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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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立ち向かうもの

「ぐっ……カースブレード!」


 エルシィが言葉を作った瞬間、地面からいくつもの黒い刃が伸びた。サメの背びれのようなそれらは自らを(くら)くぎらつかせ、こちらに向けて真っ直ぐやってくる。

 呪いを含んだ、明確な『攻撃』。相手が私を無傷で捕縛することを諦めた証だ。


「手足くらいなら、代用品はある……羽虫のようにちぎってあげる!!」

「……ようやく、少しは本気になったってわけね」


 顕現した聖剣――セイクリッド・ウェポンを腰だめに構える。共和国でいう、居合切りに似た格好だ。


「エンチャント、『ホーリー』……消えなさい」


 聖剣に、更に魔法剣技能により聖魔法を乗せる。

 振り抜いた剣は斬撃ではなく、光の束を撒き散らした。


 無作為に放ったわけではなく、呪いを自動で追って、消し飛ばす魔法だ。

 解呪だなんて器用なものではなく、属性の有利に物を言わせて刃の群れを消し去った。


 ……本気を出すのは久しぶりね。


 武器を精製して保持する性質上、魔力の消費が大きいから気軽に使えるものではないし、そもそもここまでに全力を出さなければならないような相手には出会わなかった。

 慣らす暇もなく、恐らくはこの世界でも最凶クラスの化物と対峙することになったけれど、実戦なんてそんなものだ。自分の予定や理想通りに進むことなんて、まずありえない。


 理不尽を嘆くよりも、理不尽を斬り拓け――過去に教えられたことを祈りのように心で唱えて、私は再び、開けられた距離を詰めるために動いた。


「ブラッドケージ!」


 相手が懐から紅の輝きを取り出し、後退しながら地面へと叩きつける。


 ……報告書にあったわね。


 騎士団にいた頃に、資料として読んだことがある。

 ブラッドケージはエルシィの得意とする技能で、承認さえ取れば生き物を収納することができる、吸血鬼の中でも稀有な能力だ。

 本来なら、血液を血液には混ぜられないという制約上、生き物を血の中に閉じ込めることはできない。

 けれどブラッドケージは血液の中に特殊な空間を創り、その中に生き物を入れることで生き物の封印を可能とする……確かそういうふうに書かれていたように思う。


 実際に()のあたりにするのははじめてだけど、慌てることはない。要は手勢を出すというだけだ。


 砕けた紅から現れたのは、巨大なドラゴン。

 現れた巨体は黒の鱗で月光を反射し、燃えるような瞳で私を睨みつけてくる。凶悪に並んだ牙の隙間からは、蒼炎がぱちぱちと瞬いていた。

 すらりと伸びた尻尾はどこか芸術品めいた美しさを持ち、夜の空を泳ぐように揺れる。

 体高は目測で三メートル程度。ドラゴンとしてはかなり大型だ。


「まだ大して遊んでない子だけど、出し惜しみはやめるわ……!」

「見たところ、ファフニール級のドラゴン……随分と大物を飼い慣らしてるわね」


 竜としてのランクで言えば、上から二番目。ユグドラシル級のひとつ下か。

 恐らくは闇魔法のうち、魅了効果のあるものを使ったのだろうけれど、竜を操るなんて相当だ。

 ふつうならば軍隊で相手取るような存在だけど、今、ここには自分しかいない。


「行きなさい、ジャバウォッキー!」

「ギャアアアアアア!!」


 耳障りな雄叫びとともに上から振るわれてくる爪を、後ろに飛んで回避する。

 掠るどころか、発生した圧力ですら五体をバラバラにできるような剛爪だ。大げさに避けておくくらいでちょうどいい。


「大きさで――ねじ伏せられると思うんじゃないわよ! マテリアライゼーション!!」


 相手が巨大なら、こちらも相応の刃にするまでだ。

 追加の魔力を燃料として、光剣が伸びる。

 セイクリッド・ウェポンは魔力により造られた半エネルギー体だ。長さも厚さも、自由自在。もっと言うと造り出すものが剣でなくても構わない。


 あらゆる災厄に対抗するために、過去の聖騎士たちが編み出した切り札。

 人型であれ、大型であれ、単体であれ、複数であれ。一振りの元に等しく同じ。


「せえええええいっ!!!」


 長さ三メートルを超える超長剣が、(はし)った。

 大上段からの真っ二つ。剣で斬られるというよりは光に喰われるようにして、竜の肉体が分断された。


 やはり操られているだけあって、本来のドラゴンよりもだいぶノロマだ。脅威であることには違いないけれど、隙がありすぎる。


「次は、そっちを斬るわよ」

「次なんてないわ。布石はもう、置いたのよ?」


 断末魔をあげることもなくふたつに裂かれた竜の向こうで、相手が邪悪に微笑んだ。

 斬られたことを思い出したかのようにドラゴンの死骸から血が吹き出して――私は過ちを自覚した。


「あはっ……♪ 綺麗に捌いてくれて、助かったわぁ」


 うっとりと呟いて、べっとりとドレスを血で濡らす。

 漆黒のフリルの上に乗ってなお鮮烈な紅色を、相手はすくい取って舐めた。

 すでに私に歯を立てて焼けただれた部分は元通り。上機嫌に血液を堪能している。


 ……しくじったわね。


 巨大な肉体には、それ相応の血液が溜め込まれている。それもドラゴンだ。血液に含まれる魔力量は人間と比べて桁違いに多い。

 そんなものを殺して血を流させてしまえば、それらはすべてエルシィの糧となってしまう。

 あの状況で、ドラゴンを放置するのは無理だ。頭では分かっていても、やられたという悔しさがある。せめて斬るのではなく、もっと出力を上げて消し飛ばしていれば……!


「ここまで、それも単独の人間に追い詰められたのは久しぶりよ……褒めてあげる。認めてあげる。本気を出して潰してあげる! あははははは!!」


 巨大な血溜まりの中で、相手が踊るように動いた。


「血液の中の魔力を引き出すのは、吸血鬼の得手なのよ」


 言われなくても分かる。

 エルシィの魔力が明らかに膨れ上がっている。

 属性の有利をひっくり返すほどの膨大な闇の魔力。それは例えるならば、火を消す水を、荒れ狂う炎で蒸発させて消し飛ばそうとするようで。

 竜の命を糧として、魔法が発動する。エルシィの足元を中心に、紅の光が走り、魔法陣を形成していく。


「トワイライトゾーン」


 言葉が紡がれた瞬間、周囲の空間が一変した。

 空気が淀み、月は昏く紫色の輝きを放ち、景色が歪む。

 手にした聖剣が怯えるように震えたのは、私にかかろうとした呪いを弾いたからだ。

 防ぎ切れなかった呪いが、私の足に絡む。まるでいきなり足元が浸水したかのように、不愉快な重さを感じる。


「この中にいる限り、私のような存在の力は増大し、貴女の力は減退する。共和国風に言えば、逢魔時(おうまがとき)……とでも言うべきかしら」

「空間とその中のものすべてに対する呪いと、特定属性の強化……!」

「本来なら入念に準備が必要だし、今回は吸血鬼(どうぞく)相手だから用意しなかったのだけど……貴女が相手なら、十分に使えるわね」

「くっ……!」


 分かってはいたことだけど、やはり手強い。

 ただでさえ基礎的な能力が高い相手が、その能力に甘えきることなく周到に扱ってくるなんて、やりづらいことこの上ない。


「この空間でも、聖剣の威力は貴女にとって致命でしょう」

「ええ、そうね。その重くなった足で、私のところに辿り着けるなら……ね?」


 こちらの強がりを引き裂くように微笑んで、エルシィが魔力を練り始める。

 これ以上させるわけにはいかないと私は足を動かすけれど、やはり足が遅くなったのが痛い。対して相手は有利な空間だ。紡がれる魔力も、展開する速度も今まで以上。


「あははは! 抵抗はもう無意味よ! 闇に飲まれ、停止しなさい――フェイタルバインド!!」


 エルシィの周囲に莫大な量の魔法が展開し、こちらに向けて殺到する。

 バインドということは相変わらず動き封じ。つまり相手はスタンスを変えていない。あくまで私を生け捕るつもりだ。

 けれど、これは今までとは本気の度合いが違う。視界を埋め尽くすほどの呪いの炎が、ひとりに向けられているのだから。


「っ……! まだ、諦めないわよ!! エンチャント、『ホーリージャッジメント』!!」


 今練られるすべての魔力を使った魔法を聖剣に込めて、私は剣を横薙ぎに振るう。

 刃だけでなく、そこから放たれた光の魔法に触れるたびに、呪いの炎が消し飛ぶ。

 けれど、あまりにも数が多すぎる。一振りではとても対処しきれない。


 ……ここまで、なんて考える暇があるなら動きなさい!


 浮かんだ弱音を振り払うように思考して、もう一度光剣を振るおうとする。

 呪いはもう目の前だ。間にあうかどうかは正直厳しい、だからって諦めるなんて――


「――代わります」

「きゃっ……!?」


 懐かしい声が聞こえて、背中から引っ張られる。

 突然のことに尻もちをついた私と入れ替わるように、銀髪のなびきが前に出た。


「さすがにこれはキツそうですね」


 言葉が響いたと同時。

 呪いの群れが、アルジェの身体に降り注いだ。

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