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帝国へ向けて

「それじゃ、ええと……ありがとうございました、皆さん」


 帝国へと出発する準備が整い、メイを発つ日がやってきた。

 自分の部屋の荷物をまとめたあと、僕たちはメイの従業員たちに最後の挨拶をしていた。


「いいえいいえ! 楽しい時間でしたよ、アルジェちゃん。またぜひぜひ、遊びに来てくださいね! はい、これお土産のケーキですよ!」

「わわっ……ありがとうございます」


 大量の箱を渡されて、慌ててブラッド・ボックスへと収納する。

 自らの血液に存在を溶かし込む技能であるブラッド・ボックスは、収納した物品の腐敗を防いでくれる効果もある。旅の合間で、のんびり食べろということだろう。


「また来ます。必ず」

「ふふ、それは楽しみです。……帝国には、私の知り合いも何人かいますが……そうですね。ギンカちゃんあたりは、力になってくれるかと思います」

「ギンカさん、ですか?」

「ええ。とってもいい子なんですよ。出会ったら、よろしくお願いしますね」


 銀、という字は僕にとって印象深いもので、なんとなく心に引っかかる。

 ただ、サツキさんの知り合いなら悪い人ではないのだろう。覚えておいても良さそうだ。


「大変だとは思いますが……アルジェちゃん、なにか思うことがあるんですよね?」

「ええ。決着をつけないといけないと、思っていることがありますから」


 玖音の家とは、もう関係がないと想っていた。だって僕は転生して、別の世界に来たのだから。

 だけど実際にはこの世界にいた転生者は僕だけではなく、その中に玖音から来ているものがふたりいた。

 そのふたりの内のひとりである青葉さんが、トレードマークである鈴を鳴らしながら、サツキさんへと頭を下げる。


「サツキさん、お世話になりました」

「いーえいーえ、お気になさらずに! 青葉さんも、ぜひぜひまたいらしてくださいね?」

「ええ。私もここのケーキは気に入っていますから、また来たいと思っています」


 屈託なく笑う青葉さんの顔は、玖音にいた頃よりも随分と柔らかい。

 再会したばかりの頃は、彼女が転生したということに疑問を覚えていたけれど、今ならば、青葉さんが転生者に選ばれた理由も分かる気がする。


「? どうしました、アルジェさん。私の顔、なにかついていたりします?」

「そうですね、鈴と花がついています」

「ふふ、そうですね。もっと見てもいいんですよ。ほら、顔以外も歓迎です、花は愛でてこそなのですから」


 どういうわけか上機嫌で、青葉さんはその場でくるくると回ってみせる。

 緑色の肌を飾る花がひらひらと揺れ、甘い香りが漂った。


「わふー、アルジェちゃん、また来てほしいんだよー!」

「はい、また遊びに来ますね」

「またな。美味い珈琲用意して待ってるぞ」

「はい、シノさん」

「また遊びに来てねぇ。無理せず、頑張ってらっしゃぁい」

「ありがとうございます、フミツキさん」


 メイの従業員たちも、挨拶の言葉をかけてくれる。

 僕だけではなく、フェルノートさん、クズハちゃん、青葉さん、そしてリシェルさんにも別れの挨拶をしていくみんなを眺めながら、僕はみんなより少し離れたところにいる人へと歩み寄り、声をかける。


「アイリスさんも、ありがとうございました」

「……教えたことは、ちゃんと覚えてる?」

「……まだ、分かりません。でも、覚えていますよ」

「うん。そっか。……無理しちゃ、ダメだからね?」

「あ……」


 抱き寄せられると、どこか切ないような、胸が締め付けられるような感覚を得る。


 ……ありがたい人が増えてしまいました。


 いつの間にか、僕の周囲はそんな人ばかりになってしまった。

 僕のために涙を流し、僕のために血を流して、僕のために心を傾けてくれる。

 それは、玖音にいたころにはなかった感覚。いいや、知らなかった感覚だ。

 記憶の中、夢で見た青葉さんや、世話係をしてくれた流子(りゅうこ)ちゃんの顔を、はっきりと思い出す。

 あの頃から僕のためになにかを想ってくれる人は確かに居たのに、僕はそれに気付かないままであの世界を去ってしまった。


「……ありがとうございます」


 このありがたさを、今度こそ受け入れることができるのだろうか。

 今はまだ分からないけれど、いつかそうできたら、少しは恩返しになるのだろうか。


「なんだかアイリスさん、お姉さんみたいですね」

「実際、君より長生きしてるからね」

「アルジェさん、お姉さん枠なら私がいるでしょう!?」

「なにを張り合ってるのよ、アオバ……」


 フェルノートさんが微妙に呆れた顔をしているけれど、言われてみれば青葉さんも『親戚のお姉ちゃん』という枠なので、間違っては居ないような気もする。


 ……しょうがないにゃあ。


 どこか不満そうなので、ちょっとサービスでもしておこう。

 そう思って、僕はアイリスさんから離れた。くるりと踵を回し、青葉さんへと向き直る。

 身長差は歴然であり、明らかに僕の方が青葉さんを見上げる形になる。


「え……?」


 きょとん、とした顔でこちらを見下ろしてくる青葉さんに、渾身の営業スマイルを貼り付けて、


「青葉おねーちゃん♪」

「ごふっ!?」


 どういうわけか、青葉さんが崩れ落ちた。

 ちょっと期待に応えただけのつもりだったのだけど、なにかあったのだろうか。


「あー……ええと、青葉さん?」

「どうして……どうしてこの世界にはレコーダーがないのでしょう……うぐぐ……ああでも、無限リピートできます……ふふ……ふふふ……しあわせ……」

「……よく分かりませんけど、出発はちょっと待った方が良さそうですね?」

「今のだいたいアルジェちゃんが凶器だった気がするんですが……」


 え、今の僕が悪いんですか?




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