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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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約束の向かう先へ


「……ふぅ」


 一通りの吸血を終えて、私は溜息を吐く。

 吸った相手は、あの伯爵と同じように帝国の手によって下僕にされた女の吸血鬼。いくつかストックしておいたのが、役に立っているというわけだ。


「ブラッドリーディング」


 彼女の血を吸うのは、なにも回復のためだけではない。

 相手の血の中から記憶を手繰り寄せる技能、ブラッドリーディング。私の技能レベルならば直近の何日かの記憶を垣間見る事が出来る。


「これは……大きな、ガラスの筒……変な液体……触手……?」


 見えてきたイメージは、よく分からないものだった。

 言葉に表そうとしても、どう表現すればいいのか分からない。ただ大きなガラスの筒のようなものに、不可思議な色の液体が満たされている。

 塔を並べるように敷き詰められたそれらの中には、無数の同族が銀色の管のようなものに繋がれて浮かんでいた。

 そしてその中には、憎むべき相手である伯爵の姿も――


「――っ!!」


 腹立ち紛れに魔法を撃ちそうになるのを、寸前で我慢する。

 いけないいけない。ここはまだ、アルジェントがお世話になっているという建物の中だ。

 屋根裏にある物置用の空間。決して広いとは言えない場所で、私は自制を効かせて溜め息を吐いた。


「……ありがとう、バンダースナッチ」


 不安そうにこちらを見上げ、毛並みを擦り寄せてくる従者に、私は礼を述べる。


 ……この子だけになってしまったわね。


 私が造ったキメラたちも、バンダースナッチ以外は伯爵に殺されてしまった。

 私自身も、傷は癒してもらったけれど、溜め込んでいた魔力を大きく削がれてしまった。

 アルジェントが帝国の帝都に着く頃に、完全な戦力の補充はできないだろう。根城となるいくつかの場所に残っている素材を掻き集めて、用意できるだけのものを用意して、乗り込むしかない。


「……約束、ね」


 アルジェントへ言った言葉を改めて口の中で転がしてみると、意外なほどしっくり来ている自分がいた。


「約束なんて、何年ぶりかしら」


 大切だった人の顔が、一瞬だけ記憶の中から現れて、通り過ぎていく。

 彼女としたいくつもの約束を、私はいくつ守れたのだろう。


「……一番大切な約束は、手の中からこぼれてしまったわね」


 彼女を守ると約束して、それを守れなかった。

 黒の伯爵という理不尽に、私は大切なものを奪われたのだ。

 だから私は理不尽になった。奪われないために、奪うものになることにした。

 だけど、今でも私の中で離れないものがある。

 どんな理不尽の前でも、笑ってその前に立ち向かっていった、大切な『友達』の顔。

 だから私は理不尽に抗う強さを持ったものが好きだ。アルジェントのように綺麗であれば、なおいい。むしろあの子がいい。あの子はそうなれる。


「……ふふっ」


 友達を失って、それを理由に男が嫌いになって、女の子と楽しむのが好きになるなんて我ながら歪んでいるとは思うけれど、それを止める気はない。

 だって私はもう、理不尽に奪う側の存在になったのだから。


「次こそは……次こそは壊すわ……今度こそ、あなたから全部を奪ってあげる……伯爵」


 いつかの約束を壊された私は、今の約束に縋るのではなく、その先を求める。

 かつての理不尽を壊して、今度こそ私は本当の意味で奪う側になる。

 もう私は、あのときのようなか弱いお姫様ではないのだから。


「夜まで眠るわ、バンダースナッチ。日が暮れたら起こしてちょうだい」


 自慢の毛並みを撫でれば、ベッドにしろと言わんばかりに目の前でバンダースナッチが寝そべる。


「……そうね。さすがにここは少し、床が硬いわ」


 アルジェントに気を使ってこの場所を借りてはいるけれど、埃っぽいし窮屈なので困る。

 普段の私であれば、とっくにこの店の従業員を吸って従えているところだ。


「とはいえ……それはそれで、面倒ね」


 万全な状態ならともかくとして、あの喫茶店の従業員たちは妙に強い力を持っていそうだ。

 正直、見た目的には好みの子が多いので残念だとも思うけれど、我慢しておくことにする。


「……約束、ね」


 久方ぶりに使った言葉をもう一度呟いて、私はバンダースナッチをベッドにして眠りに落ちることにした。

 あの日、大切な人を奪われたときから私の心の中にくすぶり続けるこの気持ちは、どこに向かうのだろう。

 今はまだ、その答えは分からない。

そんなわけでそろそろキリがいいので久しぶりのあとがきタイムです。どうも花粉症がつらすぎて原稿がはかどらないちょきんぎょ。です。


ちょっと登場人物が多くなってきたり新登場の人が多かったので、カメラワークに気を使っていた気がします。登場人物を絞ったりとか、描写の簡略化とか。

その分、書籍版の書下ろしではまったりやりたいことやりたいですし、駆け足になってちょっと雑かもなぁと思うようなところを調整しておきたいと思いますので、買ってくださる方はお楽しみに、という感じでひとつ。

買わなくても改稿してないのと書き下ろしが無いのと挿絵が見れないくらいで大筋は同じなので、買わない方もここから先も楽しんでいただければと思います。


今回は全体的に、「約束」や「望み」を投げ入れる感じでしたね。投じた石はどんな価値があって、どんな波紋を産むんでしょうね。


金と銀、というのがひとつのテーマであり、エルシィ様とアルジェ、それぞれの心の傷を象徴する存在が敵となる、というのは大筋で決まっていたことなので、予定通りに書けました。

対局の金と銀は、それぞれの傷にどう決着をつけるんでしょうね。


青葉さんは久々の登場からレギュラーの昇格です。もともとこの物語は『報われなかった人間が転生した世界で好き勝手やって報われてバンザイ』ではなく、『報われなかった人間が転生した世界で得たもので報われなかった過去と向き合う』というお話なので、アルジェ以外の転生者、それも彼女と関わりのある転生者が必要でした。青葉さんはその味方サイド。クロガネくんは敵サイドというわけです。

今がどれだけ変わっても、過去を変えることはできません。アルジェは銀士であり、変わることはできても忘れることはできません。これはそういうお話です。


誰が一番、約束を覚えているのかなぁとか、そんなことを思いつつ続けていきましょう。

アルジェの旅は、まだまだ続きます。

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