野良犬の矜恃
「……まあ、結果的には有名な盗賊団をひとつ、壊滅させたわけだけど」
「有名なんですか、あの……浮かれドレスさんは」
「むきいいいいい!」
「あ、すいません。浮かれ姫の方が良かったですか?」
「もぐぐ!?」
なにか言いたそうだけど、口を塞がれているのでなにを伝えたいのかは分からなかった。
フェルノートさんは仲間を見るような、どこか哀れんだ瞳で相手のことを見つつ、言葉を作る。
「一応教えておくけど、その盗賊の名前はアマノ・クユリよ。……着ているドレス型の魔具が強力で有名なのよ。たしかこの間もシリル大金庫に攻め入ったって、新聞で見たわよ?」
「え、あそこにですか」
「幸い、追い返したみたいだけどね。最近は何度も襲撃をかけてるらしくて、ちょうど私たちがあそこにいた頃にも来てたみたいよ」
シリル大金庫は、僕たちが魔大陸という場所へ渡る前に訪れた場所だ。
そこで僕は大金庫を預かる精霊、イグジスタに母親と勘違いされて、しばらくの間とどまることになった。
「そういえばあのとき、イグジスタが賊がどうとか言っていた気がしますね……」
つまりあの時、イグジスタが言った賊とは、彼女の率いる盗賊団のことだったのか。
図らずも知り合い、それも自称僕の姉に関係のある人と関わってしまったらしく、世界は意外と狭いと思った。
「……で、なぁんでテメェらがここにいるんだ」
「ええと、ふたりに頼まれたので、助けに来ました」
「す、すみません、おかしら!」
「俺たち、心配で……」
「……チッ」
舌打ちはしつつも、テリアちゃんは最終的に、僕にも、部下のふたりにも文句は言わなかった。
「礼は言わねえ。いいな?」
「構いませんよ。テリアちゃんにたのまれた訳では無いですからね」
あくまで、僕が勝手に助けようと思っただけであって、テリアちゃんからお願いされたのではない。
むしろ彼からすれば不本意なことだっただろうから、お礼なんて言いたくないだろう。
「怪我、無いですか?」
「怪我はねえ。危うく洗脳されるところだったが……それはどうせ、お前の仕業だろ」
「ええ。回復魔法で、砦にいる全員の呪いを解いたので」
「チッ。相変わらず痴女のくせにめちゃくちゃしやがるな……」
「だから痴女ではないですってば」
訂正の言葉を投げてみても、テリアちゃんはフン、と鼻息を吐くだけで、取り合ってはくれなかった。
「芸人さん、お久しぶりですのね!」
「だーかーらぁ! 芸人じゃねえっつってるだろうが!」
「そうね、どう見ても盗賊団に見えるわ。今回はアルジェに免じて、見なかったことにしてあげるけど」
「……オッドアイの聖騎士サマがなにやってんだ」
「聞かないでよ……自分でも説明しづらいんだから」
テリアちゃんは一目見ただけで、フェルノートさんの正体を見抜いたらしい。
落ち着いていることも含めて、さすがはリーダーと言ったところか。
「すみません、ちょっと彼らとふたり……っていうか、四人きりにしてもらえますか?」
「大丈夫なんですか、アルジェさん?」
「この世界に生まれて一番古い知り合いですから」
ゼノくんがいたらこじれていたかもしれないけど、なんだかんだ、みんなは僕と盗賊団の出会いのことをしらない。
青葉さんとフェルノートさんの大人組ふたりはやや難色を示したものの、最終的には僕に任せてくれた。
みんなが僕らから離れていくのを確認してから、僕は改めて、テリアちゃんに向き直り、
「さて……」
「……なんの用だ、痴女」
「いえ、ちょっと聞きたいことがありまして。……玖音って、心当たりがありま――」
――言葉を最後まで紡ぐ前に、銀色が閃いた。
首筋に当てられかけたナイフにそっと手を添え、流し、僕は少しだけ距離を取る。
本気ではないことは分かっている。ただ、反射的に対応してしまったというだけだ。
「……心当たり、あるみたいですね」
「どうしてテメェの口からそれが出る。まさかお前、追っ手か?」
明らかに警戒した、言うなれば剣呑な雰囲気を、テリアちゃんが纏う。
やはり彼らは玖音と関係があり、その上で、今は関わってはいないということだろう。
「いいえ。ただ、僕も玖音の関係者というか……あっちの味方ではないんですけどね」
「なに? ……親父の実験体かなにかか?」
「……そんなところです」
実際には違うけど、きちんと説明しようと思ったら転生のことから話さなくてはいけないので、適当に話を合わせておくことにする。
玖音の失敗作、という意味では、実験体という言葉もそう間違ってはいないのだろうし。
「……はっ。世界は狭いな。あのときの縁が、まさかこう繋がるとは」
「ええ。僕も驚いてます」
「……それを確かめるために、わざわざ来たのか?」
「まあ、それもあるんですけど……単純に、知り合いを捨て置くのは、お昼寝のときの寝覚めが悪そうですから」
素直な理由を話すと、相手ががくっと体勢を崩した。やっぱり、いちいちリアクションが芸人っぽくて面白い。
テリアちゃんはやや呆れた顔をしつつも、こちらが本気だとは思ってくれたのだろう。彼は半目で僕を見つつ、言葉を紡いだ。
「……俺たちは、親父の作った戦闘部隊だ。猟犬部隊っつってな」
「ええ。シバさんって人に、そう聞きました」
「シバか……まだ生きてたんだな、アイツは」
懐かしそうに、瞳が細められたのは、ほんの一瞬。
瞬きほどの時間で、テリアちゃんはいつもの、どこか不機嫌そうな顔に戻ってしまう。
「俺は、犬のように飼われるのはごめんだ」
紡がれた言葉は吐き捨てるかのようで、テリアちゃんが本気なのが窺える。
ダックスちゃんとチワワちゃんも同様に、明らかに嫌なことを思い出していると分かる雰囲気だ。
彼らにとって、良い思い出ではない。そういうことなのだろう。
「野良犬の方がマシだ。誰かのために使い捨てられるなんてくだらねえ。自分の命は、自分で使う。俺たちの命は、俺たちのもんだ」
「……そうですか」
何故だろう。彼らと出会ったときから、なんとなく見ていると安心してしまう。
今だってそうだ。彼らの境遇を知って、玖音との繋がりを知って、それでもなお、僕は彼らを見て、どこかほっとしている。
玖音という場所と関わりながら、自分の意思をはっきりと告げる姿が、どこか眩しく思えてしまう。
「分かりました。それじゃ、僕たちは行きますね」
「……お前はどうするんだ」
「帝国に行きます。行って、決着をつけたいことがありますから」
今まで迷っていた言葉が、するりと口をついて出てきた。
聞きたいとか、行かなくてはいけないとか、そういうことではなく、決着。
僕はあの人に、クロガネさんに会って、玖音という場所と決着をつけないといけない。
声に出してみると、その言葉は予想以上に胸にしっくりときた。
納得ができたので、これ以上はなにもない。聞くべきことは、聞くことができたから。
「じゃあ、テリアちゃん、ダックスちゃん、チワワちゃん。行ってきますね」
「……待てよ」
「? どうかしましたか?」
「……ここから先には、帝国の兵がうろうろしてる。領土に入って深くまでいければある程度は平気だろうが、国境……いや、『元』国境の付近は戦闘が多い」
「はあ、そうでしょうね」
戦争がはじまって、国境はもはや意味がないものになってしまった。
それでもやはり、この付近が境目だ。どうしても共和国と帝国がぶつかっている地域は増える。僕たちはそれをなるべく避けて、帝国へと向かっていた。
「最低限で済ませるつもりですけど、まあ、捕まりそうになったらなんとかしますよ」
「つまりプランはねえんだろうが。仕方ねえな」
「え?」
「おい、テメェら!」
「へい! おかしら!!」
「あいよ! おかしら!!」
そこから先は、見慣れた流れだった。
「鎖ガマのチワワ!」
「爆弾のダックス!」
「投げナイフのテリア!」
「「「3人揃って、テリア盗賊団!!」」」
「いつもの芸人だ……!」
「「「誰が芸人だコラァ!!!」」」
もはやこの流れ、お約束になっている気がする。決めポーズをした三人が、同時にこちらにツッコミを入れてくる。相変わらず仲良しだ。
テリアちゃんはこちらを一通り睨みつけると、大きく溜め息を吐いて、僕に背を向けた。
「行け。俺たちは今から、このあたりで仕事する」
「ええと、それは……時間を稼いでくれるってことですか?」
「勘違いするんじゃねえ。そこで縛られて転がってるアマは帝国でも犯罪人だ。ここらで暴れてやりゃ、帝国なり共和国なりが気付いて捕まえるだろうよ。それに、元々俺たちはこの辺で悪事を働く気だったんだ。いいか、そこんとこ勘違いするんじゃねえぞ」
「二回も念押しした……ツンデレ芸人だ……」
「お前本当に一回痛い目見た方がいいんじゃねえのか……チッ。とにかくそういうことだ。帝国に行きたきゃ勝手に行け! いいな!」
「……ありがとうございます、テリアちゃん」
「……フンッ。それと、お前の持っている刀。知ってるかもしれないが、それは姉妹刀だ。一本は俺の知る限り、帝国にある。せいぜい気をつけるんだな」
「はい、ありがとうございます。テリアちゃんたちも気をつけて」
「ケッ。行くぞ、てめぇら」
お礼の言葉を受け取る気は無いようで、テリアちゃんは相変わらず、不機嫌そうな様子で踵を返してしまう。これ以上話すことはないと、そういうことだろう。
見送ろうかと思ったら、ダックスちゃんと、チワワちゃんは僕の方へと歩み寄ってきて、深く頭を下げてきた。
「……痴女。ありがとうな」
「おかしらを助けてくれて、感謝するぜ、痴女」
「構いませんよ。僕も、放っておきたくなかっただけですから。それと痴女ではないです。……僕の名前は、アルジェント・ヴァンピール。玖音とは関係の無い、ただのぐうたら吸血鬼ですよ」
もう何度目になるかわからない訂正だけど、たぶん彼らが僕の名前を呼んでくれることはないだろう。
彼らにとって僕は痴女で、僕にとって彼らは芸人だ。玖音に関わりがあるとかないとか関係なく、それでいい。そう思う。
女盗賊を引きずり、去っていくテリア盗賊団を見送って、僕は溜め息を吐いた。
「また、どこかで会えますかね」
そのときは、なにもかもが終わっていて、もう少しだけのんびり話せるのだろうか。
「もっといえばその頃の僕は、誰かに養われて三食昼寝におやつと吸血付きの生活だといいんですけど」
「相変わらずそれ、諦めてないのね」
「あ、フェルノートさん」
恐らくは離れた振りをして、近くで様子を見ていたのだろう。
ひょっこりと現れたフェルノートさんは、やや呆れた顔で僕を見つつも、テリアちゃんたちについて深くは聞いてこなかった。
「……話は終わったの、アルジェ?」
「ええ。充分に。行きましょうか、フェルノートさん。これから彼らが、帝国の目を少しだけ引き付けてくれるらしいので」
「……テリア盗賊団っていうと、三人という少数で世界のあちこちを騒がせている腕利きの盗賊なのだけど」
「あれはそういう設定の芸人ですよ」
「あのポーズを見ると頷きそうになるから困るわ……」
微妙な顔をするフェルノートさんを連れて、僕は馬車へと戻ることにする。
先行きはまだまだ長そうだけど、ここでは少しだけ、楽ができそうだ。




