寄贈短編:転生吸血鬼さんとお話がしたい
目を開けると、そこには私の部屋が映し出される。そんな当たり前のことが当たり前でなくなった時、私は酷い悲しみに暮れた。逃げても、逃げても私の目を塞ぐ暗闇。ずっとこの恐怖を抱えて生きていくのだと思っていた。
だけどある日、私を覆う闇は突如として消え去った。
一人の少女の手が優しく目に触れた瞬間、私の目は再び光を取り戻した。
私にとって、彼女は天使のように思えたの。
これは私と、そんな気まぐれな天使の日常の話。
「ふ〜……今日も疲れました」
気だるそうに家の中へ帰ってくる一人の少女ーーアルジェ。私の目に光を取り戻してくれた恩人。
道で倒れていたところを助けたら、逆に助けられちゃったのよね。
今は私の家で居候しながら、その気まぐれにも程がある高レベルな回復魔法で、これまた気まぐれに人々の怪我を治したりしている。
まだ幼く見えるが、これでも回復魔法の技能レベルが10、つまりは完全習得ということなのだから腕前はかなりのものになる。
だから、アルジェの噂は瞬く間に広がった。色んなところから重病や大怪我を患った人達が彼女を訪れた。
中でも、小さな人魚の女の子を背負ったエルフの剣士が来た時はびっくりしたわ。
そんな遠方にまで噂が届いてるなんてね……。
エルフの剣士の金属製の鎧はズタズタに引き裂かれていたし何があったのだろう。人魚の女の子は初めて見たけど可愛かったわ。
まぁ、そんな話は置いといて。
アルジェは回復魔法だけでなく、他にも素晴らしい才能を持っている。
本当に、謎だらけの子だわ。
「おかえりなさい。お疲れ様」
私が一声かけると、ぼーっとした表情で、
「ありがとうございます。
じゃあ、おやすみなさい」
と、一声。
「えぇ!? ちょ、ちょっと待って!」
何の無駄な動作もなく布団に潜り込もうとするアルジェを引き止めた。
疲れて眠いのはわかるのだけれど、一度寝てしまったらいつ起きるかわからないのよ。……本当に。
この前なんて、涼しい顔で丸一日寝るのなんて普通みたいなこと言われたわ。はぁ……。
「ふぇ。なんですか、フェルノートさん」
「邪魔して悪かったけど、貴女ご飯とかお風呂とかくらい済ませてから寝なさいよ……」
これ言うの何回目よ、全くもう……。
「んん〜……わかりました〜……」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
私はすぐさま手に持っていたナイフで手を斬りつける。その後、斬られたところから流れ出る血をカップの中に注ぎ込んだ。
アルジェは吸血鬼、だから食事として「血」を求める。
恩人の為なら血を差し出すことなんて躊躇いもしないのだけれど、当の本人が物凄くびっくりするからなんだか変な気分になる。
別に些細な恩返し程度の行為で、何もおかしなことはしてないと思うのだけれど……。
「はい、どうぞ」
「いつもすみません……」
ごくごくっ、と食事をとってから「ぷは〜……」と一息つく。至福感に満たされた彼女の顔は愛らしくて本当に可愛い。
ナイフで切ったところをアルジェに治してもらった後、彼女は自身の魔法でササっと身体を洗った。
この魔法も、実はかなりの高レベルな物なのよね……。
「じゃあ、おやすみなさい。フェルノートさん」
「あっ……」
思わず声が漏れる。
アルジェは必要なことを終えると、大体いつもすぐに寝てしまう。
やるべきことはやったので、私にアルジェの睡眠を邪魔する必要はない。
だけど……。
久しぶりのお客。ずっと一人ぼっちの気持ちを抱えていた私の前に、実体として現れた大切な人。
もっとお話ししたいし、もっと彼女のことを知りたい。
なんて、ワガママよね……。
「あの……」
気付くと、布団に潜ろうとしていたはずのアルジェが私の袖を引っ張っていた。
驚いて思わずよろめいてしまった。
「ど、どうしたの? まだ血が欲しいの?」
「ちょ、ちょっと、それは大丈夫ですよ」
てててっ。
と、アルジェはベッドに近づいて布団をポンポンと撫で始める。
一体どうしたのだろう。
布団なら、今日洗濯したてたばかりだけど。
「一緒に寝ます?」
「ふぇっ……?」
突然な問いに、変な声が出てしまった。
思わず口を手で隠して、冷静さを取り戻す。
私が……? いいの?
いや、いいって何よ! 女の子同士が隣り合って寝ることの何処にやましいことがあるのよ!
それにしても驚きだった。いつも一人で呑気に寝てしまうアルジェが、一旦寝るのをとどまってそんな提案をしてくれるなんて……。
「ど、どうしたの急に?」
「いや……フェルノートさん、なんだか疲れてるみたいですし。たまには、ゆっくり二人で寝るのもいいかな〜と」
ふ、二人で……。
何故か顔が熱くなっていくのを感じる。
アルジェは眠そうな目を擦りながら尚も布団を撫で続け、私の返答を待ってくれている。
確かに疲れてはいるけど……。
でもアルジェ、ちゃんと私のこと気にかけてくれていたんだ。
ぼーっとしてるように見えて、本当はすごく優しいのよね。調子くるうわ本当に。
……だから、大切にしたいなって心から思ってしまうのかもね。
「アルジェがいいのなら……隣で寝ていい?」
「どうぞです」
いつも無表情な彼女が時折見せる柔らかな笑顔がまた、私の気持ちを揺らす。
本当に……可愛いんだから。
布団の中に入り、すぐそばにはアルジェがこっちを見ている。
いつもよりも心地が良く、本当に暖かい。
私もアルジェを見つめている。
彼女の可愛らしい姿が、ちゃんと見えている。こんな当たり前の幸せが、本当に愛おしく感じる。
そんなことを思えるのは、アルジェ。貴女のおかげよ。
「す〜……す〜……」
「寝ちゃってる……」
拍子抜けしたかのように肩を落とす。まぁ、いいわ。
突然こんなこと言ったら、真顔で「どうしたんですか?」なんて返されそうだし。
そっと口を彼女の耳に近づけ呟く。
「ありがとう。アルジェ……」
返事をするかのように「んっ……」とアルジェは声を漏らし、寝返りをうつ。
人の気も知らないで、気持ちよさそうに寝ちゃってるんだから。
「お休みなさい。いい夢を」