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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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花と檻と

 意識はゆるくたゆたうようで、それだけでここが夢だと認識する。


 ……またですか。


 異世界に転生してから、昔のことを夢として見ることが多くなった。

 夢というのは眠りが深いと見られないらしいので、転生してから眠りが浅いということだろうか。それとも、吸血鬼は夢見が良いだけかな?


 夢だということは分かっているので、目の前の景色に驚くようなことはない。

 あらゆるものがふつうに存在して、しかし外界とは隔絶された部屋。

 鉄の格子の向こう側には決して足を踏み入れることはできず、ただ、ここでだけ息をすることが許された存在。それがあの頃の僕だ。

 ひどく懐かしい空気を感じながら、夢の中の僕が見ているものと同じものを見る。


「嫌ですね。そんなに見ないでくださいな」

「貴女は僕を見ているのに、ですか?」

「生者が死人を見つめるのは感情を伴う美しい行為ですが、死者が生者を見つめるのはおぞましいことではないですか。先祖でもあるまいし」

「はあ。そうですか」


 僕の言葉も相手の言葉も、予め決まっている。これは既に過ぎ去った過去のことだからだ。

 鉄格子の向こう側にいる生者は、玖音の家で生きることを許されるだけの実績と力を持った存在。名前は、玖音(くおん) 青葉(あおば)さん。

 記憶の中で彼女が着ているのは、極彩と言ってもいいほどに絢爛(けんらん)な和服だ。色とりどりの花が描かれた振袖で、もはや何色が基調なのか分からないほどに、目が痛くなる艶やかさ。

 そんな和服を着た彼女は、花畑の中で佇んでいるような雰囲気をまとっている。


 黒髪に差したかんざしに付いたふたつの鈴をちりちりと擦るように鳴らして、彼女はその手に持った花に、刃を添えた。

 細い指が動くたび、刃がいらないものを落としていく。そうして不要なものを削がれた花たちは、彼女にとってあるべき位置へと置かれ、やがて一つの作品となる。


 僕にはただ綺麗だとしか映らないけれど、きっとそれは誰もがありがたがるようなものなのだろう。

 完成した作品を彼女は脇に置き、微笑んだ。


「どうですか。私の芸術をひとりに対して見せるなんて、なかなか無いものですよ?」

「僕には花の道のことは分かりません。それに僕は死人ですから、ふつう感想を口にはしないと思います」

「然り、ですね」


 くすくすと笑う彼女の瞳に、嫌味はない。不思議な人だ。

 ここに来る人たちの多くは、僕を蔑むように見る。こうはなりたくないと確認しては、帰っていく。

 ここに来る人たちの少数は、僕を憐れむように見る。こうなってしまったことに何故か僕よりも心を痛めて、やはり帰っていく。


 彼女はそのどちらでもない。少数派以下の極小だ。

 気まぐれなのかなんなのか、僕の牢屋に何度もこうして訪れて、花を活けては帰っていく。

 完成した作品は、枯れる前に片付けられる。それすらもきっと青葉さんの指示なのだろう。


「では死者として、なにか言うことはありますか?」

「……もう少し、派手じゃないほうが好みです。桜とか、そういうものの方が」


 僕が口にしたことは本心だ。不興を買うかとは思ったけど、気にしなかった。相手が言えと、そう言ったのだから。

 鉄格子の向こうにある作品は派手で、彼女が着ている服のように絢爛ではある。華やかで人目を引いて、美しい。夢の中にあってなお、それは輝いて見えた。


 僕はその道に詳しくはないから、どんな花が使われているのかは分からない。それでも青葉さんの作品が凄いことは分かる。

 そうでなければ玖音の家の人間とは名乗れないし、やはり知識がなくても一目で良いものだとは分かるのだ。

 ただ、僕の好みとは少し外れているだけで。


「ふふ。そうですか」


 相手の反応は思ったのとは逆。怒るどころか、笑ったのだ。

 鈴とともに転がるように笑い声をこぼして、彼女は鉄格子へと近寄ってくる。


「青葉さん?」

「もう少し近くに」

「分かりました」


 拒否権がないわけではないけど、拒否する理由もない。僕は鉄格子に近寄った。

 もしもここで近付かなければどうなるのかと少し考えたのは、夢を見ている僕だ。

 夢の中の僕は勝手に動くし、そもそもこれはもう終わったこと。現実と違ったことをしても、それで現実が変わるわけじゃない。


 だからこの後のことは分かっている。彼女が鉄格子の向こうから僕の手を取って、どうするのかは。

 静かな部屋に、小さな音が響く。舌を打つような、触れ合いの音色。


 驚きはない。二度目なのだ。ただこの時の僕は少し驚いて、その証拠として景色が開かれた。目を見開いたからだ。


「意外と味はするものですね」

「死人にくちづける趣味があるとは思いませんでした」

「そこにいる限り、死にきってはいませんよ」

「はあ、そうですか」

「……経験は、おありですか?」

「少なくとも覚えている限り、したこともされたこともありませんね」

「ふふ。それはよかった」


 さっきまでこちらを死人だと言っていたかと思えば、唐突に生者のように扱い始める。

 この人の考えは、分からない。記憶(ゆめ)で何度再会しても、分からない気がする。

 ただ、感情の意味は分からなくても、その表情がどんな感情から来るものかは分かる。このときの相手の表情から見えたのは、喜びだ。花開くように笑ったのだから。


「貴方はまるで蕾のようですね」

「そうですか?」

「ええ……どんな花が咲くのかしら」

「咲く前に、枯れてしまいましたよ」

「いいえ。雪の下にある花の蕾のように、きっと咲くことができますとも。ここではない、どこかなら」


 体温が離れて、彼女が立ち上がる。

 言葉の意味や、込められた感情の意図は、やっぱり僕には分からない。この時の僕にも、今こうして過去の焼き直しを見ている僕にもだ。


「貴方が咲くのを、見てみたいものです」

「無理だと思います。ここから出るなんて、できないので」

「ええ、ええ。ですが、世界が季節のように移り変わることもありましょう。……そろそろ貴方の給仕係が来る頃ですね。なんといいましたか、あの、小さな子」

「流子ちゃんです。水城(みずしろ) 流子(りゅうこ)

「ああ、そんな名前でした。いい気分に水が入る前に、失礼しますね」

「そうですか。さよなら、青葉さん」

「……また来ますね」

「ご自由に」


 なにがそんなに嬉しいのか、彼女は笑みを深くした。


「桜はそう簡単に切ったりはできませぬゆえ、いつかお花見でもしましょう」

「はあ、そうですね。機会があれば」


 そんな日は永遠に来ない。そう思いつつも、僕は彼女にそう返答した。

 花が散るように世界がこぼれて、意識が浮かんでいく。夢の終わりが近い。

 最後に見えた彼女の微笑みは、ほんのり桜色。あの顔にこもる感情は、なんだろうか。

 薄く湿った手の甲と、淡い温もり。残り香のような感覚が遠ざかる。

 あの言葉は彼女にとって、約束だったのだろうか。

 そんな疑問ごと、僕の意識は浮かんでいった。

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