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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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260/283

得だった

「フェルノートさん、いつもの服ですわ。あんまりにもぼろぼろですから、着替えてくださいですの」

「ええ、助かるわ、クズハ。やっぱりこっちの方が落ち着くわね」


 いつもの服を渡されて、フェルノートさんが手近な瓦礫の影に消える。

 ややあって、いつも通りの格好になったフェルノートさんが戻ってきた。


「……さすがにあの高空では、僕の回復魔法も届きませんね」


 空へと飛んで行った黒と赤を見上げて、僕は呟いた。

 吸血鬼の視力で充分に見えてはいるけれど、あそこに行こうと思えば僕も蝙蝠(こうもり)に変化する必要がある。そしてその姿で行ったところで、かえって邪魔になってしまうだけだろう。

 一応身体の一部だけを蝙蝠にすることも出来なくはないけれど、それも練習している訳では無いので、手伝いにはならない。


「だとしたら、今はおふたりを信じて……この人を見張るしかありませんわね」

「そうですね。放っておくと、なにをしでかすか分かりませんから」

「ええ。こういうタイプは本人の能力がない分、どんな隠し札を持っているか分からないもの」

「……妙な動きをすれば、射貫きます」

「随分と嫌われたものだね、僕も」

「好意的な要素がなにひとつありませんからね」


 全員に囲まれても、クロガネさんは余裕を崩さない。

 先ほど、ギンカさんが起き上がって『黒曜』が新型になったときには驚いていたようだけど、もう気持ちを落ち着けたようで、


「心配しなくても、この状態で動こうとは思わないさ。たとえ彼女たちがどれだけ強くなろうが、新型の『紅玉』に迫るものではない。僕はのんびりと、王様が仕事を終えて帰るのを待つとするよ。そのとき、立場が逆転するだろう」

「……弱点のひとつでも吐かせるべきでしょうか?」

「無駄よ、アオバ。こいつは喋らないわ。そういう顔をしているもの」

「ふふ。さすが聖騎士様は人を見る目があおりだ」


 フェルノートさんの言葉に頷いて、クロガネさんは手近な瓦礫に腰掛ける。

 これだけの敵意と、リシェルさんに至っては弓を向けているというのに、その様子は穏やかですらあった。


「……すべてが終わったら、あなたを拘束します」

「良いのかい、銀……いいや、アルジェちゃん。今ここで僕を殺さなかったら、後悔すると思うけどね?」

「そういう判断を下すのは、僕ではありませんから」


 僕がここまでやってきたのは、彼と話をするためだ。

 転生してもなお玖音を名乗る彼の真意を、知りたかった。

 そしてそれは、もう叶ってしまった。断絶という答えを得てしまった。

 きっとどれだけ語り合っても、僕たちが相容れることはない。

 ならばあとは、この世界に生きる人が彼をどうするかだろう。

 僕はただ、自分のワガママでここまで来ただけで、誰かを裁く権利なんか持っていないのだから。


「でも……これ以上、みんなのことは傷つけさせません」

「……そうかい。本当に君は、あの世界に合っていなかったんだろうな」

「僕は、それで良かったと思っていますよ」


 あの世界で生きられなかったから、この世界に生まれ変わることができた。

 かつての僕が幸せだったとは思わないし、多くの人に迷惑をかけて、悲しませたとも思うけど。

 今こうして、僕がこうやって立っていられるのは、転生を得たからだ。


 だって、本当は出会えなかったのだ。

 旅の仲間だけじゃない、この世界に来て出会ってすべての人に、僕は出会うことができた。

 玖音の失敗作として死ぬだけでは得られなかった多くを、この世界で得ることができたのだ。


「きっと、この世界に来たことは僕にとって得だったんです」


 ただの虚ろで、空っぽで、生きているなんてとても言えなかったような存在が、こうして生きていることが嬉しいと思えるところまでこれたのだ。

 それはかつての辛さを自覚したり、後悔したり、良いことばかりでもなかったけど、それでも。


「僕は今の僕が……アルジェント・ヴァンピールが好きですから」


 はじめて自分のことを好きだと思えることができた、そのきっかけをくれたこの世界のことを、僕は気に入っている。

 だから、できるだけのことをしようと思う。本当に危なくなれば、『黒曜』の援護にも行くつもりだ。


「……ギンカさん、シオンさん」


 言葉が届いていないと分かっていても、僕はふたりの名前を呼んだ。

 空の上では黒と紅が何度もぶつかり合い、悲鳴のような激突音を奏でていた。


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