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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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吸血鬼さん、覚える

「これはひどい」


 山に入ったばかりの頃にサツキさんが言った言葉を、今度は僕が呟くことになった。

 仲間が傷ついているというのは聞いていたから、結構な数が怪我をしているのは予想していた。でもまさか、ここまで多いとは。

 無傷のハクエンを見つける方が難しいほどの、傷ついた群れ。湯治のためにかき集めたのだろう温泉はそれでも浅く、そして、血で汚れていた。血の池温泉、なんて言葉が頭の隅をかすめて消える。

 突然の訪問者に騒ぎ出した群れを、僕たちを連れてきたハクエンが制した。


「落ち着け。この吸血鬼は傷を治すために来てくれた。奴とは別だ」


 落ち着いた口調で諭されて、群れは静かになる。

 ボスの言葉に即座に従うあたり、統制はかなり取れているらしい。ぴりぴりとした空気は静まっていないけど、明確な敵対の気配は消えた。


「どういうことですの、これ……どうしてこんなにもたくさん、怪我をしているんですの?」

「なにか理由があるみたいですけどね……大丈夫、治しますよ」


 吸血鬼の仕業だとは言うけれど、ここまでのことをする理由はなんだろうか。

 血が欲しいだけならやり方はいくらでもある。そもそも、こういう魔物よりは人間やデミ・ヒューマンの血の方が美味しいと思うのだけど。

 そう思う理由は僕自身が「人間かそれに近い種族の血の方が、美味しそうな匂いがする」というものなので、他の吸血鬼は動物の血の方が好きなのかもしれない。

 でも、そうであったとしてもこれはひどい。何匹かは腕や足、目が潰れてすらもいる。サツキさんが呆れたように一呼吸して、


「これだけの数を魔法で治療するとなると大変だと思いますが、アルジェちゃん、大丈夫ですか?」

「ええ。問題ないです」

「ふむ。それでは私は温泉の方を見に行きましょうかね」


 大きな棺桶を揺らして、サツキさんは僕たちから離れていった。

 温泉の調査に自分から乗り出すくらいだから、任せておいて大丈夫だろう。そもそも僕が見に行ったところで、温泉の仕組みなんて詳しく知らないし。


 ……僕は僕にできることをしましょう。


 一歩を踏み出す。やるべきことは分かっているので、そう焦ることはない。フリルが踊るのが落ち着いてから、ゆっくりと周囲を見渡す。

 眼の前にいるハクエンたちは明らかに僕を警戒しているけど、つまり生きているのだ。死んでいないなら全員救える。

 息を吸い、手のひらを無数の白へと向ける。近寄って一匹一匹治すのは時間がかかるし、ハクエンたちの不安を煽りそうだから一度に治癒してしまおう。

 広範囲に向けて回復魔法を使うと魔力が多く消費されてしまうけれど、僕の魔力は技能で限界まで強化されている。連発しなければそう問題はない。


「痛いの、痛いの、飛んでいけ」


 いつも通りの言葉。でも、この言葉が当たり前に存在しない世界に、僕はいる。

 この世界にとっての当たり前は、目の前にいる大きな猿たちだ。

 そしてこれから起こることも、この世界では当たり前のこと。

 魔力に言葉が宿り、魔法として発現する。癒やしの波が広がり、流れた血も怪我も塗りつぶしていく。


 ……さすがに温泉を綺麗にはできませんけどね。


 呪いであれば無生物相手でも解除することができるけど、生き物でなければ回復魔法の効果はない。

 汚れを落とすのは回復魔法に含まれるので、血の池温泉はそのままだ。


「凄いものだな、ヌシの回復魔法は」

「そうですかね、ええと……エンチョーさん」

「エンチョー!?」

「いえ、名前を知らないものですから。あるんですか?」


 話し掛けてきたのは僕たちをここまで連れてきたハクエン、つまりは群れのリーダーだ。

 個体名が分からないし名乗られてもいない。そしてハクエンリーダーとか呼ぶのは長くて面倒なので、ハクエンの長でエンチョー。

 分かりやすくて呼びやすい。ネグセオーに並ぶ自信作だ。


 エンチョーさんは暫くの間微妙な顔をしていたものの、やがて肩を落とした。


「……好きに呼ぶといい」

「では、エンチョーさんで」


 承諾は得たので、遠慮なく呼ぶことにする。

 相手はお世辞にも嬉しそうには見えない様子だけど、嫌なら言えばいいのに。ネグセオーといい彼といい、遠慮がちな人たちだ。どちらも人ではないのだけど。


 ハクエンたちはそれぞれが一通り信じられないという顔をしたあとで、こちらに対する警戒を緩めてくれた。

 いつまでも睨まれるのは気分がいいものではないので、こちらも少し気持ちをほどく。はあ、疲れた。


「アルジェさん、あの。少しおかしいですの」

「なにがです?」

「この群れ、メスと子供がいませんわ」

「……確かに子供はいないようですね。メスも、ですか?」

「ええ。オスの匂いしかしませんのよ」


 クズハちゃんが嘘をつくとは思えないので本当のことだろう。僕の方はオスとメスの匂いの違いなんて分からないけど。

 クズハちゃんからの疑問だけど、エンチョーさんと話せるのは僕だ。隣でいまだに微妙な顔をしている彼に話を振る。


「エンチョーさん、メスと子供がいないようですけど」

「お、おお……殆どのメスと子供は連れ去られた。僅かな残りは、山の奥に隠れさせている」

「その連れ去りも、吸血鬼の仕業ですか?」

「そうだ。エルシィ、という名前のな」


 エルシィ。口の中で転がすように声を出さずに復唱してみるけど、もちろん覚えはない。

 吸血鬼の知り合いはサツキさんだけで、それも今日知り合ったばかり。この世界自体、どこに行っても僕の知らない景色だ。


 ただそういう吸血鬼もいるのだということは、覚えていてもいいだろう。旅をしている以上、どこかで会うことがないとも限らない。

 目的は分からないけど、迷惑っぽくて危ない人として記憶の片隅に留めておく。


「あ、クズハちゃん。エルシィって吸血鬼、知ってます?」

「いえ、知りませんわね」


 うん。じゃあ「よく分からないけどなんか面倒くさそうな人」で決定だ。


「エンチョーさん、エルシィって人はどうしてこんなことしたのか、分かります?」

「さあな。だが元々の目的は『女たちと子供』で、我々が歯向かったのが不服であったがゆえに温泉を止め、我らを傷付けて女たちと子供を奪っていった」

「はあ、なるほど」


 温泉と怪我は副産物というか、メスと子供を奪いに来たことに対して彼らが戦い、負けた結果か。

 エルシィという人がどういう目的でハクエンのメスと子供を求めたのかは謎だけど、メスや子供の存在は群れの存続のためには必要不可欠だ。ハクエンが怒るのは当然だろう。

 最終的にその怒りは届かなかったようだけど、対応としてはごく当たり前のことだ。


 そしてその怒りが、憎悪が根強いことは、エンチョーさんの声音で分かる。

 他のハクエンたちも「エルシィ」という言葉を聞いた瞬間、明らかに身を硬くした。その理由は恐怖か、怒りか、憎しみか、その全部だろうか。


 いずれにせよ、さすがにそこまでのケアはしてあげられない。回復魔法が消してくれるのは傷や呪い、汚れだけだ。

 心のささくれは自分たちでなんとかしてもらおう。


「温泉を止めた人がいて、その人が子供たちとメスをさらっていったらしいですよ。何匹かは残っているそうですが」

「なっ……なんですの、その迷惑な話は!」


 クズハちゃんは説明を聞いて、湯気が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にした。

 怒髪天を衝くという言葉があるけど、狐の耳までもぴぃんと天へと向けて怒っている。三本の尻尾はすべて完全に逆立ち、有り余るほどの怒りを現している。

 彼女にとって温泉はここに来た目的だし、家族が引き離されるというのは他人事とは思えない事柄だろう。その両方に触れれば、こうして怒るのは当然だ。

 でも、既にその相手はここにはいない。怒ってもそのやり場はない。なだめる意味でも、クズハちゃんに声をかけることにした。


「クズハちゃん、落ち着いて。温泉が湧いている方にいきましょう。サツキさんが解決方法を見付けてるかもしれません」

「……ええ、そうですわね」


 温泉は完全には枯れていない。少しではあるけれど、流れてはいる。

 どういう方法で温泉が湧く量を減らしているのか、サツキさんは原因を調べられただろうか。

 確かめるために、僕はクズハちゃんを連れてサツキさんに合流することにした。


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