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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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はじめての喧嘩

「……う、ぁ」


 声が漏れたことで、自分がまだ『壊れていない』ことを察してしまう。

 いっそそうした方が楽なのに、まだ僕の心はここにある。

 瞳を開けることなく、ただ暗闇の中でたくさんの人のことを思う。


「……ごめんなさい」


 謝罪に返ってくる言葉はなく、思い出の中のみんなが見えるだけだった。

 クズハちゃんは泣いているだろうか。フェルノートさんや青葉さんは怒っているかもしれない。リシェルさんも悲しんでくれるだろうか。

 クロムちゃんや、ギンカさん、シオンさん、反乱軍のみんなにも、迷惑をかけてしまった。


「……どうして」


 自分がいなくなったことで、みんなが悲しむことが分かってしまう。

 僕のように何の役にも立たなくて、面倒臭がりで、やる気もなくて、迷惑をかけてばかりの存在を、みんなが大事にしてくれていたことが、嫌でも分かってしまう。


「どうしてっ……!」


 奥歯に力が入ったのは、ほんの一瞬のこと。

 無駄だということを理解して、僕は力を抜いた。


「無駄なんだ……」


 青葉さんに会った時から、分かっていた。

 たとえ転生してチート能力を得たとしても、僕は所詮あの世界での失敗作。

 武芸を習っていない青葉さんでさえ、転生すればあれだけの能力を得るのだ。それが、本物の玖音であるということ。


 僕は失敗作で、ただ与えられた能力を振り回してなんとか生き延びてきただけ。

 そんな僕が、あの世界で玖音として生きてきた人を相手にして、勝てるわけがなかった。

 問いかけもなにもない。クロガネさんにとって僕は、まともに相対する価値もないようなものだったのだ。


「っ……」


 僕にできるのはもう、ただみんなの無事を祈るだけ。

 いざとなれば、玖音の力を知っている青葉さんが説得してみんなを逃がしてくれるだろうと、期待することだけだ。


「……みんな、ちゃんと逃げたかな」

「あなたを置いて、逃げられる訳ありませんわよ」

「!?」


 それは、ありえるはずのない声だった。

 だってここは研究所の奥で、入ってこれるはずがない。

 けれど、ありえない声の主の気配は確かにあった。匂いも、声も、間違えるはずがない。だってここまでずっと、一緒に旅をしてきたのだから。


「……クズハ、ちゃん?」


 瞳を開けると、確かにその相手がいた。

 人の姿ではなく狐の姿で、ところどころ汚れているのを見るに、きっと人では通れないような狭い隙間をくぐり抜けて、ここまでやってきたのだろう。


 狐の姿から人間の形へと変わったクズハちゃんは、僕の拘束へと手をかけて、


「……あの時とは逆ですわね」


 言われて思い出すのは、クズハちゃんの拘束を解いた時のことだ。

 領主の命令で縛られていた彼女の呪いを、僕は魔法の力で自由にした。

 ばきん、という音がして、僕を縛り付けていた拘束が砕かれる。


「はい、これで外れましたわよ」

「……ありがとうございます」


 自由になった身体の調子を確かめてみれば、不調はない。縛られて調べられた以上のことをされていないから、当然か。


「アルジェさん、私は――」

「――クズハちゃんは、早くここから逃げてください」


 相手がなにかを言う前に、僕は言葉を投げて立ち上がった。


「なっ……アルジェさん!?」

「ここは危ないです。僕はやることがありますから……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいですの!!」

「待ちません」


 話すことはなく、やることは多く、時間が惜しい。


 ……足止めをしないと。


 玖音に勝つことは、きっとできない。

 だから僕が、みんなが逃げられるだけの時間を作る。

 逃げたあとのみんながどうするのかは知らない。けれど、玖音の力を知ったあとでなら、歯向かうようなことはしないだろう。


 ブラッドボックスから『夢の睡憐』を取り出し、ボロボロになった帝国の軍服をいつもの服へと変える。

 勝てるとは思わない。けれど、みんなが逃げるための時間を作らなくてはいけない。でなければみんな、殺されてしまう。逃げるどころか、こんなふうに僕を助けになんて来てしまったのだから。


「……ごめんなさい。でも僕は、みんなに傷ついて欲しくないから――」

「――ふざけるんじゃありませんわよ!!」

「……!?」


 驚いたのは、胸ぐらを掴まれたからだ。

 手から零れた刃が床にぶつかり、乾いた音を立てる。クズハちゃんは狐色の目に涙を滲ませて、こちらを睨みつけて、


「どうしてあなたは、なんの説明もしてくれないんですの!? どうして、ひとりで行ってしまおうとするんですの!!」

「……説明出来ないことで、みんなを巻き込みたくないからです」

「っ……どうしてっ……」

「みんなを巻き込みたくないんです。これは僕の問題で……クズハちゃんには、関係ありませんから」

「っ!!」


 ぱん、と乾いた音が響く。

 それがクズハちゃんに頬をぶたれた音だと気づくのには、少しだけ時間がかかった。


「関係なくありませんわよ! 私はあなたの友達ですのよ! 友達が困っていたら、助けるのが友達ですの!!」

「困っていませんし、助けて欲しいとも思っていません。ただ……これ以上、このことに関わらせたくないだけです」


 ぶたれた頬の熱さと対象的に、僕の心は冷えていた。

 淡々と言葉を紡ぎ、僕はクズハちゃんの手を振りほどこうとする。


「離しませんわ……たとえ嫌がられたって!」

「……しつこいです」


 どうして、この子は分かってくれないんだろう。

 これだけ言ってるのに、何度も何度も、しつこいくらいに手を伸ばしてきて。

 ああ、もう。面倒くさいなぁ。


「もう、構わないでください。僕なんてぐうたらで、面倒臭がりで、いなくたって問題ない、なんの価値もない――」

「――ふざけるんじゃ! ありませんわよ!!」

「っ!」


 同じ言葉がより強く紡がれて、今度は逆側の頬を、さっきよりも強くぶたれた。

 クズハちゃんは、まるで自分がぶたれたかのように大粒の涙を零しながら、こちらへと吠えた。


「価値ならあります! いなくなったら困ります! 確かにぐうたらで、面倒臭がりですけれど……たとえアルジェさん本人がそう思っていても、そんな物言いは怒りますわよ!!」

「……うるさいな」

「うるさい……!?」

「どうして、そんなにしつこいんですか!」


 自分でも驚くほど、僕は声を荒らげていた。

 叩かれたことは痛かったけど、そうじゃない。

 何度引き剥がそうとしても、離れようとしても、こうやって追いすがってこられることが、嫌だったからだ。


「もう放っておいてください! 助けなんていりません! 僕には玖音と渡り合う力がない、それでも……玖音にみんなが傷付けられることは嫌なんです!」

「アルジェさん……?」

「だから、僕は……ひとりで……ひとりでいいんです! 僕だけが傷つけばいい!! みんなこんなにもあたたかくて……返しきれないほどありがたくて! なのに僕は、みんなを守ってあげることもできなくて!! だからせめて……せめて、みんなが逃げる時間くらいはっ……そうじゃないと、あの場所で、真っ暗だった頃より、ずっと惨めだから!!」

「……アルジェさん」

「玖音の家は危険なんです! なにもかも踏み潰す! それだけのことができる能力と、躊躇わない心がある! 僕はみんなに……そんなものに壊されて欲しくない! だからっ……!」


 自分でももう、なにを口走っているのかよく分からなかった。

 ただ、溢れてきた言葉が止まらない。止められない。

 

「だから僕ひとりでいい! ひとりだけで、あの頃みたいに、真っ暗でも! これ以上の犠牲はっ……これ以上、みんなが傷付くのはっ……嫌だ……!!」

「アルジェさん」

「はっ……」


 頬に手を添えられて、ようやく相手がこちらを見ていることに気がついた。


「……私は、アルジェさんに救われました」

「急に、なにを……」

「母を失って、一番悲しくて、辛くて……涙を流していたとき、アルジェさんは傍にいてくれました」

「それが、どうしたというんですか……」

「……あのあと、決めたんですの。きっとこの人が泣いている時に、側にいられる友達になろうって」


 クズハちゃんの手が、頬よりも上へと伸びてくる。

 目の下からすくわれたものは、もうずっと流すことのなかったものだった。


「……今のアルジェさん、泣いていますわ」

「あ……」


 言葉にされて、ようやく理解ができた。

 いつの間にか、視界が滲んでいる。泣き顔のクズハちゃんが、歪んで見える。

 彼女が言うように、確かに僕の瞳からは涙がこぼれているのだ。


「あ、れ……おか、しいな……どうして、こんな……」


 家に求められた結果をだせなかった時も、周りから冷たい目で見られた時も、玖音に不要とされた時も、地下で誰かと話したときも、こんなふうにはならなかった。

 涙なんて、もう何年も、最後に流したのがいつかも忘れるほどに流れていなかったのに。


「どうして……」


 どうして、僕は泣いているのだろう。

 分からない。理解ができない。何年も流していなかったから、止められもしない。

 滲んだ視界の中で、理解不能なしずくが何度もこぼれ落ちていく。


「……アルジェさん」


 クズハちゃんはただ、僕の名前を呼んで、抱きしめてくれた。

 玖音 銀士という捨てられた名前ではなく、アルジェという、生まれ変わった僕の名前を。


「あ……」


 体温を感じた瞬間、僕の喉はおかしくなった。


「ひ」


 涙だけじゃない。声も制御できない。言葉を上手くつくれない。

 喉の奥底から出てくるのは、少女のような泣き声だった。


「わ、あ……!!」

「……良いんですのよ、泣いても。あなたは泣いて、笑って……それで、いいんですの」


 髪に指を通される感覚がして、とうとうなにもかもが分からなくなった。

 ただ湧き上がってくる涙と、声に身を委ね、僕はただひたすらに泣いた。

 生まれて初めて感じるような感情の暴走を、理解も制御も出来ないまま、ただ透明なしずくをこぼし続ける。

 クズハちゃんはそんな僕を、ずっと抱きしめてくれていた。


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