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楔の勇者  作者: あくだま
第一章
5/13

旅立つ

 旅立ちの朝は、快晴だった。

 澄んだ空気は肺の奥まで染み渡るようで、元気が出てくる。


 いつも通りの朝食を済ませると、旅の服装に着替える。

 執事のユージェルムは終始不安げな様子で着替えの手伝いをしてくれた。


 旅に同行するリアムはというと、僕が目を覚ます前に既に旅支度を終えていた。

 今は、他の使用人たちとともに馬に積まれた荷物をチェックしている。


 せいぜい2人の旅路なのだが、持たなければいけないものは多く、持てるものは少ない。

 はじめて旅の支度をして、その事実を知った。

 山のように積まれた水も食料もどこか心許ないように感じる。

 心配しすぎだろうか。

 

 とはいえ、大半の物資はミュゼランが揃えてくれたから、準備の苦労はしていない。

 レントハイムにたどり着けば、また補給もできるだろう。

 …出発前から心配ばかりしていたら、うまく行くはずもない。

 最初の一歩が肝心なんだ。



「アルシェス(ぼっ)ちゃま、これを。」


 旅支度がほぼ完了したところでユージェルムから渡されたのは、一振りの剣だった。

 茶色い革の鞘にはシトゥルザークの家紋が焼き付けられている。

 

「かつて旦那様が、坊ちゃまのご誕生の折にベルナル王国一の鍛冶師に打たせたものにございます。」


 剣を鞘から抜き放つと、銀色の刀身が日の光を受けてキラリと輝いた。

 まだ何物をも斬ったことのない純粋な刃は曇りひとつない。

 鍔元には銀の細工でシトゥルザークの家紋が形取られていた。


「本来であれば、坊ちゃまの成人の儀にてお渡しするものでしたが…これも運命なのでしょう。」

「ありがとう、ユージェルム。父上が傍にいるようで心強いよ。」


 ユージェルムは感極まったのか、ポケットからハンカチを取り出して溢れる涙を拭いた。


 …こうして援けてくれる人たちのためにも、一日も早く兄を捜し出し、連れ帰らなければ。

 父からの贈り物の剣を腰に佩くと、いよいよ気持ちが引き締まった。

 


 ***



 日は徐々に高く昇り始めていた。

 朝の10の鐘が鳴っている。


 出立前に国王からの使者がやってくるはずなのだが、一向に現れる気配がない。

 この場にいる皆が、落ち着かない様子で往ったり来たりと、気を揉んでいた。


 すると、ほどなくして車輪の音を響かせ、一台の馬車がやってきた。

 解放されていた屋敷の門から、ゆっくりと玄関口へと向かってくる。

 所在無げにしていた使用人たちの注目を集める中、馬車はゆっくりと僕の立つ噴水の脇に停車した。


 目の前に停まった馬車の中から顔を出したのは、ベル姉だった。

 ベル姉は御者が置いたステップを無視して、馬車から飛び降りる。

 当たり前だが、ベル姉はパーティの夜とは違い、正式な軍服を着ている。

 金色の髪はきっちりと纏められ、すらりとした首筋が露わになっていた。 

 仕事姿を見るのは初めてだったが、すごく似合っていると思った。


「ごめんごめん、遅れちゃって!」


 ベル姉は顔の前でスミマセンのポーズをとると、いつもの調子で笑った。

 それを後に続いて馬車を下りてきた文官が咳払いで注意する。

 ベル姉は肩をすくめると、苦い顔をしている文官にもスミマセンのポーズを取る。


「えー、コホン。アルシェス・シトゥルザークに陛下よりお渡しするものがある。」


 ベル姉は僕に向き直ると、わざとらしい鷹揚な棒読みで言った。

 後ろに控えた文官が眉をひそめながら、手に持った布包みを開く。

 そこには朱色に塗られた木の札があった。


「えー、これは通行手形である。貴殿が諸国に赴く際、刻まれた王の印が援けとなるであろう。」


 ベル姉は変わらず鷹揚な棒読みで言う。

 文官の手から木の札を取ると、僕の前に差し出す。


「…謹んで拝受いたします。」

「うむ。」


 ベル姉の前に跪き、手形を受け取る。

 手にした木の札には王家の紋章が刻まれており、貼られた金箔が輝いていた。

 僕は立ち上がり、間違っても失くしてしまわないようにと、手形に結われた紐に首を通した。

 

「さて、それを持っていれば、デルマイユでもランデルゴートでもどこでも行けるよ。」

「はい。必ず、陛下にお返しいたします。」

「…アル、大変だろうけど頑張ってくるんだよ。」

「はい。ベル姉もお体には気を付けて。」


 ベル姉はこのやりとりがむず痒くなってきたのか、居心地の悪そうな顔をしている。

 こういうところは兄とそっくりだ。


「それじゃ、騎士の旅路を祈る言葉をアルに捧げよう!」


 ベル姉はいきなりカラッと笑うと、次の瞬間には今まで見たことのないような神妙な顔をして口を開いた。


「『汝ベルナルの仔よ、災いに遇いては勇を以てこれを退けよ。援けを求む者あれば、愛を以てこれを救けよ。』」

 

 とっさに胸に手を当てて目を閉じる。


「『汝に訪れる苦楽を旅の供とせよ。汝、眼を瞑ることなかれ。両の眼で、世界を見よ。汝の旅が日と月の光に祝福されんことを。』


 祈りの言葉が終わり、ベル姉の気配が近づいたかと思うと額にほのかに温かいものが触れた。

 数瞬遅れて、それが額へのキスだったと気づく。

 …少しだけ、心臓がドキリとした。


「…かな~り省略したけど、ま、単なる儀式だから!」


 ベル姉は照れくささなど微塵もないように、元気な声をあげる。

 僕もゆっくり目を開けて、微笑んだ。

 ベル姉が小さく頷く。


「さ、行っておいで。」


 僕は深呼吸をしてから、大きく頷いた。


「行ってくる。」

 

 最初の目的地はレントハイム。

 王都を出て東、ミナリアス街道を進む、およそ12日の道のり。

 途中、街道に点在する宿場町で休みながら向かう予定だ。




 こうして、兄を捜す旅がはじまった。


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