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楔の勇者  作者: あくだま
第一章
3/13

気もそぞろに

 兄が失踪した。

 その一報を老騎士ミュゼランから聞き、急ぎ王宮へと向かう。

 馬上でミュゼランが気を使って何か話をしてくれていたが耳に入ってこない。

 

 何故、兄上が。

 国内外にその名を知られる武家の名門シトゥルザーク家の長男。

 王宮内でも文武に長け、未来を嘱望された若い騎士。

 家族に優しく、弟の自分からしても頼りがいのある自慢の兄。


 

 その兄が、突然、何故―――?

 答えのない問答で頭の中は混乱していた。

 


 気もそぞろにたどり着いた王宮は冬の朝の慌ただしさと、妙なざわめきが支配していた。

 そこかしこで神妙な面持ちの貴族たちが何やら話し込んでいる。

 中には顔を知った貴族もいたが、目が合うや逃げるようにどこかへ行ってしまった。


 兄の失踪は既に王宮中に知れ渡っているようだった。



 ***



「…バージェス・シトゥルザークは聖地ル・カンでの警護任務の際、神官と騎士団員の制止を剣を以て振り切ると、あろうことか聖なる宝剣を奪い、馬に乗り逃げ去った。」


 たどり着いた王の間で国王の前に跪き、兄バージェスの失踪の経緯を聞いている。

 羊皮紙の報告書に書かれた内容を読み上げる文官の、情緒豊かな説明に心が苛立った。

 一言ごとに、肚に思いきり拳を突き立てられるような感じがする。


「幸運にも傷を負った者はおりませんが、非情にも同胞に剣を振ったこと、さらには国宝である聖剣を奪い去ったことからも、バージェス・シトゥルザークは我らがベルナル王国に対する反逆の意志を持っていることは明らかであり、この謀反に対して…」

「――よい。」


 饒舌に罪人(あに)を糾弾する文官の声は国王の声で遮られた。

 重く肚に響く、獣の唸りのような声。

 武名の誉れ高き国王、ダンタール・ベルナリオン3世。

 獅子の風格を持つ王の声は、まさに百獣の王の様な威厳がある。


 文官は深く息を吸うと、口を真一文字に結び一礼して文官たちの列へと下がった。


「…白獅子騎士団副団長、バージェス・シトゥルザークは、今を以てその任を解く。」


 予想していた言葉。

 ただ、国王の声に気圧されたのか、頭がフラっとした。


「アルシェス・シトゥルザークよ、異論はあるか?」

「…ございません。」

「――よい。」


 当たり前だ。

 任務を放棄して消えただけでなく、あまつさえ国宝を盗んで逃げるなど。

 栄誉ある白獅子騎士団の副団長にあってはならない失態だ。

 

 涙が落ちそうだった。

 兄がこのようなことをしでかすなど、あり得ない。

 そう思いたかった。信じたかった。


「アルシェスよ。」

「ハッ。」

「貴殿はこれより1年の後、白獅子騎士団への入団が決まっておるな。」

「ハッ、左様でございます。」

「―――そなたには入団までの1年、兄バージェス捜索の命を下す。」

「…ハッ。」

 

 兄の捜索。

 1年で、何処に逃げたかもわからない兄を、捜し出す。

 無茶な任務だ。

 この広い大陸の、何処を捜せというのか。


「1年以内に、バージェスを捜し出し、余の前に引連れよ。それまでシトゥルザーク家に対する処分は保留とする。」


 国王の威圧感。

 謁見の間の重苦しい空気。

 途方もない任務への不安で、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 肚の奥に鈍い痛みが走り、額から汗が滲み出る。

 

「――よいな?」

「…ハッ。仰せのままに。」

「…兄が貶めたシトゥルザークの名誉、そして父ヴォドーの名誉。弟である貴殿が回復してみせよ。」



 謁見は終わった。



 ***



 重い足を引きずって王宮を出ると、ユージェルムがリアムとともに立っていた。

 ユージェルムが悲痛な面持ちで深い礼をする。

 リアムはその横で何をすべきかを迷っているようだったが、意を決したように小さい拳を握りしめると口を開いた。


「あ、あの、アルシェス様!バージェス様は決して…!」

「黙りなさい、リアム!」

「!!!も、申し訳ありません…。」


 ユージェルムが珍しく声を荒げてリアムを怒鳴りつけた。

 大声で叱責されたリアムは体を一瞬震わせると、涙を浮かべた目を伏せて一礼する。


 こんなユージェルムを見たのは、父の死んだ時以来だ。


「リアム、ありがとう。大丈夫だよ。」

「…アルシェス様。」

「…(ぼっ)ちゃま。」


 気づけば、ユージェルムの目にも涙が浮かんでいた。

 

「帰ろう。パーティの準備をしなくては。」

「はっ、坊ちゃま。」


 僕たちは、ユージェルムの用意した馬車に乗り、屋敷へと戻った。



 ***



「少し、外の空気を吸ってくる。」


 ユージェルムに声をかけ、パーティの輪から抜ける。

 かしこまりました、と白髪の執事は丁寧に頭を下げる。


 テラスで夜風に当たらないと、気がおかしくなってしまいそうだった。


 父を偲ぶパーティには大勢の人たちが集まってくれた。

 その中にはこの王都ベルナリアに居を構える貴族たちも多く、当然(バージェス)の一件も知っていた。

 貴族達の多くは気を遣ってくれたが、中にはあからさまに悪意を向けてくる者もいた。

 豪勢な食事だけを目当てにやってくる者の方が幾分マシなくらいに。


 父が亡くなって以来、当主となった兄が他の貴族たちとの折衝を行ってくれていた。

 兄は口も巧かったし肝も座っていて、上手くあしらっていたのを覚えている。

 貴族たちとの会話がここまで疲れるものだとは思いもよらなかった。


「…ふぅ」


 テラスのベンチに腰を下ろし、ため息をつく。

 3日後には王都を出発し、何処にいるかもわからない兄を捜し出さなくてはならない。

 1年以内に、この広い大陸の中から…。


「…なんでこんなことになったんだよ、ジェス(にい)。」


 思わず口をついて出たのは、届くことのない、兄への言葉だった。

 さっと吹き抜けた風に、頬がひんやりと冷たかった。

 

 ふとテラスの扉が開き、赤いドレスを纏った女性が現れた。

 シャンと張った背筋と豪奢過ぎない衣装に気品が漂っている。

 綺麗な髪飾りでまとめられた髪は、片手に持たれたグラスと同じ金色をしていた。


「あ、ベルデュラ様…」

「こんばんわ、アルシェス。そんなに固くならないでいいよ、いつもみたいにベル姉って呼んで。」

「…うん、ベル姉。その、兄上が、バージェスが…」

「あぁ、大丈夫。まったくジェスの奴、アルと私に黙って何処行っちゃったんだかね。」


 ベル姉。

 ベルデュラ・エンヴィリオンは、シトゥルザーク家と並ぶベルナル王国の武門エンヴィリオン家の長女で、兄の許婚(いいなづけ)の女性だ。

 才気煥発と言うべきか、才能と活力に満ち溢れていて、女性だてらに武芸の達人として知られている。


 兄も自分も、ベル姉とは小さい頃からお互いを知る仲だ。

 喧嘩をすることもあったが、いつだって一緒にいた。

 ままごとから軍隊ごっこ、一緒に遊びを覚えて、一緒に育った。


「聞いたよ、バージェス捜索の勅命が出たんだって?」

「はい。今朝、国王様より直々に命じられました。出発は3日後です。」

「3日後とは、随分急だねぇ。」

「1年の内に捜し出さなければいけません。」

「それもまた、随分と…」


 ベル姉も王宮内で働いている。

 兄の一件も当然耳にしているのだろう。

 その経緯も。


 ベル姉は苦い顔をしながら、僕の隣に腰を下ろすと手に持ったグラスを傾けた。


「謀反を起こしたのだから、当然です。」

「謀反って…アルはそれを信じてるのか?」


 そんなわけはない。

 あの兄が、国に背くなんてことはない。

 だけど…


「僕だって信じてない!信じられないよ!でも…」

「…私は、バージェスのことだから、また1人で突っ走ってるだけだと思うけどね。」

「父さんが守ってきたシトゥルザークの家が無くなるかもしれないのに、そんなこと…!」


 気を許せる相手を前にして溢れてしまった言葉はそこで詰まった。

 顔を伏せたベル姉の頬に涙の筋が見えたのだ。

 

 そうだ。

 ベル姉だって、辛いはずだ。

 許婚となってからも、2人の仲は拗れることはなく、傍目にはとても仲の良い兄妹のように見えた。

 お互いを異性として過度に意識するでもなく、だけど将来を共にすることを分かり合っている。

 弟の僕の目からしても、2人が幸福になるだろうことは見て取れたし、喜ばしいことだった。


 だが、今回の一件で、その未来は崩れ去った。


「はは、ちょっと飲みすぎたね。」


 ベル姉は涙を乱暴に拭うと、スッと立ち上がってドレスをはたいた。

 月に照らされた金色の髪が、どこか寂しげに光っている。


「アル、あんたが気に病むことはないよ。ジェスがやったことなんだから。全部、バージェス(あいつ)の責任さ。」

 

 そう言うと、ベル姉はパーティの中に帰って行った。




(ジェス)が迷惑をかけてごめん。』

 その一言が、言えなかった。

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