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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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222/283

越えるべき壁

「速いですね……」


 踏み込みの速度を見て、リシェルさんが感嘆の吐息をこぼす。

 クロムちゃんのように目で追うのが困難な速度ではないけれど、その身長からは想像もつかないほど、フェルノートさんは速い。

 それだけの死線をくぐってきたのだと分かる、タイミングを心得た動き。並の相手であれば、それだけで虚を突かれるだろう。


「腕くらいは覚悟してもらうわよ……!」


 後で治せるとはいえ、ひどい言い草だ。

 剣閃は踏み込み以上に速く、風すらも置き去りにするかのようだった。

 言葉通りに腕狙い。戦意喪失を狙った一撃が、鋭く閃いた。


「っ……!」

「構わない。取れるものなら、だが」


 気軽な調子で、ギンカさんは剣を受け止めていた。

 武器を一切使うことなく、二本の指で紙でも挟むようにして、フェルノートさんの一撃は止められたのだ。


「……ふっ!」

「っ!」


 相手に対して、フェルノートさんは驚くどころか前へと踏み込み、蹴りをぶち込んだ。

 叩き込まれた前蹴りに弾き飛ばされるも、ギンカさんは腰を落とし、砂煙をあげながらブレーキをかける。


「……硬いわね。つま先が痛いわ」

「元騎士のわりに、随分と泥臭い動きをするな」

「悪いわね。私、組織にあまり馴染めてなかったのよ」

「ところで私のこと、忘れてません?」


 距離が離れた瞬間を狙って、青葉さんがツタを伸ばした。

 高速で成長したツタは、鎧と化したギンカさんをあっという間に巻きとってしまう。


「捕まえ――」

「――ては、いないな」

「なっ……」


 ギンカさんを縛り付けたツタが、黒の炎に焼かれて、無理矢理に切られてしまう。

 灰となったツタを手指で払い、ギンカさんは驚いたような声で、


「腕力で抜けられると思ったが、意外と硬いな」

「ギンカさん、そのふたりは見たところ、一軍匹敵クラスです。ちょっと本気出してください」

「シオンがそういうのなら」


 ぐ、と体勢を落とした彼女の背面から、陽炎がゆらめいた。

 背面に熱の存在を感じた瞬間に、ギンカさんは踏み込んだ。


「っ……ええいっ!!」


 フェルノートさんは危険を感じたのか、既に体勢を整えていた。

 ぎん、という派手な音がして、鎧の手刀と剣が衝突する。

 衝撃はあまりにも大きく、フェルノートさんは砂煙をあげて後退して、けれど、しっかりと受け止めた。


「驚いた、今のは竜の突撃にも匹敵するのだが」

「くっ、この……まともに受けたら死んでるわよ、今のは!!」

「……シオンが本気を出せといったからなぁ」

「ええい、このバカップル……!!」


 今までみんなが思っていて言わなかったことを、フェルノートさんがついに言った。

 同時に、手心を加えて勝てる相手ではないと思ったのだろう。二色の目により強い意志を宿らせ、フェルノートさんは後ろに跳躍した。


「本当に、腕の一本くらいは覚悟しなさいよね……! 光指す道を拓く、聖剣よ……」


 謳いあげるような言葉が、空に響く。

 共和国でも聞いたこの詠唱は、彼女が本気を出すときのものだ。

 物理的な剣ではなく、魔力そのものを刃として生み出す剣。


「我が身に集いて、顕現しなさい! マテリアライゼーション!!」


 発動のキーとなる言葉が紡がれた瞬間、フェルノートさんの手には光の剣が握られていた。

 まるで太陽を刃にしたかのような、魔法によって精製された魔法の剣。

 見とれるようなどよめきは反乱軍たちのもので、誰もが彼女に注目していると分かる。


「……山をも両断したと言われる、オッドアイの聖騎士どのの本物の剣か」

「昔の話よ」

「では、今はどうか」

「試させていただきますね!」


 ぶん、という、鈍い音がした。

 ギンカさんの両の手に赤黒い輝きが灯る。

 光は刀の姿をしており、黒色の鎧を彩るようだった。


「魔力収束刀、いけますよ!」

「無詠唱で魔法の剣を……!?」

「魔力関係の制御はシオンがぜーんぶやってますからね! ギンカさんは……思いっきり行っちゃってください!」

「了解した。ミヤマ家が一子、ギンカ。推して参る……!!」


 踏み込みは即座に剣戟を生んだ。

 無数の音が交差し、そのすべてが僕の目でなんとか追えるけれど、どんな技術のものかは理解できないものだ。


 ……速い上に、鋭い!


 ただ刃を力と速度任せに振るうのではなく、一撃一撃に無駄がない。必殺でありながら、確実に次に繋がっていく。閃きが無数に重なり、止まらず、とどまらない。

 押しているのは明らかに二刀を振るうギンカさんの物量だけど、フェルノートさんは意外なほど冷静に、一本の剣でそれをさばいていた。

 剣と刀のぶつかり合いは途切れることなく、二色の剣の線はまるで二匹の蛇がお互いを食い合うようにして絡み合う。


「すっごいですわね……」

「二刀を扱う技術もそうですが、それを一本でしのぐフェルノートさんも相当ですね……」


 青葉さんが手出しできずに困っているくらいには、それは高度な戦いだった。

 当然か。青葉さんは元々は生け花が得意な、言うなれば文化人だ。

 今目の前で起きている玖音の武人でも到達しているかどうかというほどの技術の応酬には、いくらチート能力があったとしてもそうそう割り込めるものではない。


「邪魔にならない程度の支援はしますよ……!」


 それでも、やはりふたりで戦うのだ。なんだかんだで面倒見が良くて責任感の強い、青葉さんらしい。

 青葉さんは手指に種をつまみ、それを放り投げた。

 地面へと散らばった種は高速で芽吹き、花の群れが咲き乱れる。

 ふわり、と香ってきた匂いは甘く、脳がとろけるようだった。


「まとわりつくか……!?」

「エルフや吸血鬼のように嗅覚の強い種族には集中力が乱れる元になるほどの甘い香りです。人間なら、リラックス程度ですけどね」

「小技を……!」

「中和します! ギンカさんは前に集中を!!」

「どうぞ……本領はここからですから!」


 青葉さんが腕を振るうと同時に、花びらが輝いた。

 金色の庭のようになった戦闘場で、明らかにフェルノートさんの動きが変わる。


「くっ……!」

「身体が軽い……力がみなぎる!」

「私特製の魔花による祝福です。敵対存在の動きをにぶらせ、味方の動きは底上げします!」


 前にエルシィさんが使っていたような結界効果か。

 納得しているうちに、流れが白に傾いた。

 剣戟の厚みが増し、両手で刀を扱う黒の鎧の物量に、フェルノートさんが追いついた。

 攻勢と防御は逆転し、今度はギンカさんの方が防ぐ側だ。


「私たちとは違った補助か……」

「でもでも、チームワークはシオンたちの方が上ですよ」

「ああ。行くぞ、シオン!!」


 一際派手な剣戟の音が上がり、フェルノートさんが弾き飛ばされる。

 無理矢理に距離を開けたギンカさんは、肩にミニシオンさんを乗せたままで飛翔した。

 鎧の背面から黒曜石を重ねたような翼が広がり、重量が空へと舞い上がる。


「あの重さで飛べるの……!?」

「竜の最上位、ユグドラシル級が素材だ。人が飛ぶ程度、造作ない」

「魔力収束刀、解除。魔力収束砲、起動!」

「っ……あれは、まずいですね……!?」


 誰がどう見ても、なにかが起きるのは明白だった。

 二刀を解除した黒曜の鎧は背面の翼を大きく広げた。


「……黒い、天使……」


 端的な感想が、口からこぼれ落ちる。それほどの存在感と、どこか荘厳な気配すらまとって、『黒曜』は天上に立つ。

 鎧を着た天使は、黒の翼を獰猛に輝かせる。明らかな魔力の高まりが周囲の空気を震わせていく。離れたところから見ている僕ですら、ぞっとするほどの圧を感じる。

 両の腕が結合するようにして、砲塔が生み出された。光を飲み込むかのような黒い光が収束していく。


「ちょ、ちょっと本気すぎませんか!? あれ、ドラゴンのブレスでしょう!?」

「それを収束させて、相手を消し飛ばす決着用武装だ……!」

「殺さないってのはどこいったのよ……!」

「これに耐えられないならば、どうせ帝国は越えられまい!」

「……!!」


 天上から降ってきた言葉に、フェルノートさんが動きを止める。


「この魔具(アーティファクト)は帝国の技術者が生み出した『命を持ち、成長する鎧』だ! 相手はそれを不要とするような国だぞ! だから……」

「ここを越えられないなら、帝国には勝てませんよ!!」

「……上等よ! 青葉、手伝いなさい!!」

「ええ、そこまで言われては引き下がれません!!」

「「ならば、それを見せてみろ!!」」


 砲塔の光はすでに莫大量になり、明らかに飽和状態となっていた。

 相手を消し飛ばすという言葉は、きっと嘘偽りではない。防げなければ大変なことになる。

 止めるべきだろうかと思ったけど、青葉さんがこちらを見て、手を振っていた。


 ……任せろと、そういうことですか。


 即死でなければ治せるというのは暴論だけど、青葉さんがそう判断したのなら、僕はそれを見守ろう。

 いつでも回復魔法が使えるように準備だけを整えて、僕は走り出しかけた己の身を落ち着ける。


「魔力収束砲……行け!!」


 天上から黒の光が、裁きのようにして地上へと降ってきた。


「フェルノートさん、集中を!」

「任せるわ!」

「守りなさい、ツタの壁……!!」


 青葉さんの言葉に応えるようにして、地面から大量のツタが飛び出し、それらは編み物でもするように重なって、六枚の壁となる。

 おそらく、はじめから準備をしていたのだろう。魔花の種を蒔き、地中でいくつかを育てていたのだ。

 極厚の植物の壁を、一枚、二枚、三枚と、黒の光が食い破って走る。


「くっ、勢いが……思ったより止まらない……追加、早く!」

「ふううぅぅぅ……」


 額に汗を浮かばせ、ツタを増やそうとする青葉さんを見ることなく、フェルノートさんは深く吐息する。

 おそらくは精神を集中させて、魔力を練っているのだろう。その時間を稼ぐのが、青葉さんの目的だ。

 無残に散らされる花のように、ツタの壁は次々に崩壊していく。すでに五枚目が食われて、六枚目が立ちはだかっていた。

 一枚壁を壊すごとに、魔法の砲撃は確かに弱まっている。けれど、あまりにも威力が強すぎる。このままではすべての壁を使っても、ふたりが大けがをするのは免れないだろう。


「くっ……七枚! これが限界ですよ! まだですか!?」

「……よしっ! 気合い充分! 離れなさい、青葉!!」


 フェルノートさんの言葉が飛んだ瞬間、青葉さんは距離を取った。

 六枚目が砕かれ、急場で造られた七枚目が食われはじめる。


「山より硬いか、試してあげるわ」


 腰だめに光の剣を構えたフェルノートさんは、この状況に似つかわしくないほどに、静かな雰囲気をまとった。

 結んだ髪が、壁が砕かれる余波で暴れることにも構わずに、彼女は高らかに声を編む。


「我が手に宿りし剣よ、我が身に集いし光よ! 我が願いに、我が意思に! 我が魂に応え、目の前の障害を! 一切の害意を! 退けなさい!!」


 詠唱が続く度に、光の剣がまとう魔力の質が、明らかに上がっていく。

 聖剣。そう呼ぶに相応しい、莫大な魔力がフェルノートさんの手に宿る。


「照らしなさい!! ホーリーブレイズ!!」


 すくい上げるようにして、あるいは、天上へと掲げるようにして。

 フェルノートさんは、光を(はし)らせた。

 七枚目の壁が砕けた瞬間を狙っての一撃は、黒の光と正面からぶつかった。


「くっ……これは……!!」

「っ、さすがに、山よりは硬いわね……でも……こっちも、ひとりじゃないのよ!!」


 青葉さんが壁を造って威力を落とし、時間を稼いだ。

 その結果として、今がある。

 黒と白のぶつかり合いは目を開けているのが困難なほどのまぶしさだったけれど、誰もがそれに見入っていた。


「白い方が……フェルノート様が勝ちますね」


 リシェルさんがつぶやいた瞬間、力のバランスが傾いた。

 莫大な白が、同じく莫大な黒を押し返し始めたのだ。


「ギンカさん……!」

「っ……シオン! 全力防御っ!!」


 言葉が響くと同時に、フェルノートさんの魔法剣が、黒い光をぶち抜いた。


「ぐっ……おおおっ!!!」


 ギンカさんは空中で身をひねり、飛んできた光に向けて拳をたたき込んだ。

 再び衝突した黒と白は、今度は黒が打ち勝った。

 白い光を食い破るようにして、黒い鎧が落ちてくる。


「っと……!」


 フェルノートさんが光の剣を解除して、その場から飛ぶようにして後退する。

 ほんの少し遅れて、黒曜が着地した。

 衝撃と土煙が舞いあがり、大地が揺らぐ。

 自らの身体を汚した土を払いながら、ギンカさんは溜め息を吐いて、


「今のはさすがに危なかったな」

「ギンカさん、さっき防御って言ってませんでしたか?」

「あのまままともに受けていたら、空に光が登ってしまうだろう。さすがにそれは目立つと思って、殴って防御とした」

「やだ、脳筋なギンカさんも素敵……」

「……いちゃつくのそこまでにして貰って良いかしら?」


 フェルノートさんがややげんなりした顔をして、周囲を見渡す。

 お互いにしのぎ、そしてどちらも無傷だ。それを確かめるようにして、ギンカさんは頷いた。


「良い意思を見せて貰った。元聖騎士どの」

「こちらこそ。それで、まだ必要かしら?」

「……いいや。充分だ。改めて、そちらの話を聞こう」


 黒曜の鎧が光の粒子となり、空に散る。

 ひとつだったものはふたつに別れ、ギンカさんとシオンさんは元の姿へと戻った。

 歓声が上がる模擬戦場内で、僕はそっと溜め息を吐く。


「とりあえず、どちらも怪我がないようで良かったです」

「……私も、もっと強くならないといけませんわね」

「クズハちゃん?」

「ああ、いえ。なんでもありませんわ、アルジェさん」


 どことなく寂しそうに、隣のクズハちゃんが微笑んでいた。

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