狐の恩返し
「この度は御迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでしたわ……」
「いえいえ、解ってくれればそれで良いので」
深々と狐色の頭を下げる彼女に適当に言葉を返して、周囲を見渡してみる。
……馬小屋?
お詫びがしたい、という彼女に連れられてやってきたのは、随分と寂れた小屋だった。
木造の、明らかに人が住む目的では建てられていない建物。調度品のようなものは一切無く、あるものと言えば小屋の隅に藁が積み上げられているのみ。
天井や壁のあちこちに穴が空いていて、風も雨も入り放題という感じだ。
馬小屋どころか、馬の餌置き場のような場所だった。それも、とうの昔に使われなくなったような。周囲に民家もないし、随分と寂しいところに住んでいるなと感じた。
馬と言えばネグセオーとは今、別行動をしている。
血の契約があるから何かあれば直ぐに来てもらうようには頼めるし、小屋には馬を置くようなスペースが無いからだ。
小さな女の子ふたりですら手狭に感じるような場所で、僕らは向かい合っている。やがて、相手が頭を上げた。
「私の名前はクズハといいますわ」
「クズハちゃんですね。解りました。僕のことはアルジェで良いですよ」
「解りましたわ。それで、その……出来れば言葉だけではなく、形となるようなお詫びをアルジェさんにはしたいのですが……今の私にどこまでのことができるか……」
「ふむ、そうですか」
見たところ、クズハちゃんは貧乏そうだ。服はボロボロだし、住んでいるところも綺麗とは言いがたい。
本人も「どこまでできるか」なんて言っていることだし、期待はしない方が良さそう。
……ちっちゃな女の子に養ってとは言えませんしね。
大人ならともかく、小さな子供に寄生しようとは思わない。
子供というのは養われるべき存在で、子供に養われるというのはちょっとどうかと思う。
口調は落ち着いているし人間ではないようだから、見た目通りの年齢ではないのかもしれないけど……聞いたわけではないし、見た目は童女だ。少し思い込みの強いところも、精神の未熟さを感じる。
年齢が解らないなら、見た目や雰囲気で判別するしかない。そして僕の中では今のところ彼女は小さな女の子なので、寄生対象からは外れる。
ロリジジイさんはロリ声だったけど、明らかに神様っぽい存在で長生きしてそうだったから寄生候補。あの人、いや神様? どっちでも良いけど今からでも養ってくれないかな。
強いて今欲しいものがあるとすれば衣服だけど、クズハちゃん自身の格好を見る限りは望み薄だ。人に渡すような服を持ってるなら、まずは自分の方を何とかするだろう。
今のところ薄手の毛布を羽織るようにして誤魔化しているけど、また痴女扱いされるのは避けたい。めんどくさいから。
「今のところ、僕が欲しいものってないんですよね……服くらいですか」
「う……申し訳ありませんわ……」
うん、やっぱり無理みたい。
そもそも、彼女はどうしてこんなところに住んでいるんだろう。
聞いてみようかと思ったけど、話が長かったら途中で眠くなりそうだから止めておこうかな。
「実は、私がここにいるのはある人からの指示で……本当ならもっと、恩返しも出来ると思うのですけど……」
眉尻と尻尾を力なく下げて、口惜しそうにクズハちゃんが話し始める。
聞く聞かない以前に、勝手に身の上話が始まっちゃった。眠らないように注意しないと。
「私の母が、この先の村の領主様に協力しておりますの」
「……協力?」
「ええ。私の方はその協力が終わるまでの間、領主様と母様が憂いなく過ごせるように、周辺の治安維持……魔物退治を、仰せつかっておりますわ」
「ふむ……親御さんが協力って言っても、領主さんは具体的にはなにをしているんですか?」
「帝国との戦争を終わらせる兵器の研究だと聞いておりますわ。帝国と王国の戦争による土地の荒れは、私たち獣人にも他人事ではありませんもの。母様は立派にこの世界に生きるものとしての勤めを――」
「――あふ」
「アルジェさん?」
「いえいえ、なんでもないですよ」
いけない、話が長くなってきたから欠伸が出ちゃった。
眠いのだけど、眠い頭でも明らかに彼女が騙されているのだということは解る。
……立派な親が、子供にこんな扱いします?
ボロ小屋で、まともな服も与えず、首輪まで付けて。
たぶん、騙されてる気がする。クズハちゃん、アホ……いや、素直そうだし。親はどうか知らないけど。
まあ僕にとってはどうでも良いことだ。国同士の争いに介入したりとか、心底面倒くさい。
クズハちゃんの話はその後も暫く続いたけど、僕は適当に聞き流すことにした。大体要約すると「母様は凄い自分も頑張る」という感じの話だったから、詳しく覚えなくても良いや。
「……そういうわけで、私はここを離れられませんし、何も持ってはいないんですの。その、それでも出来ることがあればと思うのですが……」
「いえいえ。気にしなくて大丈夫ですよ」
寄生対象からは外れる子だし、色々と事情が重そうだ。頼るのも忍びないので、お詫びにはそもそも期待していない。
とはいえ、相手はすごく申し訳なさそうな顔をしている。形式的というか、形だけでも何かを貰っておいた方が向こうも少しは納得するかもしれない。何かないかな……。
「……あ」
あった。
ちょうど良いお詫びが、目の前に。
僕は見つけたものを指差した。相手の狐の耳がぴこっと動き、視線が僕の指が示すものを捉えたことを確認してから、言葉を作る。
「藁で寝るの快適そうなので、そこでお昼寝させてくれません? それがお詫びで良いですよ」
「えっ」
「どうかしました?」
「そ、そんなので宜しいんですの?」
「そんなのが良いんですよ。ダメですか?」
「わ、私は構いませんけれど……」
「じゃ、おやすみなさい」
相手の了承を得たので、遠慮なく寝転がることにする。
さすがに全裸で藁の上に乗るのは肌に刺さりそうなので、毛布にくるまったミノムシ状態で寝転がった。うーん、ふかふかで悪くない。
「あ、あの、アルジェさん……?」
何か言ってるけど、もう承諾は得ているのだから無視して寝ることにした。
元を辿ればお昼寝の邪魔もされているわけだから、遠慮なく意識を夢に沈めることにする。
ネグセオーには「お昼寝するので適当にしててください」と思考を飛ばして、僕は日課のお昼寝を貪り始めるのだった。おやすみなさい。




