吸血鬼さんと傭兵さん
「あのなぁ……ボクはお菓子職人じゃないんだぞぉ……?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、クロムちゃんは焼きたてのクッキーをこちらへとよこしてくれる。
「いえ、今回もわざとではないんですが……」
夜中になんとなく起きてしまい、水を求めて外へ出たのが少し前。
厨房にいったところでクロムちゃんがお菓子を焼いているのを見てしまい、こうしてご相伴にあずかることになった。
といっても、別に僕が求めたわけではなくて、クロムちゃんの方から誘ってきたのだけど。
指摘すると、クロムちゃんはどこか恥ずかしそうに頬を染めて、
「……そんなこと分かってるよぉ。分けてやるから誰にも言うなよぉ」
「ええと……クロムちゃんがこっそり夜中に贅肉の元を摂取してたことを?」
「デブじゃないよぉ! ほら、見てみろよぉ、贅肉なんて無いだろがぁ!!」
「そうですね……真っ平らです……」
「お前お腹じゃなくて胸見て言ったなぁ!? そうだなぁ!? 殺すぞぉ!!」
殺されたくないので口をつぐむと、クロムちゃんは顔を真っ赤にしてはあはあと息を整えた。
……面白いなあ。
フェルノートさんとは違う意味でいじると面白い。
あんまりいじりすぎたら本気でかかってくるかもしれないので、ほどほどにしないといけないけど、ついついやってしまう。
「……そうじゃなくてぇ、ボクがお菓子作ってたことを言うなっていってるんだよぉ」
「知られるとマズいんですか? バターが貴重品だから怒られるとか?」
「材料はボクが個人的に買ったものだからそれはないよぉ。単純に、お菓子作れるなんて知られたらめんどうくさいんだっつってんのぉ」
「ああ、そういうことでしたか」
つまり知られて、それをやって欲しいと頼まれることが嫌なのか。
そういえば前にクッキーを作ってもらったときも、「ボクが作ったって言うなよぉ」って念を押されていた。
気持ちが分かるので、今後も黙っておいてあげよう。
「はむ……あ、美味しいですね」
さくさくとした食感を楽しんでいると、お茶が入れられた。
入れてくれた相手を見ると、どこか不機嫌そうな顔をしつつも頬を染めて、
「ほら、喉渇くだろぉ。飲めよぉ」
「ありがとうございます」
なんだかんだ言いつつ、クロムちゃんは意外と世話焼きだ。困っている人がいればさりげなく手伝いに入っていたりしているのを、たまに見かける。
はじめて出会ったときは戦っただけで、知らなかった一面。それを知ることは少しだけ楽しかった。
「言っとくけどぉ、ちゃんと食べたら歯を磨けよぉ。お腹出して寝るなよぉ」
粘っこいと思っていた間延びした声も、こうしてふつうに話しているとちょっとしたクセ程度にしか思わないから不思議だ。
琥珀色の瞳をじと目にしつつ、クロムちゃんの方もクッキーをかじっている。意外と甘い物が好きらしい。
「回復魔法で綺麗にすればいいですから」
「……それふつう、歯を磨いた方が魔力の消費的に良いやつだろぉ。どんだけ魔力が余ってるんだよぉ」
「そういえば、フェルノートさんにも似たようなことを言われましたね」
僕が使っている高位の回復魔法は本来なら非常に魔力の消耗が大きい。
お風呂に入る代わりに使うくらいなら、お風呂に入った方が労力がないくらいには燃費の悪い魔法らしい。
もちろんそれは通常であればの話で、膨大な魔力と回復力を持つ僕にとってはあまり大した問題ではないのだけど。
「あ、美味しいですね、このお茶」
「茶葉に果物の香りをうつしたやつだよぉ。好きなんだよねぇ。ちょっと高いんだけどねぇ」
いわゆる、フレーバードティと言われるものか。
レモンティーなどがこれに該当するわけだけど、異世界にもあるんだなぁ。
ふわりと嗅覚に触れてくる香りは甘く、桃に似ていた。
クロムちゃんはそれに砂糖をふた欠片ほど入れている。やっぱり、結構甘党だと思う。
「はふぅ……」
「クロムちゃん、甘いの好きなんですか?」
「わりとねぇ。疲れると甘い物だよぉ」
「疲れる……まあ、そうですね。栄養が少なそうですし……」
「お前また胸見て言ってるだろぉ!?」
「……やっぱり孤児で栄養が足りなかったんですか?」
「死にたいんだなぁ!? そうだなぁ!?」
しまった、ついついいじってしまった。
あんまりいじりやすそうだから、誘惑に負けてしまった。
クロムちゃんはぎりぎりと歯を鳴らしてこちらを一通り睨んだあと、怒りを飲み干すようにお茶をあおった。
テーブルに座ることなく、立ったままでこちらを見下ろして、クロムちゃんは改めて口を開く。
「別にボクはぁ、おっぱいなんて無くてもいいんだよぉ。明らかに重いし、動きづらそうだしぃ?」
「はあ、そうなんですか」
その割に指摘したら凄い睨んでくるのはなぜだろう。
「まあちょっとだけ、あの聖騎士様の胸元を見てると切り落としたくなるけどねぇ」
それ絶対気にしてますよね。
とは思ったものの、さすがに喉元で飲み込んでおいた。
「だいたい、体型で言ったらお前もそんなに変わらないだろぉ!? この、このツルペタぁ!」
「あ、ちょっとクロムちゃん、そんな急に……やっ、あんっ」
「……な、ん、で、ちょっとボクより大きいんだよぉぉぉ……!!」
「んぁっ、そ、そんなの知りませっ……んんっ、く、クロムちゃん、ちょっと強、いぃ……」
自分から触ってきたくせに理不尽な話だと思うけど、クロムちゃんが怒り出した。
服越しとはいえ、そんなに強く掴まれるとさすがに痛い。
抗議の声を上げると、クロムちゃんははっとした顔をして手を離した。
「わ、悪かったよぉ……」
「うぅ、ちぎれるかと思いました……そんなに無いのに……」
「ボクよりあっただろうがぁ! この裏切りものぉ!!」
「裏切ったとかそういうのなんですか、これ……痛いの痛いの飛んでいけ……」
ひりひりと痛む胸に、一応軽く回復魔法をかけておいた。
クロムちゃんはぶつぶつ言いつつも悪いとは思っているらしく、焼いたクッキーの残りをすべて無言でよこしてきた。
「ええと、ありがとうございます」
「ふんっ」
ぶすっとした顔で、クロムちゃんは出ていってしまった。片付けはしておけと、そういうことだろう。
あと、あまり胸でいじるのはやめておこう。我慢できる限り。
「……うん、やっぱり美味しい」
さくっと小気味のいい音が、僕しかいない調理場に響いた。
「クロム? いるのか?」
「あ、ギンカさん」
「アルジェ? クロム……は、入れ違いになったようだな」
テーブルに広がっているふたり分のお茶会のあとを見て、ギンカさんが呟いた。
「良ければ私のお茶にも付き合ってくれないか、アルジェ」
「あぁ、はい。構いませんよ」
お菓子が終わったらさっさと寝てしまおうと思っていたけど、クロムちゃんが思いっきり胸を揉んでくるものだから、ちょっと眠気が覚めてしまった。
新規のお茶セットを用意しながら、僕はハーフエルフの女性に、どうぞ、と声を掛けた。
 




