最終兵器
「……うそ、でしょ」
呆然としたフェルノートさんの声が、僕の耳に届く。
気持ちはわかる。僕でさえ、これが昼寝の合間に見ている夢なら、さっさと覚めて欲しいと思うことだろう。
現れた無数の鉄の正体は、パーツだった。それらは自分のあるべきところを知っているかのように、ひとつひとつ、丹念に自分たちの身を寄せあった。
それだけではない。都市の防壁のために設けられていた壁さえもパーツごとに崩れ、別の姿になるべく集まっていく。
「なんですの、あれ……」
完成した姿は、異様としか言えないものだった。
身の丈は見上げてもなお高く、全容の把握ができない。
玖音がいた世界にすら、あんなものはなかった。なぜならば、あの質量を支えるのが物理的に困難だからだ。
それが出来るとすれば、魔法や魔具という、世界の法則を変えられるものが必要だろう。
僕たちが元いた世界の常識では追いつかず、この異世界の文明レベルでは成しえない。
僕たちがいた世界の技術力と、異世界という法則が組み合わさって、はじめてそれは存在しうるものだった。
「鉄の……巨人……!!」
リシェルさんが口にしたその評価が、最もそれを表すのに適していた。
見た目こそ無骨であり、甲冑のような姿。しかしそれはそこにあるだけで充分な脅威だった。
「こんな兵器まで作るなんて……あの人、この世界の文明の階段を何段飛ばしで駆け上がったんですか!?」
「駆け上がったというか、その隣でエレベーターを作ってぶっ飛んだ感じですね……」
あんなもの、歩くだけで都市を破壊できる。
あんなもの、現れるだけで戦意を喪失する。
僕たちだけでなく、クロムちゃんたちも、猟犬部隊も、この光景を見ていることだろう。
「……アルジェさん! 向こうの王様がいませんわ!」
「っ……この騒ぎに紛れて逃げましたか!?」
「ああ、心配しなくていい。『紅玉』のオートモードで、こちらで拾わせてもらっただけだ」
「クロガネ・クオン……貴様、まだ諦められないのか!」
「諦めるもなにも、ただ感情が兵器に不必要だと決定的なデータが取れただけだろう」
はるか天空から降ってくる声は、神様のように傲慢だった。
「言っただろう、立場が逆転すると。今から君たちが……追われる側だ」
ゆっくりと、巨人の足が持ち上がる。
それは兵器というには遅く、しかしあまりにも質量がありすぎた。
実際の速度は遅いのに、凄まじい速さにも見えてしまうほど、一歩の距離が大きすぎるのだ。
「っ……あれを防げるとは、さすがに思えないわね」
「退避だ! シオン、避難を勧告しつつ、担げるだけ担いで離脱するぞ!!」
「了解です! 急いで再合一します!」
「何人かは私のツタで運びます! なるべく遠く……あれに踏み潰されないところまで!! ほら、リシェルさんも乗って!」
「くっ……ネグセオー! クズハちゃん!!」
「承知した! 乗れ!!」
「は、はい! 変化しますわ!」
あの質量を、正面からどうこうできるはずも無い。
選ぶのは満場一致で一時撤退だった。
「既に帝都は崩壊……いや、変形したといえばいいのか? とにかく、目的は達している! 全速力で離れるぞ!!」
響く声さえ置き去りにして、僕たちはその場から背を向けた。




