ここではないどこかで
「……白い、部屋ですね」
目を開けて、はじめて漏れた感想はそれだった。
周囲にはなにもなく、ただ真っ白な世界。どこに壁があり、どこに天井があるのかも定かではない空間。
明確に存在するものといえば、自分が眠っていたベッドだけだ。
「ここって……転生ルーム?」
「久しぶりじゃの、アルジェント」
「……ロリジジイさん」
「名前教えたじゃろうが、ちゃんと呼ばんか」
聞こえてくる声は、僕をこの世界に転生させてくれた神の使いのものだった。確か名前は――
「――神子さん。なんで僕はここに? もしかしてまた死にました?」
「心配せずとも、死んでおらん。神の権限を使って、この空間にお前を引きずり込んだだけじゃよ」
「……どうして、そんなことを?」
確かさっきまで、『鉄巨人』の中で、クロガネさんと対峙していたはずだ。
それに対して横槍を入れてまで、僕をこの空間に招いた理由は、なんだろうか。
「本来なら、神々は世界に対して不干渉じゃ。じゃが……先日、クロガネ・クオンが起こしたイレギュラーな転移を受けて、特例として私にいくつかの権限が与えられたのじゃよ」
「権限、ですか?」
「うむ。そのうちのひとつは、今使ってしまったが……残りふたつを、ここで使おうと思うてな」
「ええと、今は結構忙しいんですが……」
「うむ。見ておったから、知っておるとも」
こちらの言葉に頷く気配があったと同時に、ロリジジイこと神子さんが僕の目の前に現れる。
相変わらずこの空間はなんでもありのようで、神子さんが空中に手を伸ばすと、それだけでベッドが消えてしまう。
「ひゃんっ」
突然自分が座っていたものが消えたことで、僕は軽くお尻を打ち付けてしまった。
「心配せずとも、与えられた権限のうちのひとつでバカモノの自爆はなんとかしてやろう」
「ええと、ありがとうございます……でも、いいんですか? その……クロガネさんがいなくなった方が、神様には都合がいいのでは……」
神子さんが上司こと神々から与えられた権限というのはつまり、神々の世界に足を踏み入れられる可能性のある兵器を作っているクロガネさんをなんとかするために、渡されたもののはずだ。
今ここで彼の自爆を阻止してしまったら、神々の意図とは逆になってしまうと思うのだけど。
「……ここまで見ていて、私が下した判断じゃ。神々(じょうし)も説得してあるから、安心せい」
「……よく分かりませんけど、神子さんがそう言うなら」
この人は公平で嘘がつけない、つまりはいい人だ。
たぶん転生担当として仕事をしているのも、人が良すぎるからとかそんな感じなのだろう。
その神子さんの言うことなら、信じてもいいと思えた。
「でも、それならもうひとつの権限とやらはどうするつもりなんです? 聞いた感じだと、回数制限で神様の奇跡を使えるチケットみたいなもののようですけど」
「うむ。それは……こうするのじゃ」
ぱちんと指を鳴らす音がした瞬間、世界が一変した。
それまで色の無かった世界に、急激に無数の色彩が現れる。
構築されるのは景色で、それは僕にとっては見慣れた、しかし遠いものだった。
「これ、は……」
「お主にとっては、懐かしいであろう」
懐かしい、なんてものでは無い。
それはもう、僕の記憶からとうに色褪せてしまった景色だ。
なにもかもを覚えていて、だけどもはや手を伸ばすことが出来なくなった世界。
目に映るものも、風の匂いも、思い出から現実へと戻っていく。
「玖音の……本家……」
実家と呼べる場所の目の前に、僕は立っていた。
「では、行くとするかの」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでこんな……というか、どうするんです!?」
「心配せずとも、今のお主の姿は誰にも見えておらんよ。そしてこれから会うものには、玖音 銀士の姿で見えるじゃろう」
「会うって、誰に――」
「――水城 流子」
聞こえてきた名前に、心臓が跳ねるのを感じた。




