Shadow in the dark
「待ってください、三人とも」
ナイフ、鎖ガマ、そして爆弾。各々の獲物を取り出した三人組に、僕は水を差した。
クズハちゃんは緊張した面持ちだ。国境を隠れて越えることの意味くらいは、彼女もさすがに分かっている。なんでそれを芸人がやってるのか疑問に思っていないところは、ちょっと素直過ぎだと思うけど。
テリア盗賊団の三人が僕の言葉に反応して、こっちに視線を投げてくる。そのことを確認してから、僕は自分の指に噛み付いた。
傷口から血が溢れて、甘い味が口に広がる。
若干の勿体無さを覚えながらも口から指を離して、僕は言葉を紡いだ。
「ブラッドアームズ、『縄』」
血を武器へと変える技能。縄は正確には武器ではないような気がするけれど、拘束具は武器と解釈されるらしい。作れるのだからありがたく作って、使わせてもらおう。
十分な長さになるように作った縄を、ネグセオーの首周りにキツくないように軽く結ぶ。
「大丈夫ですか、ネグセオー」
「ああ、問題ない」
「そうですか。それじゃ、クズハちゃん。この縄、三人に渡してくれますか?」
「あ、はいですの」
声を掛けて縄の端を渡すと、クズハちゃんは前の方へとリレーしてくれる。
四人ともなんだかよく分からないと言う顔をしながらも、それぞれがきちんと縄を掴んでくれた。
「で、お前はなにがしたいんだ?」
「戦闘はなるべく避けたほうがいいと思うんですよね」
「悠長だな。もうバレてんだぞ」
テリアちゃんの言うとおり、人の気配は近づいて来ている。一人ではなく、数人分のものが。
彼がそれをどうやって知覚したのかも、こちらに向かってきている人たちがどうやって僕らの存在を把握したのかも解らない。
だけど、なるべくなら衝突は避けたい。いざこざを避けるために国境越えなんてコトをしているのに、お尋ね者になるのはちょっと。
「暗くなーれ」
だから、そうならない為に魔法を使う。
闇魔法。レベル1で取得している魔法技能を、僕は生まれ変わって初めて行使した。
元から効果は把握していた技能だ。今まで使っていなかったのは、単純に使うタイミングがなかったから。
初期レベルの効果は、ごく単純なもの。闇を作る。ただそれだけだ。
手の平から黒い霧のようなものが溢れて、周辺へと流れていく。見る見るうちに辺りを黒く染めて、まだ止まらない。
ほんの少しの時間で、辺りがすべて闇に包まれた。
「アルジェさん、これは……」
「大丈夫です。ただ見えにくくするだけなので」
元々今は夜で、視界は不良だ。月明かりも僅かしか届かない、宵闇の森。
それでもテリア盗賊団も、クズハちゃんも、ネグセオーも見えている。僕の目にも、昼間とほぼ変わらない景色が見えている。夜目の効く一団だ。
けれど今僕が作った闇は、夜目を利かせることすら不可能になるほどの真っ暗闇。
……僕だけが見えます。
正確には、吸血鬼だけだ。少なくとも今ここにいるメンバーで、この暗闇を問題なく見通せるのは僕だけだろう。
視界が塞がらない理由は吸血鬼の種族特性。詳しくは分からないけど、吸血鬼は闇の魔力が固まった存在らしいので、たぶんその恩恵だろう。
これで、僕らの方にやってきている人たちもこっちを見失うはずだ。闇の魔法を継続しながら、先頭に移動しつつみんなに言葉を送る。
「それじゃあ先導しますので、ロープを離さずについてきてくださいね」
「待てよ」
「なんですか、テリアちゃん?」
不服、或いは質問でもあるのだろうか。そう思ってテリアちゃんの方を見ると、彼はこの暗闇の中でまっすぐに僕の目を見つめていた。
闇雲に見ているという感じではない。テリアちゃんの視線はきちんとこちらに向けられている。どこか不機嫌そうだけど、睨みつけているという感じではない瞳が。
「……もしかして、見えてます?」
「まぁな」
ぶっきらぼうにそう言われる。
見えるけれど、理由までを説明する気はない。彼の態度は暗にそう物語っていた。
僕自身もどうしてなのか気になるという程度のことなので、向こうに話す気がないならそれで構わない。
今日久しぶりに再会していろいろと謎が深まったテリア盗賊団だけど、僕の中では彼らは芸人なので、それでいいや。
「芸人凄いですね」
「誰が芸人だ。少し待ってろ」
状況が状況だからだろう。声を潜めた突っ込みをこちらに入れつつ、テリアちゃんは短剣を取り出した。一本ではない。懐から現れた輝きは、しめて三本分だ。
最初からそうすることを決めていたかのような気軽な動きで、テリアちゃんが短剣を投げた。投げる方向に視線すら送らず、でも、正確なスローイング。
三本の短剣はそれぞれ別の方向に向けて、木々の隙間を通って遠く飛んでいく。それにやはり視線を送ることなく、テリアちゃんは縄を掴み直して、
「行くぞ」
「テリアちゃん、今なにしたんですか?」
「時間差で爆発するように仕込み入れた短剣だ。国境警備隊のアホどもの気を引くためのモンだよ。おら、さっさと行くぞ。案内しろや」
「あ、はい」
テリアちゃんに縄の端を押しつけられた上に背中を押されたので、僕はみんなの先頭を歩き始める。
見えているならテリアちゃんが一番前でもいいと思うけど、彼はどうやら僕に任せるつもりらしい。
もっと否定されたり、戦おうとしているのを邪魔したことで怒られるのかと思ったけど、素直に従ってくれるどころか僕のやりたいことを補助までしてくれた。
名前は変だし乱暴だけど、やっぱりどこか憎めない人たちだ。
山道は歩きづらくて面倒くさいと思いながらも、僕は暗闇の中を歩いてみんなを先導していく。
山道の終わりはもうすぐだ。背後で起きる派手な爆発音を背景に、僕らは闇の中を行った。




