表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/283

森の守護者

「ブモォォォォ!!」


 横凪ぎに振るった斧は虚しく空を薙いだ。完全に捉えたと思ったが、当たらなかった。

 むしろ傷付いたのはこっちの腕だ。傷は浅いが確かに血が流れて、大地を汚す。


 ……どういうことっすか!?


 理解ができなくても、武器を振り続けるしかない。戦闘は継続しているのだ。

 しかし幾ら試みても俺の攻撃は当たらない。相手の「見えない攻撃」だけが、少しずつ俺の身体を切り刻んでゆく。


「遅いなぁ……遅いやつに生きる価値はないよぉ ?」

「っ……!?」


 耳元で、ひどく楽しげな声がした。乗っている。俺の肩に。いつの間に。

 背筋を指先で撫でるようなゾッとした感覚に、俺は素直に従った。斧を手放して顔横に裏拳をぶちこんだのだ。

 即座の動き、それも武器を捨ててまで得た速度だ。対応は――


「――流れろぉ」


 あっさりと、対応された。

 避けられた。通じなかった。

 それだけじゃない。片側の耳の感覚が、聴覚ごと失せている。感じるのは鋭い痛みだけだ。

 相手は俺から一瞬で離れ、まるで木の葉でもつまむように俺の右耳を見せびらかしてきた。


「ぐ、くっ……!」

「あっはぁ~♪ そんなにノロマで生きてて楽しいのぉ? ボクが牛さんみたいにノロマだったら、つまらなすぎて死んじゃうかもぉ! キャハハハァ!」

「舐めるなよ……この密猟者がぁ!!」


 もがれた耳のことを考えている暇はない。

 武器は拾わなかった。斧を振っていたのでは遅いと思ったからだ。


 ……くっそ、今日は翻弄されてばかりっすね!


 アルジェ姐さんにも今目の前にいる密猟者にも、触れることすらできていない。

 どっちもひどく細身で、当てられれば一撃で倒せそうだ。だが、その一撃がどうしても入れられない。

 アルジェ姐さんはとにかく速かった。しかしこいつは――まるで幽霊だ。


「揺らいで、流れろぉ」


 攻撃を当てたと思っても、煙のように揺らぐだけ。そして次の瞬間には――


「ぐうっ!?」


 ――俺の方が傷付いている。

 理解不能の一撃。額を浅く割られた。流れ出た血で右の視界が塞がる。

 回避方法もそうだが、攻撃の正体も解らない。肉を薄く、しかし鋭く裂かれていることを考えれば斬撃だが、相手は見たところ無手なのだ。


「ヌゥゥ……ブモォッ!!」


 見えないが、攻撃されたのならまだ近くにいるはずだと考え、全周囲への回し蹴りを放った。

 足先は(ひづめ)、足そのものは筋肉の塊だ。自己評価だが、当たれば決して無事では済まない。


「当たれば凄いよねぇ。当たればぁ……流れろぉ!」


 その言葉を最後に、もう片方の聴力も切り取られた。


「――――――!!」


 もはや自分の苦悶の声さえも聞こえない。

 恐らくはただ切り取ったのではなく、何らかの呪いも含んだ攻撃だ。痛みに鈍感なミノタウロスの肉体にも確かに響く上、切り取られただけで鼓膜までも抜かれているのだから。


「――――」


 相手が何やら言っているが、当然聞こえない。

 底意地の悪い笑みだ。こちらが聞こえないことを解っていて言葉を作っているのだろう。笑いながら俺のもう片方の耳を、ゴミのように捨てた。


 怒りはない。ただ、焦りはある。

 俺が死んだら、あの密猟者に森のすべてが奪われてしまう。

 森の恵みも、それを受けるべきものたちも。


「――――――!!!!」


 させるものかよ、という言葉は聴覚には響かなかった。それでも己を鼓舞するための言葉を作り、駆ける。

 自分の動きが早いとは思わない。相手の戦い方の正体も解らなければ、どうすれば通用するのかも思い付かない。

 相手は明らかにこちらで遊んでいる。その気になれば簡単に俺のことを殺せるはずなのに、いたぶっている。それくらいの実力差があるんだ。


 ……それでも、退くわけにはいかないんっすよ!


 俺の後ろには大切なものがある。じっちゃんの代から守り続けていた森が。

 子供の頃からずっと何時かは自分が守るのだと、そう決めていた場所が。

 俺の家。守るべき場所。愛すべき仲間のいるところ。

 小鳥と獣の声、風の音、水の流れ、暖かな木漏れ日、魔物たちの営み。

 ひとつとして汚させはしない。荒らさせはしない。

 ここは俺たちの場所だ。俺たちが生きてきた世界だ。


 俺以外のミノタウロスは身体はデカいが殆どが温厚で、戦いには向いていない。コボルトやゴブリンも、臆病な気質だ。

 まともに戦えるのは俺だけなんだ。俺が守らなきゃ、いけないんだ。


「――――」


 相手の笑みが揺らぐ。まただ。また、不可視の攻撃が来る。


「――――!?」


 斬られる前に、半分の視界の中に唐突に銀色が現れた。

 どこからやって来たのか。いや、いつの間にやって来たのか。その人は銀の髪を靡かせて、俺の方に目を向けた。


「――――」


 彼女の小さな唇が動いた。

 声は聞こえない。それでも俺は、その人がなんと言ったか解った。見たことが、聞いたことがあったからだ。

 それは今日、はじめて聞いた言葉。

 小鳥が囀ずるよりも優しく響く、歌声のような言葉。

 聞こえなくても、確かに思い出せる言葉。


 痛いの痛いの、とんでいけ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ