やくそくを、もういちど
「むぅ……」
「あ、青葉さん。やっぱり聞いてたんですね」
静寂が訪れた室内に、ノック無しで入ってきた青葉さんに、僕は声をかけた。
青葉さんはむくれた顔をしつつも僕の方を見て、
「あの女は帰りましたか?」
「帰ってはいないと思いますけど、出てこないとは思います」
エルシィさんのことだから今もどこかで僕を見ていたとしてもおかしくはないけれど、とりあえずは姿を消した。
自分が煙たがられているのは分かっているだろうし、一応は協力してくれるらしいので、無用な争いをしようとはしない。しないはず。たぶん、きっと、おそらく。しないといいな、面倒臭いから。
「まったく……なんなんですか、あの人は」
「ちょっと前に目をつけられて、それ以来いろいろありまして。でも今は、別の目的ができたみたいですよ」
「……今は、ですか。まあいいですけどね」
青葉さんは溜め息を吐いて、こちらに近づいてきた。
伸ばされる手の行き先は、僕の頬。撫でられる感触は優しく、彼女が僕を心配してくれていたことが良く分かる。
「他人のために、無理をしないでほしいものです」
「無理はしてないつもりなんですが……」
「嘘です。銀士さんはそうやって、すぐに自分のことを押し込めて、無理するんですから」
「青葉さん、今は……」
「あの狐の子なら、サツキさんのところに行ってもらいましたよ。あなたが起きたから、呼んで来て欲しいと言ってね。……今くらいは、銀士さんと呼ばせてください」
泣きそうな顔の青葉さんの顔を見たら、否定する気はなくなった。
素直に頷くと、青葉さんはこちらを抱き寄せてきた。
クズハちゃんのように飛び付いてくるのではなく、手繰り寄せるようにして僕の身体を引いて、青葉さんは体温を預けてくる。
「……今度は、守れました」
「……え?」
「玖音の家で、私はあなたが閉じ込められることを止められなかった。救い出せなかった。だけど今度は……守れました」
「あ……」
寄せられた言葉は震えていて、体温は冷たいけれど、触れてくる雫はあたたかかった。
……青葉さんも、だったんですね。
クズハちゃんが母親のことを後悔しているように、青葉さんも僕のことを後悔していたのだろう。
例えそれが家の意向であり、自分には止められないものだったとしても、青葉さんにとっては辛かったのだろう。
だって彼女は、僕がいなくなって自分の命を断つほどに辛かったというのだから。
あのとき、エルシィさんを守るときに飛び出した僕についてきてくれた青葉さんとクズハちゃんは、どちらも後悔を抱えていた。だからこそ、ああしてすぐに動いてくれたのだろう。
「やくそくっ、約束してくださいっ……今度こそ絶対に、いなくならないって……」
「……約束、ですか」
既に一度、花を見るという約束を違えた僕に対して、青葉さんは再び約束を結ぼうとしてきた。
今度こそは守れるだろうか。自信は少しも無いけれど、僕だって二度も死にたいと思っているわけでは無い。
「……分かりました。約束ですね」
守れるかどうかは分からないけれど、流れる涙には応えたいと思った。
自分の心さえも分からない僕でも、涙の意味くらいは知っている。それは感情が溢れるから、こぼれてくるものだ。
絡んでくる小指はつめたいけれど、気持ちのぬくもりだけは理解できる。
「ぜったいぜったい……約束ですよ?」
「……ええ、約束です」
「ぜんぶ終わったら、私の森でのんびり暮らしましょう。ね?」
「……それは楽しみですね」
まるで少女のように、涙を拭うことなくはにかむ青葉さんに、僕はただ頷いた。
今度こそ、この人を泣かせないことができるだろうか。
今はまだ、その答えは分からない。




