銀色の拾い物
「美味しいですね、これ」
そう言って美味しそうに干し肉を頬張っているのは、絶世の美少女だ。
どういうわけか彼女に助けられて、今はその彼女とこうして二人で昼食なんぞ摂っている。
……何者なんだろうか、この子は。
俺が襲われたのは、行商人がよく近道として通るルートだ。近くに滅んだ国の跡があり、今では人の通りが殆どなくなった古い街道。
商業ギルドとしては本当は整備したいのだが、盗賊や魔物が多く、思うようにいっていない場所だ。それだけに道は険しく、襲撃の被害も多い。
急ぎの荷物だったので、仕方なく通ったのだが……案の定、襲われてしまった。彼女が通りかからなければ間違いなく死んでいただろう。
俺も多少は魔法に覚えがあったつもりだが、それでも逃げの一手以外を打てないくらいにあの三人は手練れだった。
その三人組を、まるで子供でも相手にするように一蹴したこの少女はいったい……年の瀬は見たところ十三か十四くらいだが……。
「すいませんね、服まで貰っちゃって」
「い、いいえ。サイズがあって良かったです」
売り物のひとつだった、魔法使い用の服一式。服を持っていないと言うので彼女にあげた。
恩人というのもあるが、そうしなければ目のやり場に困って仕方がなかったからだ。
……良い身体だったなぁ。
商人という職業柄、あちこちの国に赴いて、多くの美人も見てきたつもりだ。時には「買った」こともある。
そうして見てきた美人たちと、今目の前にいる少女。正直な感想を言えば、少しも比べ物にならない。
今まで見てきた中で、彼女は最高の美貌の持ち主だ。ロリコンではないつもりだったが、この分では改めた方が良いのかもしれない。
こうして食事をして、手についた油と塩を舐めとる仕草さえも魅力的に見える。それでいて、どこか中性的というか、女らしくないというか、無防備というか……そこがまた……。
「……? どうかしました?」
「いえ、なんでもありません……」
あまり見ていると、あの赤い瞳に吸い込まれて戻れなくなりそうだ。意識的に視線を外しつつ、しかし失礼にはならないよう、相手のおでこの辺りを見る。
目が合わず、しかし「顔を見て話している」と判断される視線の位置だ。
「ところで、この馬車はどこに行くんですか?」
「アルレシャという町に向かっています」
「シワクチャ?」
「アルレシャです」
「……そこは気候が安定していて、ご飯が美味しくて、治安が良いですか?」
「この国の中で言えば、かなり良いところだと思います」
海に面した町なので吹いてくるのは潮風だが、風そのものは一年中穏やかだ。
海があるだけに貿易が盛んで、海産物はいつも新鮮。国としても重要な土地で、治安もかなりしっかり守られている。強いて欠点を言えば、領主がかなりの女好きなことか。
その辺りを説明すると、銀髪の美少女はしばらく考えた後、
「……お刺身とか良いですね。良ければ、そこまで乗せてって貰えませんか?」
「ええ、喜んで」
命の恩人に頼まれて、嫌と言えるはずもない。
おまけにこんな美少女と旅ができるなんて、寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。
「ところで、まだ名前を聞いていませんでしたね。俺の名前はゼノ。ゼノ・コトブキです」
「あー……そっか、名前か……」
「……? どうかしましたか?」
何か、おかしなことを聞いてしまっただろうか。
美少女は美しい銀色の髪をくしゃくしゃと混ぜて、困ったような顔をしている。
……名前を明かせない理由でもあるのか?
あんなところに居たことも服を着ていなかったことも、とても自然とは言いがたい。
それがどういうことかはわからないが、それなりの理由があるのは間違いないだろう。
名前を即答できないのも、何か厄介な理由があるのかもしれない。
相手の詳細は解らない。つまりは不確定要素で、その時点で商人としては重荷だ。見た目はともかく、中身の価値が確定していないのだから。
……でも、恩人なんだよな。
冷徹であり、しかし礼節を欠いてはならないのが商人だ。
相手は俺のもっとも大きな財産、命を救ってくれた。積み荷も守ってくれた。
価値のあるなし以前に、大恩人だ。その相手が話したくなさそうなら、聞かなくても良いか。この話は、ここで切ろう。
「あの……」
「アルジェント・ヴァンピール」
「へ?」
「長いんで、アルジェとでも呼んでください」
「……解りました」
ここまでの流れから、今言われた名前が本名ではないことくらいは想像がつく。それでも俺は、黙ってそれを受け入れることにした。
大切なのは、目の前の人が恩人で――言いづらいと思いつつも、答えを探してくれたことだからだ。それが例え本当のことでなかったとしても、俺にとっては受け入れるだけの価値があることだ。
こうして、不思議な恩人と俺はアルレシャに到着するまでの数日を共に過ごした。
こののち、彼女と何度も道を交え、その度に惹かれていくことになるなんてことを、この時の俺はまだ知るよしもない。




