もう二度と
「ふざけるんじゃありませんわよ!!」
汚い言葉だとは思うけれど、自分を止められなかった。
邪魔っけなものを蹴散らして、私は知らない町中を走る。
「アルジェさんのバカ、アルジェさんの分からず屋、アルジェさんの……ええとええと……ぐうたら!」
この場にいない相手のことを罵りながら、私は次から次へと現れる帝国の者たちを退けていく。
魔法を投げつけ、蹴りを入れ、分身に阻ませ、ひたすらに前へ。
「く、クズハちゃん、ものすごく怒っていますが……」
「当たり前ですのよ! もう今回ばかりはアルジェさんといえど、ぜーったいに許してあげませんわ!!」
ついてくる青葉さんもリシェルさんも完全に私を見て引いている気配があるけれど、知ったことではない。とにかく私は怒っているのだ。
「リシェルさん! 前が邪魔ですの!!」
「―、――!」
言葉は通じていないけれど、雷の矢が飛んだので伝わっている。じゃあいいですの。
正面の吸血鬼兵たちが感電によって身体をびくんと逸らして倒れていくので、遠慮なく踏みつけて走った。
「青葉さん、上から弓矢と投石ですの!!」
「え、ええ! 守りなさい、私のツタ!」
期待した通りのことをしてくれたので、弓矢と石を投げてきた相手に炎の魔法を叩き込んだ。
ついでに家屋に放火して混乱させておく。誰かの家なのだろうけど、無人のようなので気にしなかった。
「クズハちゃん、ちょっとアルジェさんに似てきましたね……遠慮のなさとか……」
「あんなのと一緒にしないでくださいですの!」
アルジェさんと違って、私はもう少し友達を大事にする。今だってそのために走っていて、邪魔なものは張り倒してでも進む。それだけの話だ。
「お嬢ちゃん、あの銀髪ロリっ子の居場所はわかるの!?」
「嗅ぎ慣れてますわ!!」
「お、おう……仲良しだな……」
「今は不仲なので、お説教しにいくのですわ! 周囲、お願いしますわね!!」
「「「任せろ!!」」」
反乱軍の人たちも、アルジェさんを助け出すのに協力してくれる。
……慕われていますのよ。
私だけじゃない。青葉さんもリシェルさんもフェルノートさんも、反乱軍の方々もみんな、アルジェさんのことを悪く思っていない。
アルジェさんの回復魔法があればこの状況が良くなるというのもあるだろう。けれど一番の理由は、誰もがアルジェさんのことを好きでいるからだ。
そのことを、アルジェさんは分かっていない。分かってくれようとしていない。
「もう、それじゃあダメですのよ……!」
前はそれでいいと思っていた。あの人の過去に何があったのであれ、いつか分かってくださればいいと、そんなことを考えていた。
けれど、もうそれではダメだ。いい加減に気づいてもらわないと困る。こんなふうに何度も置き去りにされる身にもなって欲しい。
「いい加減に……振り向いてもらわなくては、いけませんわ!!」
そのために今、私は走っている。
拒否されたって関係ない。私はアルジェさんの手を掴みたいのだ。
「……約束、したんですのよ!!」
アルジェさんがつらいとき、きっと傍にいると、私は約束した。
今、アルジェさんはたったひとりで、誰にも語ることなく、自分の中にある『なにか』と戦っている。それに私たちを巻き込みたくなくて、ひとりで行ってしまった。
……そんなの、つらくないわけがないでしょう!
ひとりで抱え込ませない。たとえそれが、アルジェさんが望まないことだとしても。
もう私は、大事な人を二度と失いたくはないのだ。
「あそこですのね!」
遠くに見えるものを、私は睨みつけた。
町の中心ではなく、そこから外れたところにある建物。塔のようにも見えるそこから、アルジェさんの匂いがする。
明らかに警備と見られる兵士たちがいることから見て、恐らくは兵器の研究施設なのだろう。
私たちの姿を見て戦闘態勢に入った兵士たちに、私は魔法を行使するべく集中する。
「邪魔を――」
「――流れろぉ」
「っ!?」
聞き覚えのある声がした瞬間、警備兵が倒れた。
瞬きの時間、音すらなくそれをやってのけた相手は気軽な調子でこちらを見て、
「よぉ、遅かったなぁ」
「クロムさん!?」
「まったくぅ。これだからヴァンピール以外のやつは困るんだよなぁ、ボクより遅いのばっかりなんだからぁ」
「クロムさん、アルジェさんの居場所は……」
「ふっふーん、もうバッチリだってぇのぉ」
軽い調子で、クロムさんは一枚の紙を取り出した。
「もう既に一度潜入して中の地図も描いた。ヴァンピールの居場所も、侵入ルートも分かるだけ記してある。あとはあいつを逃がすための人手が欲しかったんだけどぉ……」
「今、来ましたわね」
速いとは思っていたけれど、話まで早い。
クロムさんはニヤリと笑うと、反乱軍と私たちに向けて、
「あの馬鹿を助けるぞぉ! あいつがいないとぉ、回復に困るからなぁ!」
返ってくる言葉は、すべてが了解を示すもの。
流れがこちらに来ることを感じながら、私はクロムさんに質問する。
「クロムさん、アルジェさんに一番近い道を教えていただけますの?」
「……そうだなぁ。お前が行くのがいいだろぉ。ボクらは陽動しといてやるよぉ」
「助かりますわ……!」
多くの人に助けられて、私はアルジェさんの元へたどり着こうとしている。
自分では不足で、けれど、それでいいのだ。
未熟で、不足で、迷惑をかけて、それでも手を繋いでくれる人達がいる。そのことを、一番大切な私の友達に、伝えに行くのだ。
「アルジェさん……今、行きますわ」
踏み出す一歩を、私はもう迷わなかった。




