予定の外にあるもの
「……これは」
帝国の内部に入ってまず感じたものは、静けさだった。
人の気配はなく、家屋こそ並んでいるものの、一切の明かりがない。
「これは……住人を別のところに移送したのか?」
「まるでここが戦場になることを、予想してるみたいだなぁ」
「その通りだよ、反乱分子諸君」
「……!!」
聞こえてきた言葉に、底冷えするような感覚を得た。
その場にいる誰とも違う声の方向を見れば、一度見た顔があった。
「お父様……!!」
「クロガネ・クオンかぁ……!?」
「いらっしゃい。待っていたよ、反乱軍。それと、失敗作の人工精霊」
「待って……いた!?」
「戦力差を考えれば、君たちに取れる手段はあまりにも少ない。その中で最も効果的で早期終結に繋がるのは……一点突破くらいだろう?」
軽く手を振った瞬間、周囲のあらゆるところから、敵の気配があった。
生まれながらにして兵器となることを決められていた猟犬部隊と、吸血鬼の意思を剥奪して生み出された吸血鬼兵たち。
彼らが現れると同時に背後の扉も締まり、僕たちは完全に閉じ込められてしまう。
「さて、圧殺の時間だ。国内の面倒を片付けて、それから王国と共和国を料理し、あとは……有象無象の小国だけだとも」
「っ……総員! 来るぞ!! 退路は元から無い!! やるべき事を見失うな!!」
揺らぎかけた陣形が、ギンカさんの強い言葉によって正される。さすがにここまで連れてきているだけあって、反乱軍も精鋭揃いだ。
「っ……!!」
「アルジェさん!?」
そして、この場にいる誰もが動く前に、僕自身が疾走を始めていた。
悲鳴のように名前を呼ぶクズハちゃんの声を置き去りにして、僕は目の前の相手へと速度を上げる。
「クロガネ・クオン……!」
かつての家名である『玖音』。それを口にすることを、僕はもう躊躇わなかった。
自らの肉体から刀を抜き放ち、疾走する。殺すのではない、ただ無力化する。それで少しでも戦況は変わるだろうし、なにより僕の目的はそれだ。
「君は……なるほど、そういうことか。では、こうしようか」
「っ、あっ……!?」
がくん、と身体が崩れ落ちる。
それは急激な違和感だった。まるで頭を直接混ぜられたかのように、吐き気のような気持ち悪さに視界がぐらつく。
この感覚には覚えがある。かつて、金色の吸血姫と呼ばれるエルシィさんと戦ったときに、お互いの精神が混ざりあった結果、こちらの意識が『喰われ』そうになった。
「あ、ぐ、ぅ……こ、これは……?」
「吸血鬼は魔力体で、魔力というのは精神エネルギーだ。つまり君たちは魔力の流れや心が乱れることに弱い。アルコールの摂取が最たる例だな」
静かな様子で言葉を重ねながら、クロガネさんはスイッチのようなものをこちらに見せてくる。
「これは、吸血鬼をその状態にまで落とすための力場を発生させる道具だ。既に意志を奪っている僕の兵士には効果がないが……まあ電磁波で機械を壊すようなものだと思えばいいよ、なぁ、同胞?」
「っ……!!」
相手の目を見て、言葉を聞いて、僕は自分の正体が見破られていることを理解した。
「さて、それじゃあ――」
「「――接続ッ!!」」
「おっと、君たちがいたな」
こちらに手を伸ばそうとしたクロガネさんが、その場から離れる。
一瞬前まで彼がいた場所に、いくつもの炎や、弓矢が着弾した。
「アルジェ様!」
「アルジェさん! 動けますの!?」
「クズハちゃん、リシェルさん……」
助け起こされるけれど、頭の中身がぐらぐらする。
心配そうな顔をしてくれるクズハちゃんが、どこか遠い。
「無理してはいけませんの! どうして、あんな……!」
「……クズハちゃんには、関係の無いことですよ」
彼女の手を振り払って、僕は立ち上がった。
「アルジェ、さん……?」
「これは、僕の問題です……これは、このことだけは……巻き込んでは、いけないから……」
「そんな、私は……!!」
なにかを口にしようとした気配を振り払うようにして、僕は加速した。
背後からは既に戦闘の音が聞こえている。つまり、後ろは気にしなくてもいいという事だ。
「随分とひどい目だ。やはり君は、我が家の失敗作のひとりか」
「っ……!!」
答えはいらないと思ったので、ただ刃を握り、加速を追加した。
速度は落ちている。けれど、それでも目の前の相手は強い道具を持っているだけの人間だ。
だとしたら、それを使われる前に、いや使われたとしても、ねじ伏せることは充分にできるはず――
「――馬鹿者め」
「っ……!?」
前だけを見ていた僕にとって、それは予想さえもしていなかった攻撃だった。
背後から首を打撃された感触があり、それは明らかにいつもよりもずっと、重く響いた。
「あ、く、ぅ……」
どさ、という音が、自分が倒れたためだということを理解することすら、少しの時間を要する。
見上げた相手は、何度かぶつかり、戦ったことのある相手だった。
「シバ、さん……」
「この刃の銘は、『無幻の泉』。お前が持つ刀の姉妹刀よ」
吸血鬼のように姿が曖昧なものでさえ、切断する刃。峰打ちだけど、それは確かに僕を捉えた。
打撃によって揺さぶられ、僕の意識は緩やかに消えていく。
「ああ……ね、むい……」
なにもできずに、なにも掴めず、なにも問うことさえできなかった。
所詮、僕のような『失敗作』には、ここが限界だったのだろう。
まぶたが重くなる感覚に、もはや僕は抗おうと思わなかった。




