし、行ってくる。あっ、それとさっきの失礼なことを許してやるし、一応お前達の問題だから、協力してもらうぞ?」
「「えっ!?」」
「いいな?」
「「はい」」
でも、何を協力させるって言うんだろう?
あまり無茶なことはさせないでほしい。
まあ、僕にだけ頼まれて、出来る範囲の無茶なら、いくらでもするけど、美冬まで巻き込むのは気が引ける。
春樹は僕達の承諾を得ると裁園寺さんに話しかける。
「なあ、裁園寺。お前の恋に気付きもしないで、お前に失恋させたアイツ等のことなんか考えてないで、俺達と憂さ晴らししないか? おごるぞ?」
「えっ? いいの? 私みたいな暴走根暗女の憂さ晴らしなんかに付き合って?」
そんなに遠くではなかったので声が聞こえてくる。
あっ、暴走を認めた。
いや、春樹にそう思われていると思って言っただけか?
「いいさ、暴走は自分の短所に対する反省なだけだろう? それに言う程、根暗ではないだろう? 反省を口に出しているから、そう見えるだけで……。なあ、行こうぜ。絶対に損はさせないから」
「でも、そんなにお金が……」
「だからおごるって! 俺だけじゃなくて、神斗と美冬も出すから心配しなくていい」
「でも、悪いよ」
「気にしなくていい。ある意味、俺達も原因の一端だからな……」
「?」
「まあ、その、なんだ、行こうぜ」
「うん、じゃあ、遠慮なく」




