リベンジマッチ
「……で、なんでこんなことになってるんだぁ」
「僕にもさっぱり分からないんですが……模擬戦、ということらしいですよ?」
わいわいと周囲でざわめきが起きているのは、反乱軍のメンバーの歓声だった。
というか明らかにお酒だのつまみだのを抱えている人も結構いて、この間ギンカさんたちが戦ったときと比べると温度というか、テンションの差が凄い。
……ええと、なんでこうなったんでしょうか。
正直言って、さっぱり分からない。なぜ戦う必要があるのだろう。
ギンカさんがこちらのいうことを無視してお膳立てをするものだから、ものの半日で準備が整ってしまったけれど、こんなことになるなんて思いもしなかった。
「はぁ……まったくぅ。どうせギンカの仕業だろぉ。見世物じゃないんだぞぉ」
面倒くさそうにそう言って、クロムちゃんは溜め息を吐く。
どこか居心地が悪そうと言うか不機嫌そうなのは、あまり注目されたくないということかもしれない。
クロムちゃんは自らの魔具である『滲む音死児』をそっと撫でて、こちらを見た。
琥珀色の視線はどこか憂いを帯びていて、迷っているような雰囲気が感じられる。
「……やれっていうなら、それは願ったり叶ったりだけどねぇ。急だから驚いたけどぉ」
「……クロムちゃんは、やっぱり再戦がしたいんですか?」
「あったりまえだろぉ! ……と、言いたいところだけどぉ……」
クロムちゃんはちらりとこちらを見て、再び大きな溜め息をこぼした。
面倒くさいのではなく、やりたくないという意思が感じられる態度。紡がれてくる言葉もやはりそうで、
「……正直ぃ、やりづらいとは思ってるんだよぉ」
「そうなんですか?」
「……負けたのは本当だろぉ。オマケに今は仲間でぇ、たまにお茶を飲む仲だぁ」
「まあ、確かにそうですね」
出会ったときは確かに僕たちは敵対したけれど、今は同じ反乱軍に身を寄せている。
必要以上に仲良くする必要は無いけれど、ついつい構ってしまって、気がつけばお茶を飲むこともあるようになっていた。
「だからぁ、機会はなくなったと思ってたんだぁ。それをこんなにあっさりと目の前に出されてぇ、嬉しいより困惑の方が強いよぉ」
「ええと……止めておきます?」
「……そういうわけにもいかないだろぉがぁ」
ゆらり、とクロムちゃんが身体から力を抜く。
構えるというよりは、瞬発するために余計なものを外した。そう感じられるほど自然に、彼女は戦闘態勢に入った。
先ほどまでの緩い空気は一瞬で消え去り、じわり、じわりとこちらの背中を撫でるような殺意がやってくる。
「反乱軍にとって、ボクが厄介者だってことくらいは分かってるよぉ……」
「厄介者……?」
それは違う。違うと思う。
少なくとも、昨日のギンカさんの口ぶりでは、そうではなかった。
反乱軍は彼女の力を認めていて、だけど、近寄りがたく感じていると、そういっていたのだ。
けれど、クロムちゃんの方はそうは思っていないらしい。いや、だからこそ、必要以上に周りと馴れ合うのを避けていたのだろうか。
「ギンカが何を考えているのか知らないけどぉ……ここにいる以上はぁ、力を見せろといわれたら、そうするまでだよぉ」
「クロムちゃん、それは……」
「もう、頭はしっかりと切り替わったぁ……」
ゆらり。ゆらり。
振り子のようにして、クロムちゃんが揺れる。
緩やかで、静かで、どこか目が離せなくなる。そんな動きだ。
「揺らげぇ」
そして、一瞬で首元に手刀が振るわれてきた。
「っ……!」
距離を離すことを選択したのは、クロムちゃんの速度が前よりもずっと速かったから。
遅れてやってきた危機感が、寒気として背中を撫でていく。
たらりと汗が流れることを自覚しながら、僕は身構えた。
「……相変わらず、ムカツク速さだなぁ」
「クロムちゃんは、前よりも速いですね」
「はっ……当たり前だろぉ」
振り抜いた手刀を降ろして、クロムちゃんはこちらを見る。
琥珀色の瞳は獰猛に歪み、向けられてくる殺気はねばっこく、まとわりつくかのようだ。
過去に、ネグセオーと出会った森で対峙したときよりもずっとずっと、今のクロムちゃんの気配は鋭い。
クロムちゃんは僕を追って帝国へと流れ着き、そこで反乱軍に身を寄せて、きっといくつもの戦いを経験してきた。強さはあのときよりも、ずっと上のはずだ。
「本気で行くぞぉ……死んでも文句は言うなよぉ……?」
「……どっちが勝つにしても生きて、あとでお茶しましょう?」
返答ではなく、ただ手刀が叩き込まれてきた。
フェルノートさんたちの時と同じ、開始の合図もなく、模擬戦とやらが開始された。
コミック版が明日三巻発売なので、買っている方はぜひ。
このままだともうすぐ発売の原作7巻の方がなろう版より進んでしまうのですが、忙しいんでのんびりやります。




