カクレガ
狭い横穴を抜けた先にあるスペースは、驚くほどに広かった。
吸血鬼の瞳は暗いところでも正しく景色を見ることができる。その便利な目で、僕は周囲を眺める。
寝泊まりするには十分なほどに広く、テーブルや道具箱のようなものがいくつかある空間だ。
天井も結構高い。オズワルドくんくらいの身長があっても、問題なく歩けそうなほどに縦と横に余裕があるスペース。
なんとなく見渡しているうちにダックスちゃんがマッチを擦り、ランタンに火を入れた。
温かな光が部屋の中に満ちる。強い光ではないので、目の奥に痛みを感じたりはしなかった。
クズハちゃんの方に視線を向けると、彼女は興味深そうな顔で尻尾を揺らしながら隠れ家のあちこちを歩いて壁を触ったり、天井を仰いだりしていた。
「で、お前らはなんでこんなところにいるんだ?」
話し掛けられたので視線を向けると、テリアちゃんは先ほど見かけた道具箱のひとつに腰掛けていた。
椅子にするのにちょうどよさそうな、四角形の箱だ。中になにが入っているのかは興味がないけど、鍵はしっかりと付けられている。
聞かれたことは特に隠すようなことでもないので、僕は素直に答える。
「共和国に行こうかなと思いまして」
「んなことはこの山にいるってだけで解るんだよ。なんで街道通って手続き踏まねぇで、コソコソ行こうとしてんだってことだ。同業かと思っただろうがクソッタレ」
どうも彼らと同じように盗賊だと思われていたようだ。襲ってきたのはそういう理由だったらしい。
僕は自分の格好を改めて眺める。土がついて汚れているけど、どう見てもメイド服だ。ちょっとこれは綺麗にした方がよさそうかな。
そう考えながら、あっちこっち歩き回っては興味深そうにテーブルだのランタンだのを眺めている、クズハちゃんの格好を見る。丈の短い、巫女服に似た和服だ。
「綺麗になーれっと……。こんな格好の盗賊団がいると思います? もしかしてテリアちゃん、バカ?」
「うるせぇな! 俺だって信じたかねぇけどいるんだよ! 今のお前らみたいにバカっぽい格好をした盗賊がなぁ!!」
「え、なんですかその面白そうな話。詳しく教えてください!」
「お前どこに食い付いてんだよ!」
だってそんないじったら面白そうな盗賊がいるなんて、是非会ってみたいじゃないですか。
もしかするとこの世界、盗賊はみんな面白キャラなのかもしれない。だとすると今後新しい芸人と出会いがあると考えると、今からちょっと楽しみだ。
とはいえ、話が少し逸れてしまった。聞かれたことにきちんと応えるために、僕は改めて口を開く。
「ちょっと王国で派手に立ち回ってしまったので、共和国にでも行こうかなと」
「派手に、ねぇ」
「このままだと戦力として王様からお声がかかるかもしれないから、早く出ていくといいと、あるキ……人に言われました」
危ない。もう少しでキノコって言うところだった。
キノコは喋らない。あれはサマカーさん。キノコそっくりだけどいい人だ。ちょっとエロだけど。
「ふん。王国は帝国と長いこと戦争してやがるからな」
不機嫌そうに、テリアちゃんは吐き捨てるみたいに言葉を作る。
その表情からは嫌悪感が滲み出ているけれど、こちらに向けてのものではないような気がした。彼の視線はこちらから外れ、地面の方を忌々しげに睨んでいるからだ。
これは予想でしかないけど、王国や帝国に対してなにか思うところがあるのかもしれない。
気にはなったけど、掘り返したりするのも野暮だろう。詳しくは聞かないことにした。
「しかしお前、何モンなんだよ。二度も俺らの前に現れやがって」
「ただの通りすがりの吸血鬼ですよ」
「吸血鬼……お前まさか、アンタレスで生まれたのか?」
「ザンギエフ?」
「アンタレス! 俺らとお前がこの間出くわしたとこの近くに、古い廃墟があったろうが! あそこだよ!!」
確かに僕が転生の手続きを終えて目覚めたのは、既に滅び去った都市だった。
見たところあそこの建物や道は破壊だけでなく、経年による劣化も酷そうだった。人の気配が絶えてかなりの年月が経っているはずだ。
……アンタレスって名前なんですね、あそこ。
自分の生家――ではないけれど、生まれ故郷と言ってもいいところ。
王国の領内だとは思っていたけど、名前は知らなかった。聞いたところでなにがあるわけでもないけれど、覚えておいても不都合はないだろう。
「あそこは昔、大規模な戦闘があったからな。吸血鬼が生まれる環境は整ってる。高い濃度の魔力が意志を得て形を持ったモンが吸血鬼だからな」
オズワルドくんやクズハちゃんも吸血鬼は高い魔力から生み出されると言っていたけど、詳しくは知らない。興味ないから知らなくてもいいけど。
ただ、これまでの話を聞いている感じだと前々から予想していたとおり、吸血鬼というのは生まれたときに既に形が定まっているものらしい。
やはり、僕がよく知る伝奇ものの吸血鬼とはまた別物のようだ。
「テリアちゃん、結構物知りなんですね」
「ふん、そうでもねえよ。おいダックス、こいつらにも寝床用意してやれ」
「へい、おやぶん!」
テリアちゃんの指示を受けて、ダックスちゃんがてきぱきと動き始める。道具箱のひとつを開け、その中からお布団を二組み取り出して手近なところに敷いてくれた。
ここまででも思っていたけど、テリアちゃんたちは案外僕らのことを丁重に扱ってくれる。
遅く歩いていたら置いていくと言いながら、そうやって声掛けはしてくれるし、隠れ家に案内もしてくれた。今は寝る場所まで準備してくれている。
指名手配されるような盗賊団で、最初に見たときもゼノくんのことはたぶん殺そうとしていたし、僕のことも奴隷として売るとか言っていた人たちだ。善人とはさすがに言い難い。けれど、頭からつま先までの悪人にも見えない。
彼らはどんな理由で、盗賊団なんてことをやっているのだろう……?
「ほら敷いたぜ。出発は夜だからちゃんと寝とけよ」
「ありがとうございます、ダックスちゃん」
「ちゃん付けはやめろよ」
ダックスちゃんが不機嫌そうに返してくるのをスルーしつつ、僕は布団に潜り込む。場所が場所なので少し埃臭い上にふかふかとは言い難いけど、久しぶりのお布団なので我慢することにした。
瞳を閉じたらすぐに眠ってしまいそうなので、クズハちゃんに声をかける。
「クズハちゃん。僕もう寝ますね」
「承知いたしましたわ。私も芸人さんたちのお手伝いに分身を作ったら、少し仮眠をとらせて頂きますわね」
「そうですか。新しいブシハちゃんに宜しくお願いします」
「その呼び方もう決定なんですの!? あ、ちょっとアルジェさん!? 無視ですの!?」
クズハちゃんがなにか抗議してくるけど、眠かったので無視して瞳を閉じた。
ブシハちゃん可愛いと思うんだけどな。本体と見た目で区別出来ないから、呼び名くらいは変えてもいいと思うし。
視界を黒に染めると、意識もあっという間に黒に染まる。クズハちゃんの悲鳴みたいな声をBGMに、僕は眠りについた。
ちょっと無防備かもしれないけど、ブシハちゃんがいるなら彼らもこちらに変なことはしないだろう。




