離れていても結ばれているもの
「よし……っと。こんなものですね」
満足気な声を漏らすのは、行商人のゼノくんだった。
彼は最後の荷物が馬車に積み込まれたことを確認すると、こちらに振り返って、
「これで旅の準備は十分でしょう。肉以外のものは、アルジェさんが収納してくれるんですよね」
「ええ、こっちも終わりましたから」
吸血鬼である僕が持っている収納技能のブラッドボックスは、血液を含むものは収納できない。
だからお肉などはどうしても馬車で運ぶことになる。
狩りもできるし、今は青葉さんがいるので、食料の事情はかなり楽だと思うのだけど、それでも余裕があるにこしたことはない。
血液が含まれない物品を一通り収納して、僕は溜め息を吐いた。
「我ながら便利な能力です」
「ははは、商人として羨ましいですよ。無限に物が入る、というのはまさに夢のようですから」
「……一緒に旅をしてる間は、役に立ててくれて構いませんよ」
ゼノくんは僕がはじめてお世話になった異世界人であり、二度の旅を共に過ごした人だ。
彼と旅をするのはこれで三度目になる。行商人としての知識や、気遣いのできる彼には随分と助けられている。
「……そのことなんですが、アルジェさん」
「? どうかしましたか?」
「俺は帝国にはついていけません」
「……そうですか」
彼が言った言葉は、納得ができるものだ。
帝国へは明確に戦いに行くことになるだろう。今までのように、のんびりとした旅であったり、人を送っていくための旅とは違う。
行商人であるゼノくんにとっては、戦いは望むものでは無い。行かないという彼を止めることはできないだろう。
「まあ、ゼノくんは商人さんですからね。危ないですから、その方がいいと思います」
「あー……ええと、そういうことではないんです。ついて行きたいのは山々というか、昨日まではついて行くつもりだったんですよ」
「……ふえ?」
「ギルドも狙われてますし、シリル大金庫も攻撃の対象になっているようですからね。俺は俺にできることをやろうと思うんです」
「……そうですか」
少しだけ、彼のことを勘違いしていたらしい。
勘違いしたことの謝罪を口にするべきかとも思ったけれど、こちらがなにか言葉を作る前に、ゼノくんは照れくさそうに微笑んで、
「どうなるかは分かりませんけど、必ずアルジェさんのお役に立てるように動きます。任せてください」
「……お金、払えませんよ?」
「信用買いってやつですよ。お金が大事だからこそ、それ以上に大事な物のことも、理解しているつもりです。俺にとっても、アルジェさんは友達ですから」
「そうですか。それなら……お願いします」
「はい、お願いされました。約束しますよ、アルジェさんの役に立つって」
前であれば、そうやってなんの対価もなく誰かの世話になることを嫌だと想っていた。
お願いしますという言葉を素直に口にできるようになったのは、きっとアイリスさんに言われた言葉のおかげだろう。
もっと頼ってもいいという言葉が、どの程度のことまでを言っているのかは分からない。
けれど、任せてほしいというゼノくんの笑顔には、少なくとも素直に頷いてもいいように思えた。
「ついでにふんだくれるならふんだくりますしね」
「ゼノくんらしいですね。……また、約束ですか」
「ええ、いつか別れたときと、同じです」
港町アルレシャで、僕と彼はいつかもう一度会って、恩を返すという約束をした。
その後、共和国で再開して、いっしょに旅をして、今こうして、また約束を結んで別れようとしている。
「あ、シリル大金庫に寄るなら、イグジスタに手紙を書いておきたいんですが……」
「分かりました。必ず、大金庫の主に渡しますよ」
「ありがとうございます、ゼノくん」
繋がった縁はいつの間にか大きくなっていて、玖音にいた頃とは比べ物にならないほど、多くの人と関わっている。
そんなことを考えながら、僕はゼノくんと、新しい約束を交わした。
彼なら、きっと約束を果たしてくれる。そう思うことができた。




