再戦、テリア盗賊団
「ふ、ぁぁぁ……」
欠伸が出るのを我慢することなく、空へと向けて惜しげもなく吸血鬼の牙を晒す。
そうして大きく息を吐き出して新鮮な空気を肺に取り込むのは気持ちがいいものだけど、お昼寝には敵わない。早くお昼寝がしたいなぁ。
「……で、どうしてもやるんですか?」
溢れた涙を拭いつつ声を掛けるのは、前方。数メートル先に陣取ったテリア盗賊団だ。
むふうむふうと鼻息で鼻毛を荒く揺らす、細身のチワワちゃん。
惜しげもなくすね毛を晒した短パンの姿で、少し太っちょのダックスちゃん。
そして禿げ頭にマントという出で立ちのリーダーで、バランスの取れた身体つきをしたテリアちゃん。
各々が個性的な格好をした芸人、テリア盗賊団。一度見たら忘れられない濃厚な三人組だ。
「あったり前だろうが!」
「俺たちは泣く子も黙る盗賊団!」
「やられっぱなしでいられるわけねぇだろ」
元気よくポーズを取るテリア盗賊団を眺めながら、僕は状況を整理する。
今、僕たちがいるのは山を降りて半日ほど歩いたところだ。
山を無事に降りた僕らはその後、半日ほど一緒に歩いていた。といっても僕は山を降りたらすぐにネグセオーに乗って眠ってしまったから、彼らがついてきていたことに気づかなかったのだけど。
だから目が覚めたときに彼らがいて驚いた。とっくに別の道に進んでいるものだとばかり思っていたから。
そうしてテリア盗賊団がわざわざ僕の起床を待っていた理由は、今対峙している彼らの言葉の通り。
つまりリベンジする為だけに僕が起きるまで同道していたのだ。もしかすると彼ら、暇なのかもしれない。
各々がよく分からない決めポーズをとっている三人から漂う血の香りは相変わらず、脅威には感じない程度。
少なくともフェルノートさんほど強い気配ではないし、クズハちゃんより強いかも怪しいという程度のものだ。
それでも僕はネグセオーから降りて、肩に力を入れるというほどではないにしろテリア盗賊団を注視していた。
……いまいち底が見えないんですよね。
初対面ではなんの脅威にも感じず、実際に圧勝した。
けれど今日再び顔を合わせてみて、少しだけ彼らの認識を改めた。
彼らの動きはポージング以外は無駄がないし、統制も取れている。自己申告ではあるけど、王国の王都で派手に暴れたという情報もある。
特にテリアちゃんが匂いから得られる情報以上に優秀だ。僕が作った闇を見通していたし、危機察知能力も高く、投げナイフの腕はかなりのものだった。
血の匂いをリーディングして分かるのは、あくまで大まかな強さ。そこに戦術や思考、経験は反映されない。つまりブラッドリーディングは相手の単純な肉体の強さ、魔力の強さだけを感じているだけに過ぎない。
少なくとも匂いからの強者判定については、あまり頼りすぎてもよくはないのかも。参考にはなるのだけれど。
「アルジェさん。芸人さんたち、どうかしたんですの?」
あ、そうだ。クズハちゃんはまだそう思ってるんだった。
「ええとですね。彼らは今、アクションの練習がしたいそうなので、それにお付き合いをと思いまして」
「まあ、熱心なんですのね……!」
「ええ。そういうわけなので、クズハちゃんはこう、稽古風景を眺めてて貰って大丈夫ですから、そっちで見ててもらえます?」
「分かりましたわ!!」
底なしレベルで素直なクズハちゃんは僕の言葉を信じきったらしく、こちらから少し距離を離して期待の眼差しを送ってくる。物凄く期待しているご様子だ。
クズハちゃんの隣にいるネグセオーがなにか言いたそうにしているけど、なにも言ってはこないので放っておいた。僕、なにも悪いことしてないし。
改めて芸人さんたちに向き直ると、三人ともきちんとポージングを保っている。なんで今話してた隙に攻撃とかしないんだろうか。
「行くぞ、痴女ぉ!!」
「だから痴女ではないんですけどね」
不本意な呼び名に対しての抗議は聞き届けられず、テリア盗賊団が動いた。
不意打ちではないけど、正々堂々とも言えない微妙なタイミングでの戦闘開始だ。前と同じように風の魔法を打ち込んで纏めて吹っ飛ばそうしていたけど、それはさすがに読まれていたらしく、彼らは別々の方向に動いた。
さっきまで片足を上げたり屈んだり変な体勢を取っていたとは思えないほど、流れるような動きで三人が散開する。ダックスちゃんとチワワちゃんがそれぞれ左右に行き、テリアちゃんは後ろにステップしながら短剣を一本投射してきた。
「危ないですね」
身体を傾けて飛来した刃をかわすと、そこに合わせたように鎖と分銅が飛んできた。チワワちゃんだ。
一段階速度を上げて、身を低くすることで横薙ぎの鎖を回避。びゅん、という風切音が頭上を通りすぎる。ホワイトブリムが荒く揺れた。
屈めた身を戻したところで目の前に爆弾が投げ込まれてくる。対応しようとした瞬間、爆弾を短剣がストンと貫いた。テリアちゃんか。そう納得したと同時、爆発が起きた。
初戦で使われたものとは比べ物にならないレベルの爆発。明確にこちらを傷付けられるだけの威力を持った攻撃だ。
「わっと……!」
爆発の瞬間、後ろへと移動して逃れた。銀髪とフリルの端が僅かに焼けて不愉快な臭いを放つ。魔法ではなく物理的なダメージなので、これに当たると防ぎようがない。
「ああ!? 服が!?」
服の作り主であるクズハちゃんが声を荒らげるけど、気にしているほどの余裕はさすがにない。爆風が完全に晴れないうちに、巻き上げられた土や煙を抜けて短剣が飛んできたからだ。
煙に阻まれているから向こうもこちら側は見えないはずなのに、やけに正確な投擲だなぁ。
焦ることはなく、飛来した短剣をブラッドボックスから取り出した刀で迎撃する。ひとつ、ふたつ、みっつと音の花びらが散る。煙が晴れると、そこにテリアちゃんの姿は無かった。
見えている状態で動かれるなら見逃すわけはないけど、視界を遮って動かれるとこうして見失う。当然のことなので焦らない。
「風さん、お願いします」
左手の方に魔法で突風を起こし、追加で爆弾を投げようとしていたダックスちゃんを吹き飛ばした。範囲攻撃を先に潰しておかないと面倒くさい。
「どわぁお!?」
遠ざかっていく悲鳴を聞きながら、右足を軸に身体を右へ旋回。既にチワワちゃんが鎌を振りかぶっている。
「そぉらぁ!!」
袈裟懸けに振るわれてきた刃を後ろに下がることで回避。チワワちゃんの背後からナイフが二本、僕へと向けて飛んできた。
援護なのだろうけど、それにしたってギリギリ過ぎる。チワワちゃんの身体は細身とはいえ、そのすれすれを抜けてその上で正確に僕の元へと当たる軌道だ。テリアちゃんの投げナイフの腕と彼らの連携がどれほど鋭いのか伺える。
感心しつつも速度任せに刃を振るい、一本を迎撃した。
もう一本が右の頬を浅く裂いて抜けていったけど、想定済みというか狙い通りなので問題ない。
「ブラッドアームズ。『鎖』……よいしょっ」
「うおお!?」
頬から流れた血を鎖へと変えつつ、チワワちゃんの武器を弾き飛ばす。速度と力はこちらが上だ。打って響かせるだけでいい。硬質で耳障りな音がして、鎖ガマが宙へと飛んだ。
僕の体勢が刀を振るった状態であっても、ブラッドアームズは自動操縦で動いてくれる。武器を失ったチワワちゃんが逃げる前に手の拘束は完了。距離は離されてしまったけど、両手を縛られているので事実上の無力化だ。
わざわざギリギリで避けて、肌に傷を付けた甲斐はあった。じん、と傷口に熱が籠もるような感覚はあるけど、問題はない。
「追加発注。ダックスちゃんに」
油断なく周囲を見渡しながら、ダックスちゃんが復帰してこないよう、追加で作った鎖を飛ばす。
まだ血が必要になるかもしれないので回復魔法は使わず、傷はそのままだ。
……またいなくなりましたね。
チワワちゃんの後ろから短剣を投げてくるのは見えたけど、鎖ガマを攻撃するために視線を切っている間に、再びテリアちゃんは消えていた。
「一応聞いておきますけどチワワちゃん。テリアちゃんはどうやって消えているんですか?」
「はっ! 教えるわけねえだろバーカ!!」
「そうでしょうね。えい」
「ぬおおお!?」
一応聞いただけなので、期待はしていない。
ブラッドアームズを操作して、チワワちゃんを引っぱる。変な真似をされても困るので、適当に引き回してなにも出来ないようにしておこう。拘束が完了したダックスちゃんも同様に。二人ともを地面から数十センチほどの高さに吊り上げて、あっちこっちに引っ張り回す。
「追加。お静かに」
背後でハモり始めた悲鳴がうるさかったので更に鎖のおかわりに二人の顎を閉じさせるように指示して飛ばして、嗅覚を澄ます。
目で見るのではなく、嗅覚で探知しようと意識を集中する。
……いない?
嗅覚に引っかからない。
匂いはあるけど、残り香程度のものだ。テリアちゃんが先ほどまでチワワちゃんの後ろにいたと分かる、そんな程度。
僕の鼻が利かない位置まで遠ざかったか。瞬時に思いついたその可能性は、僕自身で否定した。
彼は子分を二人とも置いて逃げたりはしない。遠ざかったところでここは平野だから見えるし、あまり離れすぎたら向こうの攻撃も届かなくなる。
だとすれば、別の可能性だ。匂いを誤魔化しているというのもあり得るかもしれない。でも、どうやって?
そんなことが出来るとしたら、魔法で隠すか、或いは――
「――地面ですか」
思い至った可能性を、今度は信じた。僕が頬から血を滴らせてその場を離れるのと、テリアちゃんのハゲ頭が地面から顔を出すのはほぼ同時、彼の方が僅かに遅れてだった。
僕が一瞬前まで立っていた位置。その地面からモコッという感じで顔を出したテリアちゃんは、海坊主かモグラという感じだ。思わず笑いそうになるような絵面だったけど、短剣が三本ほど飛んできたので表情を引き締めてかわした。
一度の腕振りであれだけ投げてくるのもそうだけど、いったいいくつ隠し持っているのやら。
「ブラッドアームズ、『鎖』」
「チッ! 潜れ!!」
先ほどまで僕がいたところに現れたということは、その付近には僕の血が落ちている。流れ落ちた赤色を地面が吸ってしまう前に鎖に変えたけど、その鎖が巻き付くよりも先にテリアちゃんが潜った。
乱暴な言葉ではあるけれど、間違いなく魔法が発動する。派手な土煙を上げて、テリアちゃんの姿が消えた。あれは土魔法、かな。
テリアちゃんは単純な強さと言うよりは、小技が上手いのかもしれない。そしてそれを上手に扱うことも。
とはいえ、絡繰りは分かった。なにをしているのかさえ分かれば、対応はいくらでも思いつく。
「霧化」
武器と服を収納し、自分の身体を霧へと変える。あまりこの技能を使い続けるのは好きではないけれど、今の最良手はこれだと思うので、仕方なく使う。
霧になると意識が少し薄くなるので、苦手なのだ。眠気が酷いときにも似ているけれど、眠気があるなら寝ればいい。霧になったら寝られない。うん、苦手だ。
ふわふわした意識を集めながら、自分の身体だけは霧散させていく。瞳も耳もなにもかも無くなっているのに、不思議なことに霧になった身体が覆うところはなにが起きても把握できる。
僅かに地面が動く感触ですら、手に取るように分かるのだ。この形態に手はないのだけど。
そうして少しの間、地面の動きに僅かな意識を集中させて、待った。ハッキリとしない意識の中ではそれがどれくらい長かったのかは分からないけれど、待っていればいつか終わりはやってくる。眠りと同じように。
大地の揺れ、出現の予兆となる動き。地面が僅かに盛り上がる。感じたものに、僕は従った。
相手が出てくる直前に霧から元の形態へと戻り、服も着る。そして、地面が弾けた。
派手に土を巻き上げ、地面が割れる。そうして現れたのは――テリアちゃんの外套だ。
「分かっていたことです」
ここまでは予想通り。自分の手の内、姿を消す方法を晒した彼が素直に地面から出てくるわけがない。
僕を撹乱するために、マントを捨てて、地面までふっ飛ばした。
そうまでして取りたい場所があるとすれば、こちらの背後だ。振り向くのとナイフの切っ先が首を掠めるのは同時。正確だけど、全速を出せばかわせないほどでもない。
「クソが! もぐ――」
「――遅いです」
「うごぉ!?」
背後を取っているのはこちらも同じだ。ただし僕ではなく、「武器」が。
口を塞ぎ、空を引き回していたダックスちゃんとチワワちゃん。その二人を、テリアちゃんに後ろからぶつけた。
同時にブラッドアームズも解除したことで、拘束を外された二人は重力に引かれて落下。結果として三人が同じ穴に無理矢理詰め込まれるような姿勢になる。あれは苦しそうだ。三人揃って「むぐぅ!?」とか言ってるし。
「ブラッドアームズ、『縄』」
仕上げにしよう。そう考えて、血液を変化させる。
アームズと言いつつほとんど武器ではなく拘束具を作ってるような気がするけど、便利なので気にせずに使う。
さすがに彼らのことを侮るのは止めだ。全速までを一瞬で加速して、三人をまとめて縛り上げる。
「まったく。芸達者な芸人さんたちです。さすが芸人」
「「「誰が芸人だー!!!」」」
いや、ここで速攻突っ込みいれてくる時点でもう芸人じゃないですか。




