祈りの空よりきたりて
戦況は、逆転しつつあった。
無限に生み出される相手の兵力に、こちらの戦力が追いついたのだ。
電撃作戦用の少人数ではなく、砲撃のできる船という増援がきた以上、もはやロボットたちが生み出されるよりも砕かれる方が早い。
それでも最前線であるここは、分厚い鉄の壁と攻撃による妨害があった。
「くっ……!」
例え、護衛の兵士を全滅させても頭を抑えなくては意味が無い。
そしてそれはなるべく早く、こちらに戦死者が出ないうちに達成したい。
「アルジェさん、後ろですわ!」
「すみません、クズハちゃん!」
全方向からの攻撃ではさすがに対応も難しいけれど、クズハちゃんとブシハちゃんのお陰でなんとかなっている。
お互いに疲労しているけれど、増援が来てくれたお陰で気分は前向きだ。
「たぶん、ゼノさんがやってくれたのですわね」
「ええ。本当に……僕がなにも言わなくても、みんな好き勝手に支えに来て。ありがたいばっかりです」
「では、それを言いに行かなくてはいけませんわね」
「はい。だから……ここを切り抜けます!」
言葉と共に、また一機を鉄くずに変える。
無数に叩き込まれてくる攻撃を躱し、前へ。
「大きすぎて、近寄っている感じがしませんわね……!」
「それでも、もう少しのはずです!」
これだけ進んでいるのだ。あともう少しで辿り着くはずだ。
戦闘音を置き去りにするように、僕たちは更に前進する。
「アルジェさん! 前ですわ!」
「っ……クズハちゃん、後ろ!!」
「あっ……!?」
こちらのことを気にしすぎていたのか、クズハちゃんが背後を取られた。
「くっ……!!」
振り上げられている刃は分厚く、あんなもので潰されたらばらばらになってしまう。
彼女の盾になるために、僕は反射的にクズハちゃんをかばった。
吸血鬼の頑丈さなら、ぎりぎりなんとかなるかもしれない。いや、耐えてみせる。
「アルジェさ――」
「――お姉ちゃんを、いじめるなぁぁぁぁぁ!!」
「へっ!?」
刃が振り下ろされる瞬間、飛来したなにかがロボットに直撃した。
ぐしゃ、と鉄らしくない音を立てて、機械兵は完全に潰れてしまう。
「いたたた……いやぁ、大丈夫だとは思ったけど、結構腰に来るなぁ、これ……砲撃で飛ぶのは今後やめとこう……」
「イグジスタ!? シリルノートさんまで!? それに……」
「うっす! お久しぶりです、アルジェ姐さん!」
シリル大金庫の主、イグジスタと、大金庫に封じられていたシリルノートさん。
そして、僕がかつてとある森で出会ったミノタウルス、オズワルドくん。
精霊ふたりを肩に乗せて、オズワルドくんが空から降ってきた。
「な、なんでここに……!?」
「いやぁ、王様のやつが俺が住んでる森を国の保護区域にしてくれたんすよ。お陰で、森を人間が守ってくれるようになって、手が空いたんすよね」
「あ……」
そういえば、そんな約束もしていた。
本当に、誰も彼もが僕との約束を守ってくれていたのだ。
そして約束が繋がって、今のこの状況がある。
また、胸の奥がぐっと熱くなった。
「シリルノートさんに、イグジスタも来てくれたんですね」
「……むぅ」
「えと……シリルノートさん?」
なんだろう、なんだか前と雰囲気が違う感じがする。前に会ったときはもっとクールというか、落ち着いた雰囲気があった気がするんだけど。
僕とよく似た顔で、けれど泣きぼくろのある相手はどこか不機嫌そうに、
「……シャーリィ」
「へ?」
「イグジスタお姉ちゃんが、付けてくれたの。新しい名前」
「……ああ、そうなんですね」
シリルノートという名前は、シリルさんのノートという意味だ。
だから、イグジスタが気を使って新しい名前を考えてあげたのだろう。
「だからアルジェお姉ちゃんも、ちゃんとシャーリィって呼んで……?」
「え、ええと、その、お姉ちゃんっていうのは……」
「……だめ?」
「あ、いや、ダメじゃない、というか……ええと……ちょ、シャーリィ、なにか近くないですか……?」
「ん〜……お姉ちゃんの匂い……お姉ちゃん、好き……」
なんだろう、そういうふうに甘えられるとなんだかドキドキしてしまう。
擦り寄ってくるシリルノートあらためシャーリィの匂いは甘くて、感触は柔らかい。顔は僕に似ていて、つまりは充分すぎるほどに美少女だ。
そんな相手が人目も状況もはばからず、こちらをお姉ちゃんお姉ちゃんと呼んで慕ってくるのだ。
未知の胸の高鳴りを感じて、僕はたじたじになってしまう。当然そうなるとシャーリィは遠慮なくこちらの胸に顔を埋めたり、すりすりしたり、抱きしめてくる。なんだろうこれ、どうすればいいんだろう。
「はあはあ……私の可愛い妹が、ふたりでイチャイチャしてる……うっ、ふう……ま、混ぜて欲しいような、見ていたいような……」
「アルジェ姐さんにお姉さんと妹がいるのは知らなかったっすけど、仲良いんすねえ」
「皆さん、そろそろ状況も見て頂けますのー!?」
クズハちゃんの悲鳴が聞こえてきて、さすがに我に返った。
敵地のど真ん中であり、つまりは全方位が敵だ。むしろ今まで攻撃されなかったことの方がおかしい。
相手が空気でも読んでくれたのだろうかと思うけど、実際にはクズハちゃんがブシハちゃんといっしょに押し留めてくれていたらしい。
こちらの意識が外に向いた瞬間、クズハちゃんに限界が来て、攻撃が再開された。
「ブモァッ!!」
オズワルドくんが、即座に反応した。
手近な相手に斧を叩きつけ、それだけで機械兵は圧壊してしまう。
……頼もしくなりましたね。
久しぶりに見る斧さばきは前よりもずっと鋭く、重かった。きっとあれから、ずっと自分を鍛えていたのだろう。
「ブラッドアームズ、『斧』」
援護のために、僕は自らの血で巨大な斧を作り出す。
声をかけなくても意図は伝わっているらしく、オズワルドくんは笑って僕から斧を受け取って、
「久しぶりっすね、こうして武器を渡してもらうのも」
「これを最後にしたいですけどね。平和が一番ですから」
「同感っす。名残惜しくないように、存分にやらせてもらうっすよ!! ブモオオオオオッ!」
猛々しく吠えて、オズワルドくんは暴れ始めた。
僕の方も『夢の睡憐』で攻撃をいなし、カウンターを当てていく。クズハちゃんも、ブシハちゃんとのコンビネーションで次々に敵をスクラップに変えていく。
「シャーリィ、やろうか」
「うん……ちょうど、素材もたくさん……だから」
イグジスタが声をかけると、シャーリィは頷いて、持っていた杖を掲げる。
それはイグジスタが持つ、『鳴り渡る金貨樹』に、形状が似ていた。
「歌って、『鳴り響く銀貨樹』」
杖で地面を打てば、コインを落とすような音が弾けた。
音の波は飛沫のように周囲に広がり、魔力を乗せる。
「っ……これは……!?」
「壊れたものでも、リサイクル……資源は、大切……」
僕たちが破壊した機械兵のパーツがねじ曲がり、折れ、削られ、別のものへと組み替えられていく。
生み出されたそれは人型ではなく、丸っこくてどこか愛らしい、シリル大金庫製のゴーレムだった。
「そちらの兵力が無限なら、こちらの兵力も無限にさせてもらおう。さあ、踊らせよう、『鳴り渡る金貨樹』!」
シャーリィが造り、イグジスタが強化する。
姉妹の息が合ったコンビネーションで、こちらの戦力が一気に増えた。
「さあ、押し返そうじゃないか! ケチくさいことは無しで、無傷で完全勝利といこう! お姉ちゃん頑張っちゃうぞ!」
「イグジスタお姉ちゃん……かっこいい……」
「あー、いいねそれ、もっと言って! ほら、アルジェもこう、久しぶりのお姉ちゃんだよ! ヨイショしたりチューしてもいいよ!?」
「え、いや、ちゅーはさすがに恥ずかしいですから、えっと……こほん……お姉ちゃん、頑張って♪」
「ふおおおおおお!! 良い! 漲ってきたよ! 今ならお姉ちゃん、なんでも出来そう!」
ここまで頑張ってきてくれたのは本当なので、渾身の笑顔で応援してあげると、イグジスタの魔力が膨れ上がった。
どういうことかと思うけど、人工精霊のイグジスタは精神体なので、テンションが上がれば魔力も上がるのだろう。うん、たぶん、きっと、おそらく、めいびー。
事実、ゴーレムの動きが明らかに良くなり、ロボットたちを押し返し始めたのだ。その成果を出した本人が姉パワーと言うなら、そういうことにしておこう。
「イグジスタお姉ちゃんばっかりずるい……アルジェお姉ちゃん、シャーリィにもご褒美……いい子いい子して……ちゅーでもいいよ……?」
「なんでふたりしてちゅーを求めるんですか……!?」
「くっ……なんだその色物集団は!?」
さすがに可哀想というか、クロガネさんが突っ込みたくなる気持ちも分かる。
自慢の兵隊が壊されるばかりか、とうとう再利用までされはじめたのだ。苛立つだろうし、文句のひとつも言いたくなるだろう。
だけど、残念ながらイグジスタは割と人の話を聞かない、我が強いタイプだ。今も『鉄巨人』に向けて指をさして、
「色物とは失礼な。私はこの世で最も強く、誰にも負けない生き物。そう、つまりお姉ちゃんだ。妹が可愛い限り、お姉ちゃんは最強、いいね?」
「お姉ちゃんをいじめたら……去勢、のち、ぼこる……これ、世界の掟……おーけー……?」
「ええと、なんだと言われると……一応、僕の姉と妹ということらしいです」
「君はこの世界でどんな人生を送ってきたんだ……!?」
「それは、話すと長くなりますから」
本当に、長い話になる。
この世界に生まれて、いろんな人に出会って、たくさんの触れ合いや、すれ違いがあった。
とても一言や、少しの時間では言い表すことができないほど、今の僕はたくさんの人と繋がっている。どれもかけがえのない、大切な縁だ。
「あの大きなのを止めます。お手伝いをお願いしますね」
「もちろんっすよ、姐さん!」
「妹の頼みを断る姉がいるわけがないだろう」
「お姉ちゃんの頼みを断る妹も、いないよ……」
「ええ。最後まで、きちんとお付き合いしますわ」
本当に、頼りになる援軍が来てくれた。
胸の中にあたたかなものを抱えて、僕は躊躇い無く前へ出た。




