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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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元騎士の心

 アルジェント・ヴァンピールは、私の恩人だ。

 呪いによって両目の視力を失い、騎士としての資格がなくなった私の目を、再び開いてくれた恩人。

 もしもアルジェがいなかったら、私は今でも港町アルレシャで、平和だけど退屈に暮らしていただろう。


 失った景色に焦がれながら、ずっと。


 ……間に合った、間に合ったわ!


 アルジェが無事だったことに安堵して、私は笑みをこぼした。


 ここまで来れたのは、ほんの偶然。一緒に旅をしていた行商人、ゼノのお陰だ。

 予定よりも早く商業ギルドに戻ったゼノが、アルジェの行き先を聞いてきてくれた。アルジェはゼノとも知り合いで、彼に伝言を残していたらしい。


 レンシアにいる――それを知った私たちはすぐさま馬車を走らせて、ここまで来た。

 そうして村に到着してみれば戦闘の気配があり、アルジェが押し倒されていたので、急いで助けたというわけだ。


「……アルジェ、久しぶりね」

「フェルノートさん……」


 アルジェは今、ベッドに貼り付けにされるような形だ。

 服を破かれたようで、肌はほとんど露出してしまっている。身体のあちこちには吸い付かれた痕があった。

 首元には噛み付かれたのだろう傷もあり、そこから少しだけ流血しているようだ。


「ん、はぁ……」


 明らかに熱っぽい吐息がこぼれて、こちらを潤んだ瞳で見上げてくる。

 吸血鬼特有の真っ赤な瞳はとろりとしているけれど、いつもの眠そうな雰囲気とはまた違う――どこか不安そうな色を宿していた。

 なだらかで、けれど淡く膨らんでいる真っ白な胸を、玉のような汗がつたう。身をよじらせて、アルジェはこちらから顔を背けた。

 ぴん、と浅く尖った耳までを真っ赤にして、震えるような声でアルジェが告げる。


「あの……フェルノートさん……」

「な、なに、かしら?」

「その、あんまり、じっと見ないでください……こんなところ……見ちゃ、や、です……」

「はっ……ご、ごめんなさい!?」


 じろじろと見るにはあまりにもあられもない格好だった。食い入るように見てしまったことを反省しつつ、私は顔を背ける。


 いつもクールで眠そうなアルジェが、すっかり大人しい。

 それどころか、女の子らしい恥じらいすら見せているという光景に、我を忘れて見入ってしまっていた。


 こっそり横目で見てみれば、アルジェは相当に恥ずかしいのか、きゅっと唇を噛むような表情でこちらから目を逸らして、もじもじしている。


 ……可愛すぎでしょう!?


 叫びそうになるのをぐっとこらえ、私は自分を律した。

 ずっと見ていたら、今度は私が彼女に触れたくなってしまう。それくらい可愛い。一周回って誘ってるんじゃ、いやいや、そんわけないでしょ、落ち着け私。


 なんとかしてあげたいけれど、今アルジェが感じているものは呪いとは違うものだ。吸血が肉体に与える影響は、回復魔法では処理しきれない。

 幸い、アルジェは相当に高い魔法と呪いへの耐性技能を持っているはずなので、落ち着いてくれば自力で拘束からも抜け出せる。

 今は、あちらに集中したほうが良さそうだ。そう結論して、私は金色へと刃を向けた。


「こんな……こんな羨ましいことしておいて、タダではすまさないわよ!」

「羨ましかったの?」

「……間違えたわ。こんなひどいことをして、タダではすまさないわ!」

「締まらない救援ねぇ」

「ううう、うるさいわよ!」

「ふふ、それにしてもひどいだなんて、それこそひどいわ。私はただ、欲しいものを手に入れようとしているだけよ?」

「そのやり方と欲しいものに問題があるのよ……!」


 強く視線を送っても、相手はどこ吹く風という感じで涼しい顔をしている。

 金色のツインテールをコウモリのような髪飾りで彩った、少女じみた姿をした存在。

 だけど、それは見た目の話。あれは少女なんて年じゃないし、そんなに可愛らしいものでもない。


 吸血姫(きゅうけつき)エルシィ。かなり昔、それこそ私が産まれる前の時代から、世界中で災厄を撒き散らしている吸血鬼だ。

 働いた悪事は数しれず、小国くらいなら一夜にして滅ぼしたこともある。


 手に掛かった王国騎士も多く、王国では最上位討伐対象に指定されている。他の国でもそうだろう。

 傭兵――ランツ・クネヒト協会も懸賞金をかけていて、その額はふつうに生きれば一生を賄ってあまりあるほどの額だ。


 つまりあれを倒せばたくさんお金が入って、私がアルジェの養い手になれて必然的にずっといっしょ……いやいやいや。それじゃダメでしょうが、私。

 ちゃんとアルジェを真っ当な道に更生させるのが私の目的だ。そのために、まずはあれを排除しなければ。


「ふぅん……戦う気?」

「ええ、当然でしょう?」


 ブランクはまだある。装備も王国時代のように最高のものとは、お世辞でも言えない。

 正直なところ勝ち目は薄い。あれは戦うとか以前に、『生きている災害』だと考えたほうが良いくらいのものだ。


 それでも、剣を構えないわけにはいかない。

 ゼノから貰った剣の馴染みは悪くはない。ここまで何度か振るい、脅威を退けてきたものだ。長さ、重量ともに、現役時代に使っていたものに近い。


「構えからして、貴女は王国の騎士様ね? どうして共和国にいるのかしら?」

「騎士ではないわ。元騎士よ。ここにいるのは……一身上の都合ってことにしておくわ」

「……理不尽ね。世の中はこんなにも予想外で、理不尽だわ。貴女みたいな助っ人がいるなんて、聞いてないもの」

「理不尽の塊がなにを……」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。だから――私の楽しみを奪った罪は、重いわよ?」


 気配が一気に膨れ上がる。

 闘気だけでなく、魔力までもが肌を刺すようにこちらに向けられ、背中に嫌な汗が浮かんだ。


 生き物というよりは、荒れ狂う暴風雨に対峙するような感覚。無意識に下がりそうになる足を、私は意志で抑えつけた。


「アルジェントと知り合いのようだから、殺しはしないけれど……少しだけ、大人しくして貰うわね」

「やれるものなら、やってみなさい」


 月が割れるようにいびつに微笑んで、相手が動いた。

 ドレスをコウモリの翼のようにはためかせて、飛んだのだ。


「さすがに用意した分だけでは足りないわね。だから、予想外は嫌いなのよ――カースメイカー、『ウィップアーウィル』」


 空中で身を回しながら、相手が言葉を紡ぐ。民家の屋根の上へと着地する頃には、相手の側には黒翼があった。

 ゆらりと炎のように揺れるのは、呪いの具現。鳥にもコウモリにも見えるそれが、私に向けて飛来した。

 実体の伴わない魔力体を、剣で斬ることはできない。私は迎撃という選択肢を捨て、回避を選ぶ。


「へぇ、やるわね」

「褒められても嬉しくないわよ」


 最小限の動きで、呪いに触れずして躱す。

 しかし、躱してもそれで終わらない。呪いの翼はまるで意志を持つかのように、避けても身を翻して再び私に突進してくる。それも何度でも。


 ……(らち)が明かないわね!


 このままでは体力を消耗し続ける。そうなれば私は不利になるだけだ。

 かといって呪いを正面から受ければ、恐らく私の耐性では防ぎきれない。


 (らち)が明かないならば、明けるまでだ。


「ふぅ……!」


 何度目かの回避を行使した瞬間に、強く一歩を踏む。

 回避動作を起点とした、スタートダッシュだ。


「ブラッドクラフト、『チェーン』」

「っ! 邪魔よ!」


 ずるりと地面から伸びてきた紅の鎖に、剣を振るう。

 斬るというよりは引っ掛けて、引き千切った。

 音の鳴りをぶち撒けて置き去りにして、私はさらに加速する。


「悪いわね、構っていられないの」


 名も知らぬ家屋の持ち主に謝罪して、私は剣を振り抜いた。

 剣術技能のアシスト込みでの一撃は、剣圧すらも鋭利にする。刃の長さ以上の斬撃が発生し、家屋を斜めに割断した。


「随分とめちゃくちゃをするのね……貴女、本当に人類? 私が知る限り、人間が到達できる限界に達しそうになっているわよ?」

「褒められても嬉しくないと言ったわよ」


 倒壊の音を聞きながら、私は相手を目指す。自分の攻撃が届く距離に、自分を押し付けていく。

 吸血姫は家が崩れる前に、そこから離脱していた。ステップを踏むように下がる金髪を追いかけて、大地を蹴る。後ろから飛んできた呪いの翼を回避して、もっと前に。


「ふふ。背中に目でもついてるの?」

「見なくても避けられるわよ……!」


 技能とかそういうことではない。今まで身を沈めた戦いの経験が、私に警告を与えてくれる。いわゆる、勘というやつだ。

 翻ってきた黒翼を今度はサイドステップで躱し、身を弾くようにして加速する。回避によって減らされた速度は直ぐに補填されて、彼我の距離はどんどん詰まっていく。あと数歩を踏めば、届く。


 害あるものを断つために、私はさらに速度を上げた。


「あらあら、随分と熱烈ね」


 髪をなびかせて、災厄が笑う。

 格好だけを見れば、今、私が相手を追っている。それもあとほんの少しで刃が届く距離だ。

 それでも相手は余裕の笑みを崩さない。まるでダンスでも楽しむかのように、ステップを踏む。

 明らかにこっちが遊ばれている。相手がその気になれば、逃げる側は私になるだろう。

 それでも、私は誘いに乗る。そこにしか付け入る隙がないから。


「ふふっ……ブラッドクラフト、『チェーン』」

「無駄よ!」


 目の前を塞ぐように、再び鎖が現れる。それも三本だ。

 構っている時間が惜しいと判断した私は、三本を一度にまとめて断った。


「……!?」


 手応えに違和感を覚えたのは、あまりにも呆気なかったから。

 三本をまとめて斬ったのに、手応えが一本のときよりも遥かに軽い。

 なにかある。そう感じた私は足を止めた。詰めた距離は惜しいけれど、手遅れになってからでは遅い。


「貴女ほどの手練なら、そこで止まってくれると思ったわ」

「え……っ!?」

「バインドサークル」


 足元が張り付けられたように、地面から離れない。いや、足だけではなく、指先や首を動かすことすらできない。

 地面というよりは、空間に縫い付けられたような感覚。

 捕まえられたこちらを眺めて、エルシィが満足そうに目を細める。


「アルジェントの耐性が思ったよりも高かったから、出番はないと思っていたけれど……ふふ。やはり備えていて、損はないものね」

「っ! っ……!」

「強力な動き封じの呪いよ。口を動かすこともできないわ。設置式なのが、ちょっぴり難点だけどね?」


 ゆっくりと、ゆっくりと、相手がこちらに歩んでくる。

 仕留めた獲物を確かめるような手つきで、胸元に手をかけられた。


「随分と肉付きがいいのねぇ……まあ、賑やかしにはなるかしら? 遊んだら面白そうだものね」

「っ……!」


 重さを計るように手のひらで(すく)われ、私は不愉快さを感じた。

 しかし、その気持ちを表情に出すことも叶わない。

 近寄ってきた相手を斬り伏せるどころか、眉ひとつも動かせず、視線を彷徨わせることすらもできない。


「ふふ、心配しなくても、すぐに呪いは解いてあげるわよ。声がなくちゃ、つまらないものね」


 こちらの不満を見透かしたように、エルシィが牙を晒して笑う。

 胸の重さを確かめていた手が首へと回され、抱き着かれるような姿勢になった。


 首元に熱っぽい息がかかる。牙が押し当てられて、冷たいものが背筋を張っていく。


「それじゃあ呪いを解いてあげるから……いい声で鳴いて?」


 ぷつりと肉を穿たれた感覚がして――


「――貴女がね」


 私は、相手を歓迎した。


「づっ……ぎっ、ああああああああ!?」


 相手が悲鳴をあげ、牙を引き抜いてこちらから離れた。

 動き封じの呪いから解き放たれた私はほんの少しぶりの自由を確かめるように、身体を伸ばす。


「キュア」


 首に開けられた穴は小さな傷だ。詠唱も不要なほどの簡単な回復魔法で治すことができる。

 完調となった身体に満足して、私は相手を見据えた。


「あ……ああああ!? ううううう、ぐうううううう!!!」


 相手は口元を抑えて、明らかに苦しんでいる。鳥型の呪いを維持することも、ままならなくなったようだ。

 真っ赤な瞳を余裕で溶かすことを忘れ、燃えるように感情がこもった瞳でこちらを睨んできた。

 今までとは逆に、今度はこちらが余裕たっぷりに笑ってやることにする。


「余裕を崩された気分はどうかしら?」

「あ、なた……聖、騎士……!?」

「だから元よ、元。何度も言わせないでくれる?」


 騎士の中でも特に、聖魔法に長けた存在。それが聖騎士だ。

 聖属性、という言葉が持つイメージも含みだけど、聖魔法と剣技の両方を一定以上の成績を収めた騎士はそう呼ばれる。過去の話だから、あまり持ちだしてほしくはないのだけど。


 私がやったことは、ごく単純なこと。

 聖属性の魔法の中では初歩的な、身体の内側に聖属性を宿す魔法。これを自らの内側に仕込んでおいただけ。

 吸血鬼は闇属性の魔力、その集合体が意識を獲得したもの。聖属性にはめっぽう弱い。

 闇には光――よほどの耐性がない限り、吸血鬼にとって聖属性のものは触れるだけで天敵なのだ。

 それを身体の外側に出さず、内側に入れ込んでおくことで、噛み付かれた瞬間に高濃度の聖属性の魔力を流し込んでやった。


 ……価値はあったわね。


 少しでも聖魔法を使って、相手に気取られるわけにはいかなった。

 お陰で本来の戦闘スタイルとは全く違う戦い方をすることになったけれど、結果は大成功。


 聖なる力に焼かれ、ただれた口元を隠すようにして、エルシィがこちらを見据える。

 先手は取れたとはいえ、私にどれだけのことができるか分からない。それでも、退くという選択肢はない。

 今こそ私は、剣を捨てた。本来の戦い方をするために。


「光指す道を拓く、聖剣よ」


 紡ぐ言葉は魔力を練り、私の内から光を生む。

 聖属性の魔力を強く帯びた光が私の手に集まり、やがて明らかな実体を成していく。

 ひとつの形。力の証。私が幾度となく振るった愛用の剣。

 私の、本当の武器。


「我が身に集いて、顕現しなさい! マテリアライゼーション!!!」


 結びの言葉を紡いだ私の手に、光の剣が握られた。

 重さは羽根のように軽く、けれど斬れ味は刃金(はがね)よりも鋭く。

 立ちはだかるものを斬り、道を拓く剣。そうした祈りによって生まれた力。


「セイクリッド・ウェポン。霧になろうが、影になろうが、これからは逃げられないわよ」

「っ……二色の目、聖騎士……あなた、フェルノート・ライリアね……!?」

「隠居して埃をかぶった骨董品の名前を、よく覚えていたものね」


 一応、私も有名人だということか。いくつか思い当たることはあるけど、今は気にするようなことでもない。

 もはや隠す意味もなくなった魔力を露出させる。

 ここからが、本当の勝負だ。

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