炎のさだめ(勘違い)
「――びっくりするじゃないですか」
炎耐性10、魔法耐性10。
このふたつを持つ僕にとって、不意打ちであろうと炎の魔法はほとんど意味を成さない。真夏の風のような不愉快な熱さを感じて、それが通り過ぎただけだ。
二つの耐性を最大まで盛った僕に熱さを感じさせるのだから、相当な威力の魔法だったのだろうけど……一体なんのつもりなのやら。
「無事か、アルジェント!!」
「ネグセオー、少し下がっててください」
「う、うむ……大丈夫なのだな?」
「お互いに能力は解ってるでしょう?」
「……承知した」
ネグセオーが身を翻し、離れていく。
血の契約によってお互いの能力はなんとなく感じられる。ネグセオーが今の炎に直撃したら、あっという間に桜肉のステーキだ。
……あ、大分速くなってますね。
僕と追いかけっこしたときとは加速が段違いだ。寝癖のようなふわふわのたてがみが、見る見るうちに離れていく。
あの速度なら僕も真面目に走らないと追い付けないかもしれない。次勝負挑まれたら断ろう。
「むぅ……服が燃えちゃいましたか」
ゼノくんに貰った一張羅が、綺麗に灰になってしまった。
森で貰った持ち物の中に衣服は含まれていない。服はあることにはあったけど、僕みたいな子供用の服は無かったから持ってこなかった。
当然と言えば当然だ。子連れでくる密猟者なんて普通はいないから、持っている道具は自分達の生活必需品。コンロや鍋は持っていても、子供服なんて持っているわけがない。
「まったく、また裸になっちゃいましたね……ほら、出てきてください」
毛布にでもくるまって誤魔化すしかないか。ただ、今はそのことを考えるのは後にしよう。
声をかけた方向。僕より数メートルほど遠くの地点で、灰が盛大に吹き飛んだ。頬を撫でていく突風は、やはり肌に刺さるような感触。
そして、風の中心に女の子がいた。
まず、目を引いたのは彼女の耳だった。
金色の毛並みで、ぴんと直上に向いている動物めいた耳。耳の先に行くにつれて茶色が混ざっていて、狐を彷彿とさせた。
無造作にも見えるふんわりとした長めの髪も、やはり金と茶の狐色だ。
つり目気味の黄色い瞳は縦長の瞳孔で猫にも似ているけど、確か狐の目はイヌ科なのに猫の瞳のような形をしていたはずなので、やはり狐というのが正しいように思う。
向かい合っているからお尻の方は見えないのだけど、それでもモフモフした狐のような尻尾が二本、伸びているのが確認できる。
「……狐っ娘?」
一言で言えば二又尻尾の狐の獣人。耳と尻尾の生えた、人間に似た生き物だ。
狐以外の特徴を見ると、見た目の年齢は今の僕とそう変わらないくらいに見える。少女というよりは、童女という方が似合うか。
そして彼女の首元には、金属製の首輪が填まっている。
首輪には鎖こそ無いものの、彼女の小さな身体に対してひどく武骨で大きい。とてもアクセサリーでは片付けられない、明らかな拘束具。
着ているのは和服だけど、あちこちがボロボロで腕の辺りなどは大きく裂けているところもあった。
着物の丈は短く、子供特有の細くて健康的な足は太ももまで露になっている。
奴隷のような印象を受ける格好だ。それも、待遇が良いとは思えない。
恐らくは僕たちの接近を察して、灰の中に隠れていたのだろう。
格好こそボロボロだけど、風の魔法でスス汚れは粗方吹き飛んだらしく、肌や髪はとても綺麗だ。だからこそ余計に格好の汚さが目立っているけど。
「……こんなに強い魔物がいるなんて、聞いてませんわ」
響いた声は可愛らしい姿形に似合う、高い声。
どうも明らかに勘違いしてるっぽい。オズワルドくんに言わせれば、吸血鬼はデミ・ヒューマンで魔物とは違う区分のはずだ。
「僕は魔物ではないですよ?」
「ごめんなさい。貴女のことを見逃してはあげられないんですの……命令、だから……!」
……話聞かない人多くありません?
オズワルドくん、クロムさんと来て、目の前の狐娘。同じような流れが三度続いて若干呆れる僕の眼前で、彼女は人差し指で天を指差した。同時に、頬にぴりぴりとした気配のようなものを感じる。
「なるほど、これが魔力ですか」
この感覚を感じるのも、三度目だ。
ここまで明確な力を短い期間に繰り返し感じれば、さすがに解る。クロムさんの魔法とは段違いの魔力だ。明確に魔法が使われるのだと、予感ができた。
彼女の指先に集中した魔力が、赤い輝きとなる。
灯ったものは温かい、なんて生易しいものではなく。ここら一帯を焼き払うくらいなら簡単にやってのけるであろう、熱を持っていた。
「さっきのは半分程度の力ですわ。ここからは、本気で行かせていただきますの!」
「はあ、そうですか」
「狐火――鳳仙火!」
狐火、という言葉を聞いて「嗚呼、やっぱり狐なんだ」という感想を持った。
指先に灯った火炎の玉。大人の顔くらいの大きさのあるそれが、僕に向けて放たれる。
炎は僕に到達する前に細かくなって弾けた。文字通り、鳳仙花の種のように。
横殴りの雨のような炎の粒が、正面から飛んできた。
「わ、あつっ」
肌に刺さった炎は僕の耐性で大幅に威力を減退される。それでも多少のダメージは受けた。
揚げ物をしているときに跳ねた油が肌に落ちたような熱さを感じて、少し身を縮める。やっぱり、炎の魔法としてはかなり強力なものらしい。
「あつつ……もー、何するんですか」
「ええぇ!?」
「痕が残ったらどうするんですか。ひどいですよ」
「え、あ……ご、ごめんなさい、ですの?」
「はい、謝ったから許してあげます」
「あ、はい、どうもですの……って、なんでそうなりますの!?」
「悪いことをしたら謝るのはフツーでしょう?」
「そんなことわかって……ああもう! 尾獣分身、双葉!!」
彼女の二本の尻尾が波打つように動いた。次の瞬間には、片方の尻尾が彼女から分離した。
トカゲの尻尾のように分離した彼女の尻尾が、形を大きく変える。
まず膨れ上がったかと思うと、四肢が生えた。そのまま顔や服、首輪までも形作られ、数秒も経たないうちにもう一人の彼女が造り出される。
背格好も顔立ちも全く同じの二人だ。お互いに同じ長さの一本の尻尾を揺らし、こちらに向けて手を翳す。その動きは完全にシンクロしている。
「双子ちゃんになりましたね」
「「全力二倍、行かせていただきますわ!!」」
「気が済んだらやめてくださいね?」
「「二重鎌鼬!」」
景色が歪むほどの大気の捻れが発生した。周囲の炭を切り刻みながら、目視できるほど強烈な風の刃が僕に迫る。
風属性の耐性はないので、さすがにあれに当たると鞭で叩かれるくらいには痛いかも。痛いのは嫌だから、少し防御はしておこう。
「お願いします、風さん」
同じ姿の二人の少女と同じように手を翳して、言葉を作る。
僕が作り出した風は相手のもののように切断力はない。相手の風が言葉通りの鎌ならば、僕の風は突風という感じだ。
それでも同じ性質の風。飛来する刃は確かに僕の魔法の影響を受けて、こちらの身体に到達する頃には、
「ちょっとヒリヒリしますね」
肌に合わない洗顔料を使ったときのような鈍い痛みを生む程度だ。不愉快だけど、鳳仙火とやらが直撃したときほどの痛みはなかった。
二匹の狐はUFOでも見たようにポカーンと小さな口を開けている。異世界にUFOが飛んでくるのかどうかは知らないけど。
「「な、何故無傷なんですの……!?」」
「魔法耐性高いので。……満足しましたか?」
「「……魔物を狩ってこいと言われていますの」」
「僕は魔物ではないですよ?」
「「それだけの気配で、私の魔法を正面から受けて、平気な顔してる人間がいるわけありませんわよ!?」」
「いえ、人間ではないですが、魔物でもないので……」
「「……どういうこと、ですの?」」
「たぶん、貴女は獣人ですよね。貴女と同じデミ・ヒューマン。吸血鬼のアルジェント・ヴァンピールと言います。よろしくお願いしますね、首輪ノーパンさん」
「「首輪ノーパン!?」」
「ノーパン首輪の方が良かったですか?」
「「せめてノーパンから離れてくださいですの!?」」
いえ、だってそっちが風起こしたときにノーパンなの見えましたし。
まったく、人の話は聞かないのに自分の話は聞いてほしいなんて我が儘な子だなぁ。




