久遠の世界の果てで
「……綺麗」
手の中にある輝きを眺めて、私は素直な感想を口にする。
紅の色彩を宿した宝石は、まるでこの世のものでは無いかのように美しかった。
冷たい手触りを確かめる度に、口元が緩むのを止められない自分がいる。
「ふふ、銀士さんがなにかをプレゼントしてくれるなんて、初めてですね」
逢いに来てくれた彼は、きっともう会えないだろうと言っていた。
つまりこの宝石は最初で最後の、彼からのプレゼントだ。
「……本当に、銀士さんは玖音で生きるべきではなかったんでしょうね」
あの人は玖音の家人たちのように冷たくはなく、だけど自分のことにはひどく無頓着だった。
面倒くさいと言いながら妙に律儀で凝り性で、放っておけない人。
いつか青葉さんが言っていたように、本当に彼はここではないどこかで生きるべきだったのだろう。
「……不思議な人でした」
私は玖音の家で、用済みとされたものをお世話する専属の使用人として雇われている。
今までに何度も不要とされて、玖音だったものたちは壊れていった。だけど彼は、銀士さんだけは違った。
不要であるという事実をあっさりと受け入れて、諦めではなくのんびりとした時間だと言ってしまえるだけの精神。
それは心が強いというよりは、なにか決定的な部分がズレているとさえ、私は感じていた。
「そんな人に、私は救われていたんですね」
度々連れてこられては、壊れていく『玖音だった』ものたち。
罵詈雑言を浴びせられるのも、死体を片付けるのも、もはや手馴れたものだった。
いつしか私はそれを義務としか感じなくなっていた。脱落した彼らを、他の玖音の人間と同じように、物のように見ていたのだ。
私もまた、道具のように扱われる人間を見ることに疲れて、慣れてしまっていたから。
「……人間なんです」
玖音の家がそうだと認めなくても、彼らがどれほど絶望しても、いや、絶望するほどの心の持ち主だからこそ。
彼らは間違いなく人間で、できるならば少しでも安らかに生きて欲しいと、今では迷いなくそう思える。
あの地下牢の中にあってなお、この家の誰よりも人間らしく生きていた人がいたから。
面倒臭がりで、眠ってばかりで、だけど、どこか憎めなくて放っておけない、私が心からお仕えした主と呼べる人。
「それにしても銀士さん……なんだか、随分と大人っぽくなってましたね」
久しぶりに会った彼は、私が覚えている通りの眠たげな顔で、だけど私が知っていたものよりもずっと優しくて、柔らかな瞳をしていた。
どこかズレているように感じていた雰囲気はなくなり、一回り大きくなったようにも思えた。
きっと今頃、青葉さんや新しい友人たちと一緒に、どこかの空の下で元気にしているのだろう。
その成長をこの目で見ることができなかったのは残念だけど、彼は私に会いに来てくれた。それだけで、十二分だ。
「忘れません。生きている限り……ううん、きっと、生まれ変わったとしても」
玖音 銀士という人がいて、私にとって大切であったことを、私はずっと覚えている。
貰った宝石を、大事な思い出として、私はそっと机の中へとしまいこんだ。
「……どうか、お元気で」
届かないと分かっていても、言葉を紡ぐ。
いつか会えるなんて期待はしない。けれど、いつまでだって忘れない。
私にとって、銀士さんは大切な人だ。その事実と、思い出があれば、私はこの世界でも自分を偽らずに生きていけるから。
もう、後悔や絶望に囚われることは無い。




