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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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23/283

女好きは苦労する

「……ふう」


 ペンを置き、目を閉じる。

 机の上、文字通りに山積みとなっている書類の終わりはまだ、果てしなく遠い。視界を閉じてほんの一瞬でもそのことを忘れなければ、やってられないくらいだ。

 アビスコールの襲来――それをアルジェントが退けてから、一夜が明けている。昨日(さくじつ)の件についての書類がまだまだ大量に残っているのだ。


「サマカー様、お疲れさまです~」


 横、私を労う間延びした声と共に、水が注がれる音がする。

 瞳を開けて見れば、私の執務の補佐を担当する十二番目の妻――エルデラの姿があった。

 いつも通りに私の用意した侍女服を着こなして、私を労いつつお茶を淹れてくれる。優秀な補佐官であり、愛する妻でもある女性だ。


「サマカー様。私が様付けしてるときは『公私』の『公』だって、前に私言いませんでしたっけ~?」


 ごく自然な動きで尻に手を伸ばしたつもりだったのだが、エルデラ「君」はお見通しだったようだ。笑顔で手の甲をつねられてしまった。

 執務室の壁に背を預けている私の護衛役のユズリハ君が、こちらを半目で眺めて溜め息を吐いている。


「手厳しいな、二人とも」

「うっさいですよ、サマカー様のエロ~」

「エロ領主」

「本当に厳しいな!?」


 仕事の外では二人とももう少し私に優しいのだが、こういうときは容赦がない。それが故に、助かっている部分もあるが。


 ……必要のないところで甘えなくて済むからな。


 我ながら悪癖だが、美しい女性を見るとついつい脱線してしまいがちだ。書類仕事も好きな方ではない。

 そういうとき、この二人は圧力をかけてきてくれるので有り難いのだ。

 それでいて、仕事を離れれば結構甘やかしてくれるところもあり、一人の男として幸せを噛みしめられる。二人とも良い女性だ。

 しかし、今は多少脱線した方が良い時間帯でもある。エルデラ君の方もそれは解っているらしく、今日はいつもよりお茶を淹れてくれる回数が多い。実に有能な部下だ。

 ユズリハ君はいつも通りだが、彼女は私の護衛だ。何もなければ動かないのがふつうなので、あれで良い。

 なお、彼女は私の妻ではない。本当ならばユズリハ君にも私の妻になって欲しいのだが、「嫁になったら戦うなというなら嫁にはならない」と、何度プロポーズしてもかわされている。そこが良いのだが。寧ろ良いのだが。


「エルデラ君、お茶請けを貰えるかね」

「はいはい、本日はカステラの良いのが入ってますよ~」

「ほう。それは楽しみだな」

「サマカー。来る」

「そうか、早いな」


 ユズリハ君の短い言葉。ややあってから、私にも「来た」のだと解る。

 遠慮のない足音だ。明らかに侵入者という感じだが、兵たちには『彼女』が館に来たら通すように言ってある。

 その気になられればうちの兵では彼女の相手にはならないだろうから、そもそも止めても無駄だ。

 執務室のドアを乱暴に開け、彼女は現れた。


「これはフェルノート殿。ようこそいらっしゃいました」


 フェルノート殿は私の言葉には応えず、こちらに視線だけを送ってきている。

 凝視とは違う。かといって冷たくもない。あれは明らかに、怒りの目だ。

 一歩一歩を踏む音が部屋中に響くほどに力の籠もった歩みで、彼女は私の前までやってくる。執務用の机を挟み、一対一となる位置へ。

 力んだ歩みのせいで彼女の豊満な胸が激しく揺れていたが、今そちらに目をやるとさすがに冗談では済まないので自重した。

 ようやく口を開いた彼女の言葉は、予想通りのものだ。


「サマカー……貴方、あの子をどこへやったの?」

「あの子? 誰のことですかな?」

「とぼけないで!!」


 強い言葉には、行動も伴ってきた。執務用の机が割れるのではないかと思うほどに軋む。彼女が強く両の手のひらを叩きつけた結果だ。

 この展開は予想していたので、打撃される前に書類の山を持ち上げておいた。隣ではエルデラ君が同じようにお茶のカップを持ち上げているので、被害はゼロだ。

 しいて被害があるとすれば彼女の胸が凄かったことくらいか。あんな風に揺れて、痛くはないのだろうか。


 予想通りの言葉に、予想通りの展開。

 ここから先もある程度は予想しているので、次の相手の言葉が来るまでに私はいくつかの言葉を用意しておく。

 そうして準備をしていると、相手から言葉の続きが来た。


「アルジェ……アルジェント・ヴァンピールのことよ!」

「知りませんな」

「とぼけるなって言っているでしょう!?」

「ふーむ……数日前から噂になっていた回復魔法使いですかな? それならば、まだ会ってもおりませんな」

「は!? 何を言って……」

「私は忙しいのですよ、フェルノート殿。アビスコールの被害を計上し、復興までの段取りや必要資金、人員などの調整をせねばならないのです。『少し』回復魔法に長けている魔法使いなどという、どこにでもいるような存在に構っている暇などないのですよ」

「……貴方」


 フェルノート殿の目が見開かれる。ようやく解って貰えたようだ。今私が語っている、建前の裏側を。

 目の前にいる彼女は、元王国騎士団。それも女性だけで構成された三番隊の副隊長をしていた。逆に言えば、副隊長止まりだった理由があるということだ。


 ……真面目だからだ。


 彼女は真面目だ。故に腹芸も出来なければ、回りくどい言い方をされたときの理解も遅い。

 真面目、といえば聞こえが良いが……言い換えれば、少し鈍感と言うことだ。

 腕は良いが、真面目で愚鈍。それが彼女の王国騎士時代の評価。煙たがるものも多く、出世はそこそこで留まった。

 今はもう少し丸くなり、多少の腹芸は理解してくれるようになったが……相変わらず、自分がやるのは苦手なようだ。


「……昨日のことは、どう報告するつもり?」

「報告も何も。アビスコールの被害が随分と出ましてな……」

「……私には、そうは見えないけれど。いつもより遙かに、簡単に収まったように見えるわ」

「いやいや、船はいくつも沈み、何人かは命を落としました。それに避難中に転んで怪我をしたとか、火事場泥棒の被害もありましてな。いやぁ、一枚一枚、隅々まで、じっくりと目を通さねばならないのは辛いのですが、これも領主の仕事ゆえ、手は抜けぬのですよ」


 フェルノート殿は静かだ。こちらの言う言葉をひとつひとつ噛みしめて、意味を理解しようとしているのだろう。

 そう、彼女は真面目なのだ。だから一度真面目に受け取って、それから考える。私の言葉の裏側を。


 はっきりと言っても良いのだが、そうやって真面目に受け取るフェルノート殿がどこか愛らしくて、ついついこういう風にしてしまった。

 これも悪癖であるな。自覚はある。直す気は無いが。

 さて、そろそろ次の句をついでも良いだろう。


「故にアビスコールの前にいきなり現れ、これを退けて何処かへ飛び去った魔物のことを王へと報告するのにも、まだ随分と時間がかかりそうでしてね。いやはや……本当に困ったものです」

「……その魔物は、どっちに飛んでいったの」

「はて……帝国か、共和国か……」

「……国境の方角なのね? それも、どちらにも行けるような」


 真面目な方らしく、地理をしっかりと把握していると解る言葉だ。

 肯定も否定もせず、私は書類の山を机へと戻す。これ以上、私から話すようなことはないからだ。

 そしてそれは向こうも同じだろう。私がこれ以上喋らないというのが伝わったらしく、机から離れてドアへと向かっていく。退室するのだ。


「助かったわ」


 渋々という感じながらも礼を述べて、フェルノート殿は姿を消した。


「デカパイがストーカーになった」


 基本的に他人が周囲にいるとき、私の部下たちが喋ることはない。

 ユズリハ君が口を開いたのは、フェルノート殿が退室して少しの時間を空けてからのことだ。


「そう言うな、ユズリハ君。彼女は一途なのだ」

「物は言い様ですね~。クソ真面目で良いじゃないですか~」

「デカパイ」

「君たち本当に厳しいな」


 私が他人と話しているときには口を挟まないようにしていてくれて、本当に良かった。そうしてくれなければ、間違いなくもめ事を作る。

 もちろんこういう正直なところも愛しいのだが、公私を分けてくれる部下たちで本当に良かったと思い、私は溜め息を吐くのだった。


「しかしサマカー様。人の口に戸は立てられませんよ~?」

「アルジェントについて多少の噂は広がるだろうが、私が「預かり知らぬ」としておけば、王も大して重要視はすまいよ」

「あのデカパイは?」

「『治った視力で世界を見てくる』と言って旅立った。王が聞くようであればそう言っておこう」

「エロ」

「何故だ!?」


 今のはさすがに何故だ!?

 そう思い、言葉にもしたものの、ユズリハ君は無視を決め込むどころかエルデラ君からカステラを貰って食べていた。

 本当に、他人が居ないところでは自由に振る舞うな……そう思いつつ、私は自分の仕事に取りかかることにする。ミスがないように、ゆっくりと時間をかけて。

 やれやれ。この調子では王に報告など、何時になるやらだ。


「ところでサマカー様~」

「なにかね、エルデラ君」

「外でアルジェ様を出せって言ってる民衆の皆さんはどうします~?」

「……奴らも相当だな」


 恐らくは町に住んでいて、彼女の世話になった者達だろう。感謝の言葉を述べたくて仕方がない。そういうことだ。

 こちらもうまく話をして、乗り切らねばなるまい。騒ぎがこれ以上大きくなってしまっては、王の耳に入るのが速まってしまう。

 本当に、やれやれだ。

 幸いにも彼女は慕われていた。騒ぎが大きくならないようにしたほうが彼女のためだと解れば、彼らもある程度は収まってくれるだろう。

 もちろん収まらないものもいるし、既にアルジェの噂を持って町を出たものもいる。

 エルデラ君の言うように、人の口を塞ぐことはできない。


 ……それでも、少しでも緩和しなければな。


 もう一度溜め息を吐き出して、私は執務室から退室するべく立ち上がった。

 これも美しい女性が、己らしく生きられるようにするためだ。

 私の手には収まらなかったが、せめて彼女が望む場所で美しくあれるように、ただ祈ろう。

 私に出来ること。それだけのことをして。


「サマカー様ニヤニヤしてキモいですよ~」

「エロいことを考えている」

「そろそろ少し優しくしてくれても良いのだよ?」

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