飛び立て、声をかざして
「っ……なんてデタラメな強さなんですか」
隙を見て攻撃なんてできそうもないほどに、それは高度な戦いだった。
前にフェルノートさんと青葉さんが『黒曜』と戦ったとき以上に、それは激しい攻撃の応酬だった。
何度も回復魔法をかけている。それでも、その回復が追いつかないほどにフェルノートさんは肉体と魔力を酷使して、刃を振るって行く。
聖騎士として王国でも屈指の実力者だったという、フェルノートさん。それに僕という無限回復がついていながら、状況は五分どころか向こうが押している。
援護を頼まれたクズハちゃんも迂闊に手出しができないらしく、その場で固まってしまっていた。
僕の方も、何度も魔法を重ねがけしているから疲労が出てきている。それだけをやって、相手は無傷なのだ。
「ほう、ほう、ほう。自分が壊れることをいとわずに来るようになると、さすがに恐ろしい力を発揮するな。本当に、生身であれば人類最強ではないのか?」
「涼しい顔でいなしておいて、よくも……!!」
「いや本当に。クロガネの造ったこれが無ければ私も勝てないだろうさ。だが……その回復はいささか面倒だ。クロガネ」
「はいはい。人使いが荒い帝王様だ」
帝王に呼ばれて、クロガネさんが懐からなにかの装置を取り出す。
現れたものには、確かに見覚えがあった。
「あれはっ……!」
「一度食らったんだ、分かるだろ? いやあ本当はこれ、伯爵を捕まえるときにあれば楽だったんだけどね。はい、ポチッとな」
「うっ……あぁぁぁ!?」
吸血鬼を強制的に不調にする磁場のようなモノを発生させる機械。原理は不明だけど、あれもクロガネさんが造ったものらしい。
見えない上に有効範囲も不明なら、逃げようもない。クロガネさんがそれを押した瞬間、頭を殴りつけられたような感覚に視界が歪んだ。
「あ、ぐ、うぅぅ……!?」
「アルジェさん! く、それを……!」
「おっと、さすがに渡すと思うかい? 自衛くらいはするとも」
クズハちゃんが走り出した瞬間、クロガネさんが迎撃のために動いた。
彼が指を振った瞬間、周囲に巨大な機械が現れる。それは箱のような姿から、花開くようにして割れ、やがて人型へと変形した。
研究所に配備されていた警備用のロボットの、更に大型。
獣のように吠えることはなく、無言で刃を展開した。剣の厚みは彼女の身体以上で、かすっただけでひとたまりも無いだろう。
「なに、片手間の玩具さ」
「きかい、というよく分からないものですわね! でしたら……燃えなさい! 狐火、『鳳仙火』!!」
ここまでで機械の弱点を理解しているクズハちゃんが、遠慮無く炎を浴びせにかかる。
「えっ……きゃぁぁっ!?」
しかし機械の兵士はそれで止まらず、容赦なくクズハちゃんに刃を振るった。
間一髪、ぎりぎりのところでクズハちゃんは回避する。
「さすがにこれだけの規模になると、僕も防火くらいは気にするよ」
「っ……火が効きませんの……!?」
「そういうこと。つまり……詰みだよ、狐っ子」
「あら。決めるのはまだ早いのではないですか?」
「なっ……!?」
ひゅんと風切り音を立てて飛来したものが、クロガネさんの手から装置をかすめ取った。
「青葉さん……!」
「約束通り、合流に来ましたよ」
自慢のツタをうねらせて、青葉さんが楽しげに頭の鈴を鳴らす。
彼女がここにいるということは、周辺での戦いも落ち着いてきたのだろう。
奪った装置を地面に叩きつけて粉砕して、青葉さんは薄く笑う。
「これで、アルジェさんは復帰。そしてその機械……火が効かなくても、雷はどうでしょうね?」
「……通りませ」
言葉と同時に、雷を纏った一矢が飛来した。
リシェルさんが持つ魔弓、『落華流彗』。魔法そのものを矢とした一撃は正確にロボットを貫き、完全に破壊する。
あちこちから黒煙を吹き出して、機械の兵士は沈黙した。
「っ……くそ、こいつらっ……!」
「あら、ようやく焦りが見えましたね」
「わたくしの領民たちが受けた屈辱を、お返しいたしますね」
僕と同じく玖音と因縁のある転生者の青葉さんと、領民たちを奪われたリシェルさん。
クロガネさんの邪魔ができたことが嬉しいらしく、ふたりとも上機嫌な様子でこちらへとやってくる。
「青葉さん、リシェルさん……来てくれたんですね」
「ええ。そして……最後の役者も、起きたみたいですね?」
「え……」
青葉さんの言葉と同時に、背後に気配があった。
振り向いてみれば、そこには確かに、予想通りの人物が立っている。
「……すまない。遅くなった」
「ギンカさん……!」
「生きてたみたいですね。英雄は、戦う意思があるかぎりは死なないということでしょうか」
「……私は英雄なんて格好の良いものじゃないさ」
自嘲気味に笑って、ギンカさんは言葉を作る。『黒曜』との合一は解除されているようだけど、焦った様子はない。
つまりもうひとりもまた、無事ということだ。
「それに、英雄なんてものがいらない世界をこれから作るんだ。だから……シオン!!」
「はーい! お呼びとあってやってきましたー!」
「『黒曜』だと!? お前は機能を停止したはずだ! 理論的に、成長したお前でも耐えられない一撃を受けただろう!?」
「愛のしぶとさが、理論で測れますか! お父様の石頭! そんなんだから彼女もできないんですよーだ!」
「愛っ……!?」
さすがにその返しは予想してなかったのか、クロガネさんが面食らった表情を見せる。
シオンさんはいつものように、ギンカさんにすり寄るようにしてまとわりついた。
そしてギンカさんも、それを当然のように受け入れる。お姫様と王子様のように、当たり前に寄り添う。
「行こうか、シオン」
「ええ、ギンカさん」
「「接続」」
合一のための言葉が響き、光が溢れた。
視界が塗りつぶされるほどの眩しさの中で、彼女たちはひとつになる。
光が収まったとき、そこには黒の鎧があった。
「……なんだか、雰囲気が違うような」
「修復のついでに、リビルドをかけましたからね!」
肩の上に乗ったミニシオンさんの言葉通り、『黒曜』のデザインが変わっている。
竜の鎧を纏うというよりは、まるで人型の竜といったほうがいいような姿。鎧の隙間はほぼなく、装着しているのではなく完全に融合しているようにすら見える。
機械っぽさが減って、どこか生物感が増したように思えた。
「ふむ……機械部分はほぼ破損したので、自己進化と私との接続度を上げることで補ったということだな」
「ふふ、さすがギンカさん。そう、これが……『黒曜』の最終決戦フォームですよ!」
「この短時間で再構築だと……あり得ないぞ、それは! そんな機能はどこにも無いはずだ……兵器が進化しても、元からなかったものができるはずが……!」
「だが、現実に私たちは進化している。設計図通りの成長しかしないなんて、本当の進化と呼べないだろう。限界を定めているのは、お前だけだ」
言葉と共に、『黒曜』が身を低くする。
明らかに背部に熱が宿り、突撃のための推進力を溜めていることが分かる。
「フェルノート、それは私たちがやる!! 下がれ、お前の身体も限界だろう!!」
「っ……任せるわ! ギンカ、シオン!!」
ギンカさんの声を聞いて、フェルノートさんが距離を取った。
未だ、帝王は疲れた様子もなく、鎧には傷一つも無い。離れた相手を追うことなく構えを直して、相手は言葉を作った。
「起きたか、『黒曜』の主」
「ああ。そして、行くとも」
言葉に応えるようにして、『黒曜』が行った。
自分自身を弾丸とした砲撃のような突撃。前にフェルノートさんが受け止めたときとは段違いの出力のそれを、帝王は下がることなく迎え撃った。
土煙を巻き上げ、しかし吹き飛ばされはしない。突撃の威力は完全に殺されて、力が拮抗する。
「む、ぐっ……!」
「……面白い。邪魔の入らぬところに行こう」
「くっ……私たちごと、飛ぶつもりですか!?」
シオンさんの言葉通り、紅色の鎧が背部からエネルギーを吹き上げて飛翔した。
受け止められていた『黒曜』も同様に、高空へと攫われる。
「ギンカさん、シオンさん!」
「大丈夫だ! アルジェたちはその男を見張っていろ!!」
「ええ! ちゃちゃっといって、かたづけてきますよ!!」
もはや誰も手出しができない高みで、最後の戦いが始まろうとしていた。




