さーびすかっとたいむ
意識が揺れる感覚はまどろみで、僕にとってはどこまでも優しく、安心するようなものだ。
……ああ、やっぱりこの時間はさいっこうです……♪
意識の有無の境目。気持ちの良い時間。まるで雲の上に浮かんでいるかのようで、ふわふわして心地が良い。
「んへへぇ……あと十二時間……♪」
「あの、アルジェさん。それはさすがに寝過ぎというか……起きてくださいですの」
「ふみゅ……んぅぅ……?」
ゆさゆさと身体を揺さぶられて、眠りと覚醒の間で揺れていた意識が、一気に浮き上がりかけてしまう。
もう少しだけ眠りたい気持ちに任せ、いやいやと首を振ると、もふもふとしたものに顔が埋まる。
ふんわりとした感触は少しだけくすぐったいけれど、触れ心地が良い。眠気に沈むようにして、僕はぐりぐりと顔をこすりつけた。
「んふぅ……もふもふ枕ぁ……♪」
「ひゃっ……あ、アルジェさん! そこは私の尻尾ですのっ!」
「んえ……ああ、クズハちゃん……?」
聞き覚えがある声での悲鳴が聞こえて意識を覚醒させれば、知り合いだった。
クズハちゃんがやや涙目で、僕のことを見下ろしている。もふもふの感触の正体を確かめてみると、彼女の尻尾だった。
「ええと、すみません。寝ぼけてしまっていたのでつい」
「構いませんけど、ちょっと寝過ぎですのよ? 個室に鍵もかけずに、不用心ですの」
僕が手放した尻尾を手ぐしで整えながら、クズハちゃんが溜め息を吐く。なんだかお母さんみたいだ。
「ところでクズハちゃん、なにかご用ですか?」
「久しぶりに、服を作ってきたんですの!」
上機嫌のクズハちゃんが、新作らしい服を取り出す。
見たところそれは深い色をしているけど、どんなものかまではさすがに一見では分からなかった。
「サツキさんにも教わって、前よりも凝ったデザインもできるようになったんですのよ」
「前からだいぶ凝ってたと思いますが……」
今までクズハちゃんが作成したのは、メイド服と和服。
どちらもしっかりとした作りとデザインで、充分すぎるほどに良い出来だった。
基本的にはゼノくんから渡されたいつものローブ姿でいるけれど、やはり友達からもらった服なので、たまに身につけるようにはしていた。
「ええと……じゃあ、これを着ればいいんですね?」
「はい、ぜひに! あ、着るの手伝いましょうか?」
「あ、いえ、その……み、見れば分かりますから」
前の僕であれば素直に従っていただろうけど、最近ちょっとだけ、裸を見られることに抵抗がある。
やんわりと断ると、なぜかクズハちゃんは尻尾と耳をしょんもりと落として、
「そうですの……それじゃ、外にいますから、終わったらお呼びくださいですの」
クズハちゃんが部屋から出て行ってくれるのを確認してから、僕は自分の衣服を外す。
「……下着つけているのも、慣れてしまいました」
いつの間にか、女の子らしいものを着用するのにも面倒くささを感じなくなってしまった。
寧ろ普段の格好がスカートばかりなので、ぱんつだけはしっかり穿くようにした。
「んしょ……うわ、相変わらずぴったり……」
クズハちゃんには最初に服を作ってもらうときに採寸してもらったし、吸血鬼は成長も劣化もしないので、採寸した通りに作られればそうなる。
袖を通し、スカートを穿き、足先はタイツ。ブーツは厚手で、足を入れるともこもことした感触で気持ちが良い。
最後に帽子をかぶれば、着替えは完了する。
「これは……ええと、軍服?」
自分の姿を眺めて、端的に出てくる感想はそれだった。
ぴしっとしたデザインで、露出度は少なめだ。
疑問符をこぼしているところで、部屋のドアがノックされた。
「あ、どうぞ」
着替えが終わったので、もう入ってきても構わない。
促しの言葉をかけると、クズハちゃんは入ってくるなり嬉しそうにこちらへやってきて、
「ああ、やっぱりよく似合いますわね! どこかキツいところとかありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ぴったりです。クズハちゃん、この服って……」
「帝国の軍人が着ている服だそうですの。やっていることはともかく、服はちょっと可愛いので、デザインを盗んでみましたわ」
「はあ、そうなんですね」
猟犬部隊の人たちが着ていたのとは違うけど、あれはたぶん公式というよりは親衛隊みたいな感じだろうから、こっちが帝国の制服か。
しっかりと全身を覆うようでいて、それでいてわりと動きやすい。軍人ではないけれど、着心地は割と良かった。
「……でもこれ、反乱軍の拠点で着てたら目立ちますよね」
「ええ……実はノリノリで作ってしまったはいいんですけれど、どうしたものかなと思いまして……」
「あるあるですね……」
気が乗ってやってしまったは良いけど、実用性とかあんまりなかったり、食べきれなかったりとかそういうやつ。
出来が良いだけに残念だけど、使う機会というのはあまりなさそうだ。
「ええと……あ、そうですの! これを着て潜入とか!」
「……さすがにこんな子供体型が着てたら怪しまれると思いますが」
「うぅ、そうですわよね……」
「まあ、せっかく作ってくれましたから、嬉しいですよ。ありがとうございます、クズハちゃん」
使いどころは無いと思うけど、一生懸命作ってくれたのは本当だ。
だったらきちんと受け取るべきだろう。前のように焼かれて全裸にならないとも限らないし。
「いえ、アルジェさんが喜んでくれたのなら良かったですの……テンション任せに作ったかいがありますわ」
「とりあえず今日は外に出る予定もないので、このままで過ごしてみますね」
「で、でしたらこう、一回くるっと回ってくれませんの? 全体を眺めたいんですの!」
「……まあ、クズハちゃんが見たいなら」
ちょっと恥ずかしいような気もするけど、作り手のクズハちゃんがそう言うなら少しは付き合うべきだろう。
軽くサービスしつつ、僕はクズハちゃんと友達同士の時間を過ごした。
お昼寝は好きだけど、こういうのも少しだけ悪くない。なんとなく、最近はそう思う。
今日お誕生日でした。
また1年、物書きとして生きていけましたので、また1年頑張ります




