棺の正体
「あの、休むってどういう……」
「ええ。少し焦りが見えますので」
「焦り?」
「お友達のことが大切なのは分かりますが、そう躍起になるものじゃありませんよ。少し落ち着きましょう?」
言われた言葉の意味が、僕にはよく分からない。
焦っていると言われてもそんなつもりはないし、クズハちゃんのことは……嫌いではないけど。大切なのかと言われると、どうだろうか。分からない。出会ってまだ間もないのだから。
すうっと指が伸びてきた。それに反応する前に、おでこや眉を揉まれる。何事かと問う前に呆れたような声が降ってくる。
「ほーら、また難しい顔しちゃって。隙だらけですよ」
「そう、でしょうか……?」
「そうですよ。一旦休憩しましょう」
「……アレで?」
指差すのは当然、サツキさんが持ってきた棺だ。
確かに入れない大きさじゃない。むしろ余裕だろう。
吸血鬼は棺桶で寝るものだと聞いたことはある。異世界でもそうなのかもしれない。
ただ実際にそこで寝てみろと言われるといくらお昼寝が大好きな僕でも、さすがに寝づらい。
テレビなんかで時々目にする棺桶の中身は結構ふかふかそうなので、もしかすると寝てみると気持ちがいいのかな。でも、生きているうちに棺桶に入るというのはちょっと妙な感じだ。蓋を閉められたらすごく息苦しそうだし。
そもそもなぜ今ここで休もうという話になるんだろう。
もちろん僕としては休んでいいのなら大歓迎というか、寧ろこれから先毎日ごろごろ休んで、「明日も本気出さない」を信条に生きていたいくらいだ。
でも状況を考えるとそういうわけにもいかない。目の前の呪いを解けるのは僕だけなのだから。
難しい顔をしているとサツキさんは言うけど、自覚はない。たぶんいつも通りの顔をしていた。そう思う。少なくとも、僕は。
たぶん今の方がずっと難しい顔をしている。だって意味不明なこと言われているんだもん。
疑問を浮かべる僕を見て、サツキさんは首を降った。
「大丈夫ですよ、アルジェちゃん。ええと、すいません、ちょっとそのまま待っててくださいね」
「あ、はい……分かりました」
「いい子ですね」
サツキさんはこちらを覗きこむようにして、ウインク付きで微笑んだだけだった。びっくりした。おっぱいに潰されるかと思った。
くるりと踵で反転し、サツキさんが行く。僕から数歩を踏んで、棺の前へ。
「ぱんぱかぱーんっ♪ 開店の時間ですよー!」
その大人っぽい見た目にはそぐわないのに、性格的にはばっちり似合っている掛け声とともに、棺の蓋が取り払われた。
こちらから棺の中身は見えない。少しだけ距離があるからだ。
けれど近付かなくても、その中身を知ることはできた。棺は空ではなく、そして荷物入れでもなかったのだ。
すう、と細い手が棺桶から伸びる。白く小さな五指を広げると、両手を縁へとかけて自分の身体を引き上げるように手の持ち主が起き上がってきた。
夜の闇に浮かんだのは、金色。
サツキさんの赤とは対象的な、青い花飾りに彩られた金髪の少女。やはりこちらもかんざしではなく、バレッタとでも言うようなデザインのものだ。
瞳は赤く、耳は尖っている。どうやら彼女も吸血鬼らしい。
まるで死人が着るのような白の和服。飾り気がほとんどなく、それゆえに金髪と瞳の紅、そして青い花飾りが映える。
幽霊のようでもあるし、怪異のようでもある。
それほどまでに異質で、けれど美しい少女だった。
「ん」
死の淵から蘇るようにして現れた吸血鬼の女の子は、サツキさんへと右手を差し出す。手の甲には、僕の下腹部やサツキさんの胸にあるのと同じ紋章のようなものが浮かんでいる。
差し伸べられた手はまるで初めからそこに収まるためにあったとでも言うように取られ、彼女は棺桶から外へ出る。
立ってみると小柄で、僕よりも少しだけ背が高い程度だ。鮮やかな色の頭と瞳、そして白の和服でありながら夜の闇に違和感なく溶けこむような奇妙とも言える雰囲気を纏っている。
夜に立ち、闇を見通す赤い瞳と尖った耳。間違いようもなく、あの女の子は吸血鬼だ。ありがと、と動いた唇からは白い牙が覗けた。
サツキさんが大きくて柔らかいなら、彼女は小さくて鋭いという印象だ。
黒髪と金髪。
大柄と小柄。
巨乳と貧乳。
対局にあるようで、不思議と調和が取れているようにも見えるのはなぜだろう。
金髪の少女はサツキさんと違って長くはない髪を揺らして、赤い瞳を僕へと向けた。同じ色なのに、どうしてこんなにも輝きが違うのかな。
サツキさんの眼差しは温かかったけれど、彼女の瞳には温度がほとんど無い。冷たいのとは少し違う。値踏みされるような、遠慮のない瞳だ。
彼女は視線をこちらへと向けながら、言葉はサツキさんに向けた。
「サツキ。この子は?」
「アルジェちゃんですよ。そっちの狐の子はクズハちゃん」
「ふうん。そう、そっか。まあいいよ。サツキが連れてるなら心配ないんだろう」
「それは保証します。ええ、とってもいい百合でした……!」
「そう。見られなくて残念。それで、ここは? 桜湯の庭ではないようだけど」
「温泉が枯れていたので原因調査ですね」
「なるほど。直りそう?」
「ええ、アルジェちゃんの魔法のお陰で。ただ少し骨が折れそうなんで、手伝って欲しくて」
「そっか」
相互理解が早い。サツキさんが細かいことを提示せずとも、少女の方はするすると受け入れていく。会話は自然と弾み、穏やかなようでいて最短距離だ。
その様子からは、ふたりの仲が昨日今日で完結したものではないことが窺える。
こっちはそうじゃない。いきなり現れた別の吸血鬼に対して、驚く以外のリアクションが取れない。僕の方は落ち着いたけど、クズハちゃんはまだ驚きから復帰できないようで目を白黒させながら、
「え、ええと……その棺桶、中に人が入ってたんです、の……?」
「中の人なんていないさ、中の吸血鬼だよ」
「いえ、この際そこは細かくありませんか?」
とりあえずそっちが理解できたのなら、今度はこっちを理解させてほしい。
そういう意味で言葉と視線を送ると、サツキさんは巨大と言ってもいいくらいの胸を張って、金髪の吸血鬼を紹介してくれた。
「この子はアイリスちゃんです。日中はその棺――『巡り花護』の中で眠っているんですよ。私の家族です」
「アイリス・イチノセ。よろしくね」
アイリスさん、か。年は僕とクズハちゃんに近そうだけど、吸血鬼なら見た目通りの年齢ではないだろう。ゼロ歳の僕がこの外見なのだ。
雰囲気的に落ち着いていて年上っぽいし、さん付けでいいと思う。
家族とは言うけれど、見た目はだいぶ違っている。髪の色からしてふたりは真逆だ。
そもそもこの世界の吸血鬼というのはたぶん自然発生するタイプの生き物なので、サツキさんの言う家族とはそのままの意味ではない気がする。姉妹のように親しい、という感じだろうか。
アクションの激しいサツキさんとは逆に、アイリスさんはゆっくりと手の甲の紋章を見せつけるように振った。
時間をかけて手を降ろすと、アイリスさんは緩い足取りでこちらに歩いてくる。僕とクズハちゃんが改めて自分で名乗るほどの余裕があるくらいに、ゆったりとした動きだ。
「なるほど。あの吸血姫様のわがままに付き合ってるのか」
「え?」
「なんでもないよ」
アイリスさんはゆるゆると首を振る。否定したというよりは、気にしなくていいと諭すような仕草と声色。
彼女は落ち着いた、焦りと淀みのない動きで自分の唇へと手首を寄せた。
「ん」
短く声を漏らして、アイリスさんが己の手首に吸い付く。なにかに似ていると思い、すぐにそれがなんなのか分かった。
そう。あれは僕がブラッドアームズを使うとき、自らを傷つける動作に似ている。手首を噛み、自傷するための動きに。
彼女が口を離した肌から、とくとくと血が溢れだした。真っ白な肌が血の色に彩られ、白の和服を色付ける。やっぱり。でも、どうして?
「それじゃあ、手伝うとしようかな」
微笑んだアイリスさんはどこか悪戯っ子のようで、サツキさんに少し似ていた。




