大切なものを握って
「……何故だっ!?」
クロガネさんの声で、僕は覚醒した。
……戻ってきたんですね。
神子さんに挨拶くらいしたかったのだけど、不要ということだろう。
周囲の景色は計器とケーブル、鉄板で、『鉄巨人』の内部に戻ってきたのだとひと目で分かる。
「どうして、自爆装置が作動しない!?」
「……神の奇跡ってやつじゃないですか?」
「そんな、そんな都合のいい、陳腐な言葉がっ……!!」
彼の言うとおり、ご都合主義な展開だ。
それこそ、神の権能でも働いたとしか思えないほどに。
……本当に、僕は助けられてばっかりだ。
多くの人や物、最後には神の使いにまで助けられて、僕はようやくこうして立っていられている。だから、最後くらいは頑張ってみよう。
いつも通りにさっさと終わらせて、なにも気兼ねせずにお昼寝をするために。
「ふっ……!」
速度に任せて、僕は行った。
邪魔っけな操作パネルを、『夢の睡憐』の閃きが細切れにする。
もはやお互いを隔てるものはなにもなく、至近距離で僕たちは相対した。
「くっ……」
「これでもう、最後の手段もおしまいです」
「……殺せ」
「あなたのことをどうするかは、もっと偉い人が決めますよ」
きっと、無罪というわけにはいかないだろう。
それでも僕は、刃を下ろして手を伸ばすことをためらわなかった。
「僕の友達は、ひとりになろうとする僕に手を伸ばしてくれました」
「……それが、なんだというんだ」
「……あなたの大事な人はここにいないから、僕が代わりになるというだけの話です。よいしょっと」
「うわっ!?」
吸血鬼の膂力に任せて、僕はクロガネさんを抱き上げた。
「ちょ、何だこの格好!? 妙に屈辱的だ、降ろせ!」
「暴れると危ないですよ」
踏み込みに一息。加速は一瞬。
視界は高速となり、景色を置いていく。
操作パネルを壊してしまったことが悪かったのか、あるいは自爆しなかっただけで自壊することはうまくいったのか、『鉄巨人』の内部が崩れ始めている。
降ってくる機械部品を躱しながら、僕は走った。
「くっ……そ! この、ふざけるな! こんな、こんな終わり方があってたまるか! まだ、僕は……なにも成していないじゃないか!」
「だったら、なにかを成すまで生きていればいいでしょう!」
「はぁ……!?」
「どれだけ失敗しても、それが無くならなくて、後悔として残って、取り戻せなくても……まだ、あなたは息をしているんだから!」
「っ……この、分かった口を……」
「分かりません。あなたのことなんて知りません。分かってくれるとも、思ってません。でも……もうこれ以上、誰も傷つく必要は無いはずです!!」
分かり合えることは、きっとないと思う。
だからこれはどこまでもぶつかり合いで、喧嘩のようなものだ。
死にたいと駄々をこねる人を、死なせないというワガママで引きずっていくと、それだけの話。
「……見えた!」
『鉄巨人』の胸部装甲。僕が切り開いた穴が、ようやく見えてきた。
突入してからずっと待っていたのか、青葉さんがこちらへと手を伸ばして、
「アルジェさん、早くこっちに! 崩れますよ!」
「っ……舌噛むから、静かにしてくださいね!」
クロガネさんをしっかりと抱き直して、僕はさらに加速を踏んだ。
青葉さんがツタで、侵入口が潰れないように支えてくれている。
……本当に、最後まで誰かに助けられるなぁ。
心の中に湧いた気持ちは、笑顔として表情に出た。
「アルジェさん!」
「クズハちゃん、お願いします!!」
友達に頼ることを、もう悪いことだとは思わない。
青葉さんとクズハちゃんに掴まれて、僕は『鉄巨人』の内部を抜けた。
「ふう……クズハちゃんも、来てくれたんですね」
「ええ、崩れそうな感じがしましたから、心配で青葉さんのツタをよじ登ってきましたわ!」
「アルジェさんもクズハちゃんも、無茶苦茶をするところは友達同士でそっくりですね……」
「ええ、だって私たち、仲良しですもの」
「ふふ。そうですね。それじゃ、仲良く帰りましょうか」
崩れ落ちていく鉄の巨人に別れを告げることなく、僕たちはその場から離れる。青葉さんが登るために張り巡らせたツタを、滑るようにして地面へと向かう。
悲鳴のような音を立てて、巨体がみるみる分解されていく。
コントロールを失ったためか、地上の機械兵士達もすべて、機能を停止しているようだった。
「アルジェさん、その荷物持ちますよ」
「荷物!?」
「あ、ありがとうございます、青葉さん」
促されたので、クロガネさんを青葉さんのツタへと預ける。
一応警戒しているのか、青葉さんはクロガネさんを入念にツタで巻いて運び始めた。
「……あ、アルジェさん、あそこ。みんな、手を振ってますわ」
「みんな無事みたいですね。あとは帰って、美味しいご飯でも食べましょうか」
「そうですね、でもまずはゆっくり、お風呂に入りたいですわ……」
ツタに巻かれた状態のクロガネさんに視線を送ると、彼はどこかやりづらそうな顔で、
「……本当に、そんなノリで君たちはここまで来たんだな」
「ええ。本当にそんなノリで。だって……僕にとっては、それで充分でしたから」
未熟であっても、思慮深くなくても。
自分ひとりでなにもできなくても、間違いばかりでも。
支えてくれる人がいて、傍に居てくれる人がいて、たとえ遠くても想ってくれる人がいる。
そんな大切な幸せに、気づかせてくれた人がいる。
「どれだけバカと言われても、これが僕の……誇ってもいいと思える、大切な友達です」
「……話の通じないバカに勝負を挑んだ、僕の負けか」
全身の力を抜き、クロガネさんは悟ったように瞳を閉じる。
ようやく、負けを認めてくれたようだ。
「……これで、やっと終わりですね」
きっとこれから、戦後処理としてのあれこれや、残党として残った帝国の戦力をどうするのかとか、いろいろな厄介事が残っているのだろうけど。
それでも、これで玖音が加担した戦争は終わりだ。
風が流れてきて、焼けた臭いを運んでくる。
爪痕は深く、傷は治っても心の傷はそう簡単ではないし、きっとここまでに失われたものも多いはずだけど。
「……それでも、僕たちは生きているから」
生まれ変わったこの世界で、僕はこれからも生きていく。
玖音 銀士ではなく、けれど、そうだったことを忘れることなく。
アルジェント・ヴァンピールとして、大切な人たちと一緒に。
「はあ、疲れた。のんびりお昼寝がしたいですね」
いつものように欠伸をして、僕は隣のクズハちゃんと手を繋いだ。
大事な人たちが手を振って、待っていてくれる。そのことを、大事に想いながら。
「……幸いです」
胸の内にある言葉を、僕はもう一度口にした。




