棺担ぎのサツキちゃん
「しかしまあ、災難でしたねぇ。せっかく女の子同士、主従水入らずでお風呂に入りに来たのに、肝心の湯が枯れてしまっているなんて」
五本目の串をお皿に置いて、サツキさんが言う。
今、僕たちがいるのは旅館の中にある食堂で、奥の方の座敷に陣取っている。もちろん、直射日光に当たれない吸血鬼だというサツキさんの希望だ。
周囲、食堂の席はかなり埋まっていて、賑わっている。
温泉には入れなくても、食事は別で楽しめる。寧ろ温泉がないから別のところで楽しもう。そういうことだろう。
それは僕の隣で八本目のみたらしに取り掛かっているクズハちゃんも同じだ。半ばどころか、完全にやけ食いしている。あ、九本目取った。
「いえ、確かに僕はメイド服ですけど、これは着るものがこれしか無かったからなので、主従ではないです」
「あ、そうだったんですか?」
「ええ、ええと……友達です」
友達、という言葉にはまだ少し疑問を感じるけど、クズハちゃんからはそう認定されている。素直にそう言っておくことにした。
「そうですか。それはそれで素敵ですね……ふふ。どちらにせよ、災難ですねぇ。ここの温泉は観光の目玉なんですけど」
「そうですね。ちょっと予想してませんでした」
「ほうれふわね! たのひみにひておりまひたのひ!」
「クズハちゃん、飲み込んでから喋りましょう。それと口の周り汚し過ぎです」
楽しみにしていた温泉が取り上げられて興奮するのは分かるけど、今のはちょっとお行儀が悪い。
注意するとクズハちゃんは素直に頷いて、口元をお手拭きで拭い始めた。
サツキさんは僕らを眺めてうっとりと溜め息を吐き、
「いい……銀髪ロリ吸血鬼ちゃんに叱られる、素敵なご褒美ですね……あ、でもそこは希望できるなら、こう、貴女がその子の口元を優しく拭いて、『もう、僕がいないとなにもできないんですから』とか言ってほしいんですけど……メイドさんっぽく!!」
「すいません、ちょっと意味が分からないです」
「…………」
「クズハちゃん、わざと汚しても拭きませんからね」
わざとらしく口元にタレを塗ってこっちをチラ見してきたクズハちゃんに釘を刺すと、微妙にしょんぼりされた。やらないよ面倒くさい。
ふたりとも意味が分からないので放置して、僕は三本目最後の一口に噛み付く。吸血鬼の特徴である尖ったキバをお団子にそっと刺し、串を引き抜いた。
もちもちの弾力に、甘辛いタレ。噛めば噛むほど楽しくて、お団子の甘みがしみ出てくる。
……まさか、異世界でお団子が食べられるとは。
町についたときの印象が「和風」だったので実は少し期待していたのだけど、ほんとに期待通りに和菓子が食べられた。
日本人には馴染みのある、和風の甘さ。素朴で、場合によってはべたついていると感じられるようなものだけど、やはり懐かしい。
異世界に来てそう長い時を過ごしていなくても、この醤油ベースの独特の辛みと甘みの同居は、ひどく安心する味だ。
「ここのお団子は美味しいんですよね。ここと同じレベルの料理やお菓子を出すお店は、サクラザカ全体を見てもそうはありませんよ」
「確かに、美味しいですね」
僕の同意に満足気に頷いて、サツキさんは二本目を片付けた。
……大きいですね。
身長の話だ。胴長ではないけど、やはり基本の身長が違いすぎる。お互いに座っていても、こちらからは相手を見上げるような形になってしまう。
サツキさんは着方が緩いせいでこぼれそうになる胸をテーブルに置いている。胸元には、僕のお腹にあるような不思議な紋章。どうも個人によって紋の場所が違うらしい。
もちろん、背負っていた棺は床に降ろした状態だ。あの背負い方では、降ろさないと座れない。
地面に置かれるとなお異彩を放つ棺には結構な視線が集まっているけど、彼女は気にした様子もない。お団子をつまみつつ、こちらに話しかけてくる。
「ま、サクラザカにとってここの温泉は重要な観光資源ですからね。三日もあれば原因は調査されて、解決することでしょう」
「そう、なんですの?」
「ええ。急に枯れるなんてことはないはずなので、まず水路あたりのトラブルでしょうし」
「なるほど。それじゃあクズハちゃん、温泉が出るまで旅館に泊まって待ちましょうか」
「いいんですの? そんなに長く滞在して……」
「元々、急いではいませんから」
早く落ち付いた寄生生活にありつきたいのは本当だけど、人ひとりを養うなんて奇特な人はそういない。
簡単に見付からないものを焦って探すのも疲れるだけなので、数日くらいここでごろごろ寝て過ごすのも悪くはない。蓄えはあることだし。
せっかくここまで来たのだから、温泉に入れるようになるまでゆっくりしてもいいと思う。
「いい友情ですねえ」
サツキさんはしみじみと頷いて、クズハちゃんも嬉しそうに十本目にかぶりついているけどやはり僕には意味が分からない。
友達がいない、いやいなかった僕には、どういう行動や言葉が友情として相応しいのかまったく分からないのだ。
かといって満足そうにしているふたりに水を差すのもはばかられるので、放置してお茶を飲む。あ、緑茶だ。これ。懐かしいなぁ。
もしかすると共和国の和は、和風の和なのかもしれない。そんなことを考えて一息を吐いたところで、サツキさんが立ち上がった。
「さて、それじゃ行きますか」
「行く? どこへですか?」
「三日もあればと言いましたが、三日も待てない性分でして。可能なら私の方で解決しようかなと」
「解決って……そんなこと、できるんですの?」
「できるかどうかは現場を見てのお楽しみ。もしダメでも、原因の調査をしておけば後が楽でしょう」
こちらの言葉に返答をしながら、サツキさんは棺を背負う。
棺の扱いは丁寧で、その様子からすると中は空っぽではなさそうだ。
とはいえ、いくらなんでも死体を入れて運んでいるとは考えにくい。もしかするとあの棺、単純に着替えとかが入っているのかもしれない。
「よいしょ。それじゃ、ここのお支払いはサツキちゃんがバッチリしておくので。はああ、眼福でした」
なにが眼福だったのか分からないけど、どうやら一定の満足はしてくれたらしい。
奢ってくれるなら損は無いので、特になにも言うことはない。頭を下げて感謝の意を示す。
これもひとつの恩のような気もするけれど、サツキさん本人が「眼福」と言うからにはなにか利益があったのだろう。貸し借りだとは思わなくてよさそうだ。
隣にいるクズハちゃんも頭を下げて、
「ありがとうございますわ。ええと、その。サツキさん。ひとつ、良いですの?」
「ええ、なんですか?」
「その温泉が枯れた原因の調査に、私もついていきたいのですが……構いませんか?」
……意外、でもないですか。
クズハちゃんとしても早くお風呂には入りたいだろう。待っていれば戻るとは言うけど、初めて会った人の言葉だ。
確証はないし、根拠もない。なにより落ち着かない。そんなところかな。
行くと言うなら止める理由もないので、任せておこう。
「うーん……水路を遡って原因を調べるだけなので、そう危険はないでしょう。魔物や獣にそうそう後れを取るような感じでも無さそうですし、構いませんよ」
「ええ。ありがとうございます。アルジェさん、行きましょう?」
「え? ……あ、はい」
まさか僕まで行くことになっているとは思わなくて、反応が遅れた。
よくよく考えてみればクズハちゃんは僕と早くお風呂に入りたいわけなので、連れて行かれるのは当然か。ただ僕としてはこのあと久し振りにふかふかの高級なお布団で寝るつもり満々だったので、ちょっと戸惑った。
……仕方ないですね。
クズハちゃんの中で、僕の同行は決定事項になっているらしい。
事後承諾どころか勝手に予定に組み込まれているけど、それだけ気が急いているということだろう。
ほとんど反射的で流されたとはいえ僕も頷いてしまったので、素直についていくことにする。
「それじゃ、支払い済ませてレッツゴーですよ!」
人懐っこく微笑んで、サツキさんは胸の谷間からお財布らしきものを取り出した。大きいなぁとは思っていたけど、そこから物を取り出すような人を見るのは初めてだ。
「ん? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
個人的な感想を抱いただけなので、特に言うことはない。
自分の胸板の薄さを確認してやはり微妙に納得できない気持ちになりながら、僕はふたりの背中に続いた。




