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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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枯れた水路

「これはひどい」


 軽い口調でサツキさんが言う。

 実際、目の前の光景はひどかった。

 山道に寄り添うように木柵で造られている水路は完全に乾いていて、水ではなくただゆるく風が通るのみだ。確かに旅館の人が言っていたように、温泉は枯れている。


「『桜湯の庭』の温泉は、山奥から湧いていますの。それを水路で通して、魔法によって浄水と再加熱を行ってから提供するんですのよ」

「はあ、そうですか」


 クズハちゃんが教えてくれるけど、特に興味がないので流しておいた。というより、それくらいは見れば分かる。

 国境越えで通った山とは違う、綺麗に整備された山道を歩いて、山を登っていく。傘を差したサツキさんが先頭で、僕とクズハちゃんは少し後ろを並んでついていく形だ。

 つい先日に山越えをしたばかりなので、きちんとした道があることのありがたさがよく分かる。

 恐らくは魔法によって整備されているのであろう硬い土の道は、歩いていて安心感がある。風や草木の匂いを感じる余裕があるくらい、ゆったりとした気持ちで歩を進めていく。

 お散歩するには丁度いいかもしれない。僕はお散歩よりも、お昼寝がしたいけど。もちろん毎日。


「原因はもっと上流のようですわね」

「まあ、この辺に問題があれば従業員の人でも十分対処できますよね」

「ええ。上の方は魔物などもいるのであまり人が入りませんからね。さ、行きますよふたりとも! 目指せ山頂です! 温泉が私たちを待ってますよ!」


 ……ほんとに、直射日光でなければ平気なんですね。


 日は少し傾き始めているけれど、確かにその姿は空にある。だというのに、前を行くサツキさんは日光に苦しむような様子はない。

 しっかりと和傘を差して直射日光は避けているようだけど、それだけだ。苦しむどころかこの中で一番テンションが高い。

 サツキさんは和傘が作る影の中で、黒髪をさらりさらりと揺らしながらリズムを刻むようにステップ。まるで雨模様を楽しむ子供のようで、色気のある見た目とはギャップがある。

 ただ、彼女の性格を考えると似合っているのかもしれない。テンションが高いというか、ノリがいいようだし。


「それにしても、本当に完全な日の下を歩ける(デイウォーカー)吸血鬼(ヴァンパイア)なんですねぇ。サツキちゃんびっくりです」


 くるりと振り返りながら、サツキさんはこちらに言葉をかけてくる。

 向こうも僕の体質について考えていたらしい。話しかけられたので、会話に応じる。


「そうですね。珍しいらしいです」

「珍しいどころか、伝承の中にしか存在しないような個体ですよ。魔族とかエルフとでも名乗られた方が納得いきますって」


 伝承の中にしかいない、か。

 そういえばフェルノートさんも同じようなことを言っていた。おっぱいが大きいもの同士言うことが似る……というわけではないだろう。

 今まで出会ってきた人たちも例外なく驚いていたのだから、やはり僕のような存在はお伽話の中の存在なのだろう。ファンタジー世界の住人にとっての夢物語(ファンタジー)。ややこしいなぁ。


「サツキさんは日光に直接当たるとダメなんですよね」

「灰になるとまでは言いませんが、そう短くない時間で調子が悪くなりますね。日干しにされれば、一日で死ぬでしょう」


 平然と外に出ているように見えるサツキさんでも、直射日光に当たり続けると致命になるようだ。

 吸血鬼は日の光にひどく弱い。それは僕の世界でもこの異世界でも、やはり同じらしい。

 世界の違いによって多少の差異はあれ、血を吸うことと夜の住人であるという前提は変わらないということか。


「……じゃあ、もう少しちゃんと服を着たら方がよくないですか? 露出すると危ないと思うんですけど」

「いやあ、どうしても胸が窮屈でつい。まったくどうしようもないですね、この膨れまんじゅうは」


 ふん、とサツキさんが胸を張る。その軽い動作だけでも胸が激しく自己主張するから凄い。

 着崩して、それでも胸そのものが窮屈を感じて身じろぎしているかのようだ。ちょっとした事でこぼれてしまいそうで、危なっかしい。

 身長差もあり、肉の屋根のようにも感じる巨乳を見上げてつい率直な感想が出そうになったけど、我慢した。


「大きいですわね」


 隣の狐は我慢しなかった。

 サツキさんはクズハちゃんの言葉を気にした様子もなくむしろ楽しそうに笑って、


「いやまったく。自分のチチなんてでかくても、なにもいいことないんですけどねぇ。他人のチチならテンション上がるんですけど」

「それもどうかと思いますわ……」

「あ、大丈夫です。私、ちっぱいも大好物ですから! むしろいいじゃないですか、なだらかな起伏も素晴らしいですよ!」


 聞いてないことをドヤ顔で言われた。聞いてないから放っておこう。

 その後も度々サツキさんに話を振られるけれど、適当にあしらいながら山を登っていく。クズハちゃんがいちいち真面目に取り合ってくれるので、僕の方はほとんど話は聞き流しだ。


 山を登り、上流へと行けば少しは温泉が流れているかと思ったけど、どれだけ登っても水路は湿り気を帯びることはない。

 ひゅうひゅうと山風だけが通る水の道。温泉が枯れたのは昨日かららしいけど、本当に唐突に消え失せたのだと分かる。


 日は少しずつ傾いて、空は青から夕の色に変わっていく。魔物と遭遇するようなことはなく、道のりは穏やかだ。

 そして、山の緑が茜の光に照らされて色を変える頃、枯れた水路の原因を発見した。

 原因を眺め、まずクズハちゃんが言葉をこぼす。


「どういうこと、ですの?」

「ふむ。やはり、自然に枯れるなんてことはありませんでしたか」


 水路は、土によって塞がれていた。

 ただ土で埋められているというわけではない。温泉をせき止める土壁は型取りしたかのように、水路にぴったりと、そして分厚くはめられていた。

 コンクリートで作られた壁のように、土色の仕切りで水路が完全に封鎖されている。


「土魔法ですわね、これ。こんなふうに水の流れを止められたら、ふもとまでお湯が行かなくて当たり前ですの」

「確かにそうですけど……それにしても、お湯の量が少なくないですか?」


 仕切りが設けられているということは、上流側は水が溜まっているのがふつうだ。溢れていてもいいかもしれない。

 だけど土による封鎖の向こう側に目をやれば、溜まっているお湯は僕の足首にかかるほどの水位もない。夕暮れの光を浴びてきらりきらりと揺れる水面は美しくはあるけれど、可愛らしいものだ。

 これでは塞ぐまでもなく、旅館までお湯は流れないだろう。


「単純にお湯ドロボウって感じではなさそうですね。もう少し上に登ってみましょうか」

「ええ、分かりましたわ」

「…………」

「アルジェさん? どうかいたしましたの?」

「すいません。少し待ってください」


 先に行こうとしたふたりを呼び止めて、目を閉じる。

 視覚を遮断するのは、感じたいことに意識を傾けるためだ。目から入る情報は多いので、それを一度切ることで欲しいものに集中する。


 嗅覚。種族的に優れていて技能による強化もあるとはいえ、他の技能ほど無茶苦茶な性能はしていない。集中しないと見落とし、いや嗅ぎ落としそうだ。

 上流の方からは温泉のものだろう、水の匂いがする。でも、それだけじゃない。

 昔の僕なら馴染みはない、けれど転生してからは嗅ぎ慣れていると言ってもいいもの。これは……。


「血の臭い……それも、たくさん?」


 疑問した瞬間に、嫌な気配が背筋を撫でた。


「っ……下がって!」

「きゃっ……!?」

「うわっと!?」


 感じたものに、僕は素直に従った。側にいるふたりの手を引いて、その場から飛びすさったのだ。

 ふたりとも僕の行動に驚いて、しかし抗わなかった。クズハちゃんは驚きつつも自らも地面を蹴って、サツキさんも和傘を落とすことなくついてきてくれる 。

 僕たちがほんの数秒前までいた場所に影が落とされて、一呼吸。影の主が着地する。


 流星でも落ちてきたかのような衝撃。整備された地面はえぐられ、めくれあがった。響き渡る轟音に驚いて、森のあちこちから鳥が一斉に羽ばたく。

 降ってきた星は自らの着地で起こした砂煙を鬱陶しそうにかき分けて、その姿を現した。

 真っ白な毛並みをした大猿。身の丈は二メートルくらいで、顔は赤い。ちょうどニホンザルの毛色を白にして、大型化したような感じだ。

 白の大猿は、苦いものを飲みこんだような顔でこちらを見つめている。

 言葉はない。でも、近寄ればただでは済まさないというのは雰囲気から見て取れた。

 大猿はこちらを警戒している。全身は明らかに緊張していて、こちらがなにかすれば即座に飛びかかってきそうだ。

 そんな相手を眺めて、驚いた様子でサツキさんが口を開く。


「ハクエンが人を襲うなんて、珍しいですね」

「剥製?」

「ハクエン。剥製にするには、少し痛みすぎてやしませんか?」


 その通りだけど、冷静に返された。

 ハクエン。漢字で書けば「白猿」だろうか。人を襲うのが珍しいということは基本的には温厚か臆病か賢い生き物、なのかな。

 ハクエンの雰囲気は警戒の色が強く近寄りがたいものだけど、こちらに対して過剰に威嚇をしたり、積極的に攻撃してくる様子はない。おかしなことをすれば攻撃してきそうだけど、このまま引き返せば見逃してくれそうだ。


 とはいえ、そういうわけにもいかない。こちらは温泉が枯れた原因を調査しに来たのだ。

 僕は正直どうでもいいのだけど、少なくともクズハちゃんは一定の成果を得ないと納得はしないだろう。

 実際、隣にいるクズハちゃんの気配は険しい。いつでも戦闘できるように魔力を練っているようだ。

 サツキさんは……どうだろう。気軽な様子に見えるけれど、戦う気があるのかどうかは分からない。戦力になるのかも謎だ。ただ少なくとも、戻るという提案はしてこない。


「……とりあえず、会話してみましょうか。ふたりとも、少し下がっていてください」


 少なくとも相手に知性があるなら言語翻訳のスキルで意志の疎通はできる。相手に戦闘する気がなければ、話し合いは可能だ。

 相手が現状攻撃してきてはいない。ならば、会話くらいはできるかもしれない。

 戦闘なんて気を張るし怪我をする可能性もある。それならまだ、話し合いで解決するほうが楽だろう。


 恐らくはこの中で、言葉を理解する能力が一番高いのは僕だ。

 面倒を感じつつも、僕は一歩を踏み出した。

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