戦後の騒がしものたち
「はい、ケーキの用意ができましたよー!」
「おおう、これが噂の……!」
サツキさんがサーブしてきたケーキを見て、シオンは目を輝かせた。
帝国が滅び、反乱軍というものが必要なくなってから暫く。英雄と呼ばれた私も晴れてお役御免となり、シオンを連れて里帰りすることにした。
そしてシオンとの約束通り、喫茶店『メイ』のケーキを味わうために、こうして足を運んだというわけだ
「いやぁ、ギンカちゃんが久しぶりに来て、しかもお嫁さんまで連れてくるって言うんだから、サツキちゃん張り切っちゃいましたよ! 今日はもう貸し切りです!」
「ありがとうございます、サツキさん」
「いーえいーえ、ギンカちゃんのところはおじいちゃんのおじいちゃん、そのまたおじいちゃんくらいから贔屓にしてくれていますから!」
たまに思うのだけど、本当にこの人は何歳なのだろうか。
何度聞いてみてもはぐらかされてしまうので、永遠の謎だ。
「へぇ、これがギンカの行きつけかぁ。いい雰囲気だなぁ」
「堂々と外を歩けるようになって、どうだ、クロム?」
「ふん。堂々、とまではいかないけどなぁ」
反乱軍の戦力の中核であったということで、クロムが過去に行っていた非合法な傭兵家業についてはお咎め無しとなった。
破格の扱いだが、あの戦いにはそれだけの価値があったし、私の方でもいろいろとツテを頼って働きかけた結果だ。戦友が日陰者でなくなるのは嬉しい。
もちろんそれで過去に買った怨みが無くなる訳ではなく、相変わらず戦いは絶えないようだが、それでも幾分か彼女も落ち着いたようだ。
「ランツ・クネヒト協会に登録したから、一応これからはボクも正規の傭兵ってことになったわけだけどぉ……」
「あの呪い風のクロムが、丸くなったものだな」
「ふん。どこかの屋根の下で生きるのも、悪くないかなって思っただけさぁ。反乱軍で一緒に戦ったやつも、何人か傭兵になったしなぁ」
新しい職場と、新しい仲間を得て、なんだかんだで彼女は楽しくやっているようだ。
甘い匂いに誘われるようにケーキを口に運ぶと、懐かしいと感じられる味がした。
「ギンカちゃんは相変わらずチーズケーキが好きなんですねえ。そういえば、アルジェちゃんも気に入ってましたか。また来てくれるといいんですけど」
「はじめて食べてから、サツキさんのチーズケーキはずっと好きです。また食べにこられて良かった。……あの子も、またきっと来ると言っていましたよ」
「わ、すごい! これ、とっても甘くて美味しいです!」
「ふふ。お嫁さんにも好評なようで、良かったです」
隣に座るシオンも、はじめてのケーキに目を輝かせて喜んでいる。
長い戦いの日々が終わり、愛する人とのんびりとした生活の中で、友と語り合う。
思い描いていた生活が、確かにここにあった。
「ほい、コーヒーお待ち。そっちのお嬢さんふたりはココアな」
「シノさん、ありがとうございます」
「おう。ゆっくりしていけよ。どうせもう夜だし、泊まってってもいいぜ」
相変わらず、姉御と言うよりは兄貴肌な雰囲気のシノさんが、軽い調子で手を上げた。
「わふー! サンドイッチ持ってきたんだよー!」
「サツキも座ったら? 今日はもうお休みなんだから」
「お疲れ様ですぅ、お姉様ぁ」
「……なんか賑やかそうなのが沢山出てきたなぁ」
「ああ。みんな私の古い知り合いだ」
喫茶店『メイ』の従業員。クロさんにアイリスさん、そしてフミツキさん。
幼少の頃から通う行きつけの店。その店員たちは相変わらずで、日常に帰ってきたと強く思わせてくれる。
「いやはや、本当に。英雄なんて必要ないのが一番だな」
「美味しいケーキと美味しいお茶があれば、戦争なんて起きない世の中だったらいいんですけどね」
「わふー、サツキちゃんそれいい! 今度、そういう国にしてもらうようにクロがアキサメさんに頼んでくるね!」
「ふふ、間違いなく軽く流されますね。王国語で言うとスルー……!」
懐かしいやり取りを聞きながら、私は気兼ねなく、背中を椅子へと預ける。
隣には愛しい人がいて、周囲には優しい仲間たち。
「ふふ。ギンカさんの知り合いって、面白い人が多いんですね?」
「ああ、自慢の友人たちだ。あの、ところでサツキさん。ひとつ、頼みたいことがあるんですが……」
「あら、なんでしょう。うちに出来ることならなんでも聞いちゃいますよ?」
「ええと、実は……」
兼ねてより考えていたことを、私はサツキさんに相談する。
きっとこれからも続く幸せのために。




