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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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戦場の金色

「痛いの痛いの飛んでいけ!」

「アルジェさん、少し飛ばしすぎではありませんの……!?」

「大丈夫です! さっきまでクロガネさんのところでお昼寝してたので元気ですから!」

「あれは繋がれて気絶してたって言いませんの!?」


 言われてみればそんな気もするけど、気分は上向きだ。

 あれだけ心の奥に重く存在していた、前世からの因縁とも言うべき存在、玖音。

 克服してみれば思った以上に自分にとって大きな重石だったと思うし、同時にそんなことで悩んでいたことが馬鹿らしくもある。


「もう、僕にとって大切なものは決まりましたから」


 今までに出会って僕を気遣ってくれた、誰も彼もがそうだったのだ。

 そのことに気付かずに、僕はここまで来てしまった。捨て鉢になって、自分からひとりぼっちになろうとしてしまった。

 それでも、みんなは僕のことを「バカ」だと言って助けに来てくれたのだ。

 その気持ちに、僕は今度こそ間違えることなく応えたい。


「あー、ほんと面倒くさい! さっさと終わらせてみんなでお昼寝がしたいですね!」

「アルジェさん、もしかしなくてもちょっとテンションおかしくなってますわね……!?」

「吹っ切れてますからね、今!」

「ふふ、俺にも気持ちが流れ込んできて、随分と心地が良いが……バテるなよ、アルジェ」


 自分でも自覚はあるので厄介だった。

 ネグセオーに移動を任せて、回復魔法をかけていくことに専念する。

 戦況を見ているほどの暇はないけれど、僕が癒やし続ける限り、反乱軍の兵力は実質無限だ。クロムちゃんの指揮で、徐々に押し返してくれるに違いない。


「アルジェさん、皆さんの回復はそろそろ良いはずですの! フェルノートさんたちが帝国の王様を足止めしてくれていますから、次はそちらに!」

「分かりました! 案内をお願いします!」

「ええ! 匂いはあっちからですのよ!」


 こういうとき、クズハちゃんの鼻は本当に頼りになる。

 僕も吸血鬼なので嗅覚は鋭いのだけど、ここまで血や炎の臭いがあると正確な把握はできない。

 一方クズハちゃんの方は、このごたごたした状況でもきちんと嗅覚を働かせている。獣人すごい。


「っ……うわ、今もの凄く嗅ぎたくない臭いがしましたわ!?」

「へ?」


 いつも丁寧なクズハちゃんが、うわ、とは珍しい。

 友人の思わぬ反応に疑問符を浮かべた瞬間。


「はぁい、アルジェント」

「ひえっ」


 聞こえてきた声に、鳥肌が全力で反応してテンションが冷えた。

 ネグセオーにとっても突然のことだったのだろう。彼はフルブレーキで減速して、その場に留まる。

 粘っこい声の主は、確かにクズハちゃんが苦手としている相手。もっと言えば僕も全力でお断りしたい相手でもある吸血姫、エルシィさんだった。


「もう、ふたりして酷い反応ねえ。心が傷ついちゃったわ。ね、アルジェント、舐めてくれない? 心って、胸にあるらしいから、そのあたりで良いわよ?」

「全力でお断りします」

「アルジェさんに近寄らないでくださいですの! ふしゃー!」


 金色のツインテールを揺らす吸血姫は、相変わらずこちらに対して執着の視線を向けてくる。


 ……これもまっすぐなら、いいんですけどね。


 彼女が僕へと向けてくる感情は、最初から分かっていることだ。なにせ、はじめから「お嫁さんにする」と言って迫られているのだから。

 共和国あたりでは同性での結婚も可能らしいので、たぶん彼女の求婚はそこまでおかしなことではないのだろう。

 ただ、彼女の場合はその欲求にだいぶ他人を巻き込んでくる。欲しいとなったら殺してでも奪い取る気質だし、もっと言えばお尋ねものなので、僕としては全力でお断りしたい。

 見た目は今の僕と同じように絶世の美少女だけど、あまり関わり合いにはなりたくない相手だった。


「ふふん、まあ良いわ。アルジェント、なんだか前より楽しそうだもの」

「そう、ですか?」

「ええ。とっても。堕とし甲斐のある女の子になってくれて、私も嬉しいわ」

「あ、そういう反応なんですね……」


 楽しそうかどうかはさておき、前よりも前向きになった自覚はある。もちろんそれはこの世界でできた、たくさんの友達のお陰なのだけど。

 相変わらず諦める気配のない相手にややげんなりしつつも、好戦的な気配がないことを察して、僕は相手に語りかける。


「エルシィさん、約束通りに来てくれたんですね」

「ふふ、もちろんよ。だって、約束だものね」

「アルジェさんを助けるのには協力してくれましたけど、私はまだ貴方のことを許してませんわよ!」

「ま、まあまあクズハちゃん、いったん落ち着いて?」

「……約束は、いつかの私が破ってしまったものだけど、今度は間に合ったみたいで良かったわ」


 言われる言葉の意味は分からないけれど、きっとエルシィさんの方でもなにか納得がいったのだろう。

 向けられてくる笑みはどこか優しくて、いつもの彼女らしくはないけれど、綺麗だと思った。


「くすくす……本当はお友達も交えて貴方とたっくさん愛し合いたいのだけど……今はちょっと立て込んでいるのよね」

「立て込んでいるって……」

「言ったでしょう、私は私の目的のためにここに居るって。……ねえ、伯爵?」


 エルシィさんが目を向けた先に、それは居た。


「虚ろが、随分と饒舌に語るものだ」

「『黒の伯爵』ですの……!?」

「ええ。絶賛、殺し合いをしているところよ」


 何でも無いことのように言って、エルシィさんは前へ出る。

 よく見れば、その身体は傷こそついていないけれど、疲労の気配があった。言葉通り、ほんの少し前まで戦っていたと言うことだろう。


「伯爵、貴方は相変わらず寡黙なのね? 私の大切な人を殺したときは、少しは楽しそうだったけど?」

「ああ……あれは良い声で鳴いた」

「殺すわ」


 殺気が一瞬で膨れ上がった。

 美しかった笑顔は亀裂のように凶悪になり、殺意と同時に魔力も吹き出す。

 膨大な力の奔流が空気を震わせて、こちらの肌を撫でる。直接殺気を向けられていない僕でさえ、底冷えするような気配だった。


「跡形もなく、チリもなく、滅ぼし尽くしてあげる、伯爵」

「……お前は、そこの銀色と違い、虚ろなままなのだな」

「当たり前でしょう。だって……私の時間は、貴方を殺すまで止まったままなのよ!!」


 疲労を吹き飛ばすかのようにして、エルシィさんは吠えた。


「っ……元気になぁれ!」


 迷ったのは一瞬。僕は回復魔法を、エルシィさんへとかけていた。

 見たところ傷はないようだけど、先ほどまで戦っていたのなら魔力は消耗しているはずだ。少しでもそれが回復すれば、楽になるだろう。

 本当なら敵同士というか、迫ってくる側と逃げる側だけど、彼女は約束通りに僕の手助けに来てくれた。

 なにより、目の前の相手はエルシィさんと同じように、強力な吸血鬼のうちの一体として数えられている存在だ。私怨だとしても、戦ってくれるのなら心強い。


「んっ……あ、良いわね、元気になる……ふふ、今度はベッドの上でかけてくれる?」

「言ってる場合ですか、来ますよ!」

「ええ。来るわね、願ってもないわ。アルジェント、ここからは手出しはいらないわよ! これは……私の恨みだから!!」


 どこまでも身勝手に、吸血姫は前に出た。

 きっと僕と同じように、過去のことに決着をつけるために。


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