苦手なタイプ
結論から言えば、戦闘は十秒くらいで終わった。
相手が振り下ろしてきた斧を僕はまず、横っ飛びで回避。
攻撃で巻き上げられた土を置き去りに、そのまま相手の周囲をぐるぐると回った。
「ヌ、早い……!?」
「ブラッドアームズ。『鎖』」
殴ったり蹴ったりしても大して効果は無さそうだったから、自分の血液を武器として使った。風魔法も、あの筋肉では耐えられるかもしれなかったし。
自分の指に八重歯で軽く穴を開けるくらい、吸血鬼の身ならお手の物だ。ちくりとした感触とともに溢れた血液を、長い鎖へと変じさせた。
思い出したのはテリア盗賊団の構成員、鎖ガマのチワワちゃん。僕には彼のような技術はないので、作り出した鎖をただ巻き付けた。
腕や足ごと、身体全体に満遍なく。速度任せに周囲を回りつつ巻き付けて、拘束したのだ。
「ブモォ!?」
「はい、鎖さん。きゅっとしてください」
「ブモアアアアア!?」
作り出した武器は、ある程度なら手を触れなくても自由に動かせる。その能力で、鎖を締めた。
ブラッドアームズの操作は決して早くはないけど、力は結構強い。あっという間に牛肉巻きの出来上がりだ。いや、これは肉で巻いてるのではなくて肉が巻かれてるわけだから、ちょっと違うか。
こうして、あっけなく勝負はついたのだった。
「クッ……人間めっ! この森は渡さんぞ!!」
鎖でぐるぐるに巻かれたまま、牛のちっちゃな瞳がこっちを睨んでくる。
僕の中では勝負ありだけど、相手はまだまだ折れていないらしかった。うん、これは完全に勘違いされてる。
……もー。めんどくさい牛さんですねー。牛だけに、もー。
でも勘違いされたままの方がめんどくさいから、説明はしておかないと。
「ええとですね。まず第一に、僕は人間じゃないです。吸血鬼です。ほら、牙と耳、よく見てください」
「ヌ……だが、まだ朝だぞ……」
「朝でも昼でも大丈夫なんです。日照耐性ありますから。もうひとつ。僕はここでお昼寝をしてただけで、森が欲しいなんて思ってませんよ」
「……本当か? 密猟者ではないのか?」
「お金に困ってませんし。密猟する意味ないです」
証拠として、アルレシャで稼いだお金のほんの一部を取り出して積み上げた。
「…………」
「…………」
「……あの」
「はい?」
「マジ、すいませんっした……」
「……口調変わってません?」
「すんません、密猟者ビビらせんのにちょっと、あの、イキッてました。マジですんませんっした……許してほしいっす……」
急に雰囲気が変わってペコペコ謝りだした。声も低い、威嚇するようなものから少年のような高い声に変わっている。
正直ちょっと似合わないけど、かわいい声だった。密猟者とか言ってたし、彼は魔物は魔物でも、この森の平和を守っていた……という感じなのかな。
立場があると大変だよね。僕はそういうの絶対いらないや。
とりあえず誤解が解けたので、お金を回収してからブラッドアームズを解除する。鎖は赤い煙になって、消滅した。
武器に変えてしまった血液は戻ってこない。解除した場合、こうして消滅してしまうのだ。
「あとは指を……痛いの痛いのとんでいけっと。……それじゃ、改めて。吸血鬼のアルジェント・ヴァンピールです。アルジェで結構ですよ」
「ミノタウロスのオズワルドっす。森の守護者やってます」
「キンタロス?」
「ミノタウロスっす! 姐さん、宜しくおなしゃっす!!」
「いえ、姐さんはちょっと」
「じゃあアルジェ姐さん!!」
「あー……好きにしてください」
面倒だから好きにさせておくことにした。魂は男だからちょっと違和感あるけど、身体的には女性だから間違ってはいないし。
改めて、鎖が外れたオズワルドくんを見てみる。
大きかった。黒光りしてた。そして臭かった。
「ちょっとごめんなさい」
「はい?」
「綺麗になーれっ」
正直話してて辛かったので、綺麗にさせてもらった。
汚れを消し去る回復魔法が、一瞬で彼の身体から不潔を落とす。漂っていた臭いは森の爽やかな風に巻かれて、すぐに消えた。ハエもそこかしこに飛んでいく。
まだ少し牛臭いけど、綺麗にはなっているのでこれはもう本人の体臭だろう。我慢することにした。
「もう少し、身だしなみに気を使った方が良いですよ」
失礼かもとは思ったけど、一応注意はしておく。
サマカーさんほどとは言わないけど、もう少し気を付けていてほしい。鼻呼吸ができないのは苦痛だから。
さっきまでの悪臭とも言えるような臭いは、彼がきちんと身綺麗にしていないからだ。体臭は本人でどうしようもない部分があるので仕方がないけど、ここは言っても良いだろう。
オズワルドくんは暫く口をポカーンと開けていた。それから感極まったような様子で、
「……パネェ……アルジェ姐さん、あんた何者なんすか……今の、ユニコーンが使うようなレベルのハンパねぇ魔法っすよね!?」
「ただの通りすがりの吸血鬼ですよ」
「こんな優しい人に襲いかかったなんて、俺……俺……アルジェ姐さん、マジすんません! 俺にできることあったらなんでも言ってくださいっす!」
じゃあ養って、と言おうかと思ったけど、オズワルドくんはミノタウロス。二足歩行の牛みたいな生き物だ。
経済力とか無さそうだし、森を守るために密猟者と戦っている。つまり忙しい上に死亡する可能性が高い。
おまけに体臭が僕の苦手な感じだ。とても優良とは言えない物件だった。
二メートルくらいある身体を小さく縮めてペコペコするオズワルドくんはなんだかちょっとかわいかったけれど、養われたいとは思えない。残念。
……精神的には男ですしね。
一応ノーマルのつもりだ。出来れば女の人が良い。相手が相当に優良なら男の人でも考えるけど。
さておき、オズワルドくんはお詫びをしてくれるようだけどどうしよう。
やっぱりここは血を貰うのが良いのかな。
見たところ牛っぽいから血は通っているだろう。まだ吸血衝動は出ていないけど、補給しておくのも悪くないかも。
血に飢えていない今、一番良いお願いは国境まで連れていってもらうことだけど、森の守護者だから森からは出られないだろうし……あのムキムキの身体の肩とかに乗せてって貰えたら楽そうなんだけどなぁ……。
……あ、そっか。乗り物だ。
「じゃあ、ひとつ頼んで良いですか?」
「なんでも言ってくださいっす!」
「この辺りに、馬とかっています?」
そう。
歩きたくないなら、歩いてもらえば良いのだ。
ゼノくんの馬車に乗せていってもらったときのように。
鞍が無くても馬には乗れる。なんなら近くの町で調達しても良いし。
この森で、馬を調達していこう。僕が寝てても走ってくれるような子を。




