消える意思
暗く、音のない世界だった。
なにもないという自覚があって、そこから急激に空気の匂いや、音、光を感じて、僕の意識は覚醒していく。
それは、眠りから覚める感覚に少しだけ似ていた。
「う、あ……」
目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。
首を振って周囲を見渡せば、あちこちにあるのはなんらかの機械の群れ。
それらがなんの用途に使われるのかまではわからないけれど、少なくともこの世界では明らかに異質な程の『技術』が、そこにあった。
「起きたかい、玖音の同胞」
かけられてきた声は気軽で、起き抜けの頭に随分と響く。
再びちぎれそうになる意識を頭を降ることで保って、僕は言葉を作った。
「……僕は、同胞ではありません。いらないと言われて、捨てられた……から……」
「なんだ、本当に失敗作か。それなら転生も納得だ」
まだぼんやりとした視界の中で、相手は緩やかに肩をすくめる。
「くろがね、さん……」
「そう。元の世界では、黒い鉄と書いて、クロガネだ。君の名前は?」
「……玖音、銀士」
「聞いたことがない名前だな。僕が死んだ後に生まれたか、あるいはこちらとあちらの世界では時間の流れが違う可能性もあるし、単純に知らなかったというだけかもね?」
「……どうでも、いいです」
相手の言葉に、興味はなかった。
どんな理由があって僕たちがお互いを知らないのかも、こちらとあちらの時間の流れなんていうのも、興味はない。
「無気力だな。君なら霧化くらいはできるだろう。逃げようとしてみたらどうだい?」
「……どうせ、逃げられないような仕掛けがあるでしょうから」
腕と足を機械的な拘束具に繋がれて、今の僕は磔のようにされている。
クズハちゃんがつくってくれた軍服はもうボロボロだけど、どうでもいい。
……ダメだったんだ。
失敗した。転生してチート能力を得ても、なにも変えられなかった。
なにも成せなかったものが転生したところで、なにも変わることはできなかったのだ。
所詮、僕は『失敗作』なのだから。
「ははは、分かってるじゃあないか。では、僕はどうかな。君から見て、玖音らしいかな?」
「……ええ。どうして転生したのか、分からないくらい」
目の前の人はどこまでも玖音らしい。
他人を踏みにじってもなんとも思わないし、目的のために手段を選ぶこともなければ、その過程で誰かが傷つく事にだってなんの興味も示さない。
素直な感想を述べると、相手はひどく楽しそうに微笑んで、
「僕の転生の理由なんて単純なものさ。足りなかったんだ」
「足りなかった……?」
「ああ。僕は前の世界でも、こうして兵器開発に携わっていたんだ」
上機嫌な様子で手元の機械を操作しながら、彼は言葉を続ける。
「玖音の人間として、多くの兵器を開発したよ。多くは無駄だったがね」
「無駄、だった?」
「うん。だってそうじゃないか。玖音に逆らうものなんて、あの世界にはいないんだから」
ひどく、嫌な予感がした。
「殺すために作ったんだよ? 壊すために作ったんだよ? それなのに、誰も殺されに来てくれない。ああ、本当につまらない世界だった」
「まさか……あなたは……」
「……君が考えている通りだよ。僕はあの世界に不満を持っていた。僕が作った兵器がなんの成果もあげられない世界にね」
相手の笑みはもはや、亀裂のような歪みになった。
機械の操作を止めることなく、彼は笑う。楽しそうに、嬉しそうに。
「だからこの世界はいい。戦争がある。戦果がある。兵器の意味がある。ここなら僕は……本当の意味で、玖音として生きることが出来る!!」
「あ、あなたは……自分の証明のために、みんなを殺すつもりなんですか……?」
「そうとも。それが僕が転生した意味だからだ」
キッパリとした言葉に、僕は目の前が真っ暗になるような感覚がした。
……この相手は、ダメだ。
この人は危険過ぎる。
転生した後の生き方は自由にしろと、そんなことを言われたように思う。彼も、それは同じだろう。
そしてその自由の結果、彼は世界の全部を壊しかねないような道を歩んでいる。
「のこのこやってきて、馬鹿な子たちだ。君の仲間もぜんぶ、僕の戦果にしてあげるよ」
「っ……!!!」
「おっと、これが君の琴線だったか」
身体を動かそうとして、できなかった。
当然だ。僕は今、拘束されている。そしてこれを抜けたとしても、彼はいくらでも対抗策を用意しているだろう。
それでも、動かずにはいられなかった。たとえ拘束を抜けられないとしても、そのままではいられなかった。
「っ……おねがい、します……クズハちゃんたちには……みんなには、ひどいこと、しないでくださいっ……」
「……他人のためにそう言ってしまえるのか。なら、やはり君は玖音には不適格だったのだろうね」
「おねがいします……僕は、どうなってもいいですから……みんなはっ……お、おねがい……」
気が付くと僕は彼に頭を下げて、懇願していた。
これ以上、みんなを巻き込みたくない。僕なんかのために、傷ついて欲しくない。
この世界には、たくさんのありがたい人がいる。みんな自分だけでなく、他人のために真剣でいてくれる、ありがたい人たちだ。
みんな僕よりもずっといい人で、僕なんかのために傷ついてはいけない。ましてこれは、僕の問題なのだから。
「……なんでもするってことでいいのかな、それは」
「は、はい……だから、みんなのことは……」
「ふふ、いいとも。必要以上に抵抗しないなら、君の仲間を見逃してあげるよ」
相手の手が、ゆっくりとこちらへ伸びてくる。
嫌だ、という声を喉元で押さえつけて、僕は瞳を閉じた。せめて目を閉じていなくては、叫んでしまいそうだったから。
「自分以外の転生体ははじめてだ。意志を壊すのには時間がかかるだろうし、いろいろとデータでも取らせてもらおうかな?」
「うっ、やっ……ううううっ……!」
自分の身体を調べられる感覚に身震いして、僕は固く口を閉じた。
せめて、自分の意思が早く壊れてしまいますようにと祈りながら。
自分がどうしようもない失敗作だということを、僕は受け入れた。




