速さ自慢多くないですか?
「どうですか? もう、痛くありません?」
「あ、あの……すんません、耳が、聞こえなくて……」
「聞こえない……傷以外となると、呪いですか。はい、聞こえるようになーれっ」
「お……あ、ありがとうございます、アルジェ姐さん!」
オズワルドくんはフラフラしながらも、こちらに頭を下げてきた。
失った血液はすぐには戻らない。外傷を治す回復魔法がするのは「傷を塞ぎ、血液を生産する能力を一時的に高め、失った部位を再生させる」ことだからだ。
一、二分もあれば血液も増えるだろうけど、それまでは今のように少しフラつくことになる。
切り落とされた牛の耳も、少しずつ生えてきている最中だ。これなら完全回復までは五分ってところかな?
大ケガや大病、強い呪いを治すには数分の時間が必要だ。たとえ高レベルの回復魔法であっても。
因みに、血液や欠落した部位を作るためのエネルギーはこっちの魔力で賄っている。
軽く彼の身体に触れてみて、他に異常がないか確認。
手に血がつくけどそれはもう流れ出てしまったもので、新しい出血はない。うん、バッチリ治ってる。
……さて、向こうさんはどうしましょうか。
オズワルドくんと戦っていた――と言うより、彼を一方的に嬲っていた相手。
見た感じは少女……16歳、くらいかな。今の僕の見た目よりも、もう少しだけお姉ちゃんに見える。
彼女は僕が割って入ってきた瞬間に、攻撃を止めて距離を取った。それも結構な距離を。恐らくはこっちを警戒してのことだろう。
面倒くさいからいっそそのまま帰ってほしかったけど、そう言うわけにもいかなさそうだ。
僕としても、このまま森を出ていったらオズワルドくんが解体されて焼き肉になってしまうことを考えると、さすがに少し心が痛むし。
距離が離れていても感じられるくらい、相手の身体からはひどく濃い血の臭いがする。オズワルドくんの反り血だけじゃない。もっといろんな血だ。
なんとなくだけど、嗅いでいるうちに古い血の臭いの正体が解った。
……たくさん殺してる人の臭いです。
目の前の人は、たぶんそういう人だ。多くの生き物の血の香りが、こびりついて取れなくなっているのだろう。
密猟者じゃない。密猟者が雇った用心棒かなにかだ。
森の奥からまだ数人の分の人間の匂いを感じるから、間違いない。森の守り手を、まずは排除しにやって来たというところか。
相手は短めの黒髪を乱暴に混ぜながら、こちらを見た。琥珀色の瞳が僕を捉える。じろりと、値踏みするように。
「……速いなぁ」
「速い、ですか?」
「速いけど許されないなぁ。いきなり現れるなんてぇ……ちょっと、ほんのちょっと、見えなかったよぉ?」
「あのー……」
「この世にボクより速いヤツがいるわけないよねぇ!? 揺らげぇ!」
なるべく話し合いで済ませたかったのだけど、どうやら彼女は人と会話するのが苦手なタイプのようだ。
ゆらりと、一瞬だけ相手が震えた。いや、「ブレた」というのが正しいかも。
次の瞬間には、相手は僕の側面に現れた。
……確かに、速いですね。
言うだけはある。それが素直な感想だ。
ただ速いだけじゃない。相手は「虚像を作って動いている」。
相手の姿がブレた時点で、相手はもうその場を離れていた。ブレて見えるのは、たぶん何らかの魔法で自分の姿だけをその場に残しているのだろう。ホログラムみたいなものか。
やってることは結構簡単だ。虚像を作ったら一旦後ろにステップ。その後木々の合間を縫うように走って、こちらにやってきた。
先程までやっていたことも、すべて同じ。それだけの動きを、オズワルドくんが反応できないくらいの速度でやってのけたというだけ。
相手が残像に気を取られているうちに、無音かつ高速で動く。そういう戦術だ。
「流れろぉ!」
相手が構えたのは手刀。
手刀には明らかに「何か」がまとわりついていた。そこだけ空気の流れが明らかに違うのだ。
恐らくは風系の魔法。風を操って、見えない刃のようなものを作っているのだろう。
……速いことに拘るんですね。
だから何も持たない。武器すらも構えない。
荷物を、無駄な重みを極限まで減らして、最速で動くことを至上とする――そんなところか。
彼女の凹凸のない身体は速く動くのにすごく向いてそうだ。人のことは、あんまり言えないのだけど。
服装も、ひどく軽い。黒い布のような材質の服で、普段着にすら見える気軽なもの。
強いて荷物があるとすれば、両手首に填められている黒色の腕輪くらいかな。形はシンプルだけど、不思議な紋章じみた意匠が施されている。
そして、文字通りに刀の切れ味を持った手刀が、僕の首に迫った。
「……!?」
「痛いじゃないですか」
……ちょっと非力過ぎですけどね?
僕の対応は簡単なもの。首を狙って振るわれてきた手刀を、受け止めただけだ。
そのままホールドすれば、速度も何も関係ない。掴んでいる限り、相手は距離を取ったりはできないのだから。
「な、なんっ……でっ……!?」
「たぶん貴女の魔法だと僕の」
「ぶっ殺すぅ!」
「ほんとに話を聞かない人ですね」
貴女の魔法では僕の魔法耐性を突破できないと思いますって、ちゃんと教えようとしたのに。無視されてしまった。
僕がダメージを受けていないのは、魔法耐性が高いから彼女の風の魔法で傷付かなかった。それだけの話だ。
放たれてきた攻撃は、ただの小さな女の子のチョップになってしまった。
そんなことはつゆとも知らない、というか話を聞かないから「知れない」相手は、僕が手を掴んでいる方の腕、その手首にもう片方の手刀を懲りずに放ってくる。
「流れろよぉ!!」
大気さえ置き去りにしそうなほどの速度での攻撃。
当然それには、風の刃とも言うべき見えざる力が込められていた。恐らくは、呪いも込みの一撃だ。
「はい、残念でした」
「え、ええっ!? な、なぁにこれぇ!?」
もう片方の手で受け止める。これで完全に捕まえた。
呪い耐性も最大なので、彼女の攻撃は意味を作らない。僕の耐性は、低いレベルの魔法や呪いなら体に触れた瞬間に霧散させてしまうくらいのものなのだから。
相手はどうにかして抜け出ようともがく。その抵抗には腕の振りだけでなく蹴りや頭突きも含まれるけど、軽くさばいておしまい。
「な、にが、なにが起こって……!?」
「単純に貴方より速いだけです」
「ボクより……速いぃ!?」
「事実ですから」
確かに相手は速い。たぶんネグセオーさんよりもまだ速い。
……僕の方が速いんですけどね。
身体能力の「素早さ」。僕が極振りと決めたステータス。
これは単純な足の速さを示すものじゃない。手先や反射神経、動体視力など「速度」に関するすべての能力のことだ。
つまり高いほど、あらゆる行動や反応が素早くできる。相手への対応も含めて。
さすがに常時世界のすべてがスローで見えていたりはしないけど――意識を集中していれば、そんな感じにも見える。
常に周囲がゆっくりに見えていたらフェルノートさんの自傷も止められたけど、周りがずっとスローモーションだったら生きるのが大変そうだ。
今までの相手の行動はすべて見えていた。オズワルドくんと彼女の間に割って入る前から、なにもかも。
捕まえている状態で抵抗されても、遅すぎるから簡単に対応できる。
力だって僕の方が強いから、腕力に訴えられてもすぐに押さえ込めるし。
めんどくさいから暴れないでほしい。もう勝負ついてるんだから。集中するの疲れる。早く止めて寝たい。
「ブラッドアームズ。『縄』」
「ひぃっ……!?」
「縛っちゃってください」
さっきオズワルドくんの怪我の有無を確かめたとき、手のひらにつけておいた彼の血を言葉通りのものに変える。
血で作られて編み込まれた糸の束が、ゆっくりと彼女を拘束する。
当然抵抗されるけど、そのすべてを抑え込んで全身をぐるぐる巻きにしていった。オズワルドくんにしたように、丹念に巻いてしまう。
そのあとも縄の操作を継続して、手近な木の高い位置にある枝に縄を飛ばす。
あとは引っ張り上げるだけで、人間の吊るしものが完成っと。
「く、クソッ! 降ろせぇ! 降ろせよぉ!!」
「はい、捕まえましたよ。えーと……つるぺたチョップさん」
「誰がつるぺたチョップだってぇ!?」
「……ぺたんこチョップ?」
「クソがぁ!!」
うーん、口が悪いから「罵倒ぺたんこ」とかでも言いかな? まあどっちでも良いけど。
寧ろこの子何言っても怒りそうだから何でも良いや。ふふ、面白い。
「何ニヤニヤしてんだぁ! さっさと降ろせぇ!!」
……人間の匂いが離れていきますね。
遠くから、何らかの方法でこっちの様子を伺っていたのだろう。やっぱりこっちの子は護衛というか、掃除屋という感じか。
「アルジェ姐さん、大丈夫か!?」
「ええ、全然平気ですよ。それよりあっちの方に密猟者さんまだいるみたいですけど?」
「……! 俺様が行ってきまっす!!」
微妙に素が混じったテンションで、オズワルドくんが走っていった。森の鳥たちとも連携しているらしいし、罠もある。あとは任せても大丈夫でしょ。
「無視すんなぁ! 降ろせったらぁ!!」
さて、つるぺた悪口さん……悪口つるぺたさんだっけ? あっちのことはどうしようかな。
とりあえずもう少しだけ目線を外して、気づいてないフリしておこっと。




