くらやみのなかで
「……それで、あなたは仲間になる気は無いのかしら?」
暗闇の中で、耳障りな声が響いた。
声は女のもので、自分が優位だということがありありと感じられる上機嫌さだ。はっきり言って、吐き気がする。
今すぐ飛びかかって殺してやりたいが、鎖で繋がれてちゃそれもままならない。
「テリア盗賊団……最近、派手に暴れているようだけど、運が悪かったわね。まさか私の狙っている獲物を横取りしようとするなんて。しかも、たった三人で!」
「……テメェみたいにゾロゾロ連れ歩くのは好きじゃねえんだよ」
暗闇の中であろうと、俺の目にはハッキリと相手の顔が映っている。
余裕たっぷりでこちらを見下ろすのは、盗賊のくせに豪奢なドレスを纏い、髪の毛をロールにまとめた、一見すると貴族めいた格好をした女だった。
端的に言えば浮かれた格好をしたバカなのだが、こいつも立派な女盗賊。しかも何十人もの部下を抱えた有名所だ。
「ふぅん……まあいいわ。あなたも私に忠誠を誓いなさい?」
「……なんだと?」
「そうすれば今、私の部下に追わせているあなたの部下達のことを、考えてあげても良くってよ? ちょうど、シリル大金庫にもう一度アタックをかけるのに戦力を探してたのよ」
シリル大金庫といえば、世界中の経済を司っている、貨幣の製造所だ。
……あんなところにも突っかけるのか、コイツは。
それだけの実力と手勢がいるということなのだろうが、やはり勢力としては巨大だ。
どちらにせよ、俺が言うことはひとつしかない。
「断る」
「……即答なのね?」
「犬が欲しけりゃほかを当たれ。クソ女」
忠誠なんて言葉には、反吐が出る。
睨みつけてやると、相手は不機嫌そうに眉を釣り上げた。
「……それなら、私の魔具で無理にでも従わせるだけよ?」
ぐん、と、自分の体温が上がった感覚がした。
その理由は、相手から立ち上る香りだ。甘い、脳を溶かすような匂いが暗闇の中に立ち込めて、思考を潰すようにして、嗅覚が毒される。
「ぐっ……」
「夢中に落ちなさい、『沈む夢落募』」
闇の中に満たされる匂いは、こちらの理性を否応なく削ってくるものだ。
その香りは目の前の女が身につけているドレスから放たれている。
「くっ……そがっ……」
心を奪い、奈落へと引きずり込む、精神操作系の魔具。
不快だと思うのに、甘ったるさがじわりじわりと魂を蝕んでくる。
「高い呪い耐性に、強い意志……時間はかかりそうだけど……ふふ、いつまで保つかしら? それとももう、私のことが好きになった?」
「……クソ喰らえ、だ」
気持ちの悪いことを言う相手へと向けて、俺は自分でも苦し紛れだとわかるような悪態をついた。




