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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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虚ろなるもの

「っ……無茶苦茶ですの……」


 クズハちゃんが絞り出すようにこぼしたように、それはエルシィさん以上の無茶苦茶であり、理不尽の塊だった。

 破壊の渦が過ぎ去ったあとに残ったのは、瓦礫の山と静寂。月の明かりがただ、飲み込まれた叫びをあざ笑うかのように照らしていた。


「こんなものか……いや」


 伯爵は自分が口にした言葉を、緩やかに否定した。

 彼の視線の先には、砕かれた建造物によって築かれた残骸の山がある。

 そこから這い出るようにして、それは現れた。


「グ、ゥ……」


 うめき声をあげながら、バンダースナッチが顔を出す。

 その傍らには、完全に意識を失ったエルシィさんがいた。消滅していないということは、生きているのだろう。


「主人を守ったか。良い従者だ、歪められた生命よ」


 その言葉は、どこか嬉しそうにも聞こえた。

 ここまでただ音を吐き出すように言葉を紡いでいた伯爵から、少しだけ感情が見えた瞬間だった。


「だが、そこまでだ」

「っ……!」

「アルジェさん!」

「尾獣分身、『金糸梅』!!」


 伯爵が手のひらをエルシィさんに向けた瞬間に、僕は動いていた。

 全力を振り絞って向かう先は、相手の正面。バンダースナッチとエルシィさん、どちらも抱えて逃げることはできないのだから、これしかない。

 クズハちゃんと分身たち、そして青葉さんがついてきてくれることを素直にありがたいと思いながら、僕は駆けた。


「ディザスタ」

「断ちなさい、『四重禍鼬(しじゅうまがいたち)』!!」

「防ぎなさい、私のツタ!!」


 放たれた魔法に対して、クズハちゃんたちがカウンターで打ち込んだ四重の魔法は、破壊の渦に一瞬で飲み込まれる。

 青葉さんがツタを何重にも編み込むようにして作り出した壁も、風船のように膨らみ、砕けてしまった。

 それでも、少しだけ威力を削ぐことはできている。それで十分にありがたい。

 クズハちゃんたちを追い抜いて、僕は声を張り上げる。


「下がってください……!!」


 未だ荒れ狂う災害のような力に、僕ができることはそう多くない。 

 もはや愛刀と言える程度には手に馴染んだ『夢の睡憐(すいれん)』を、迫り来る破壊の渦へと向けて振るう。

 形無きものを斬るために研ぎ澄まされた刃は、闇の魔法に対しても正しくその威力を発揮した。

 それでも完全に斬ることはできず、飛沫のように飛んできた魔法の残滓が僕の身体を蝕んでくる。


「うああぁぁぁっ……!」


 どうしてこんなことをするのか、自分でも分からない。

 エルシィさんには正直ひどいことをされているし、生き方にはまったく共感できない上に、何度も関わりたくないと思った相手だ。

 それでも、目の前でその奪われそうになっていると思ったら、動いてしまっていた。

 どんな理由があるにせよ、相手は玖音の家の家紋が彫られた棺桶から現れた。意思を失っていないように見えるけれど、間違いなく玖音からの転生者となんらかの関係があるだろう。


「これ以上、玖音に奪われるのはごめんです……!!」


 叫んだ言葉は、自分でも意味がよく分かっていなかった。

 そもそも、僕は納得して玖音の家からの用済みだという言葉を受け入れたのだ。

 だから僕はなにも奪われていない。そのはずなのになぜ、今こんなにも焦りのようなものを感じるのだろう。守らなくてはいけないと思うのだろう。

 焦燥感の正体を理解できないまま、僕は相手の魔法を凌いだ。


「っ……痛いの痛いの、とんでいけ!!」


 紡ぐ言葉は余波を受けた自分とクズハちゃんたちだけでなく、背後にいるバンダースナッチとエルシィさんを癒やすためでもある。

 癒しの魔法は確かに僕たちの傷を埋めて、無くしてくれる。

 ここまでの連戦と強力な呪いと傷を同時に回復したことで、ほんの一瞬だけくらりとしたけれど、構ってはいられない。意識を集中して、僕は振り抜いた刀を構え直す。


「グ……」

「あなたの主人を連れて逃げてください。できるだけ遠くへ」


 背後で動く気配があったので、恐らくは言う通りにしてくれたのだろう。

 振り返って確認するほどの余裕は無いけれど、匂いが離れていくので分かる。

 逃げていくものにはなんの興味もないというような雰囲気で、伯爵はこちらを見た。


「っ……」


 まるで奈落の底から覗くような、紅の光。

 とても同じ種族の眼とは思えないほど、その輝きは深く濁っていた。


「大丈夫ですか、アルジェさん!?」

「ええ、なんとか……」


 駆け寄ってきた青葉さんにそう返しつつも、僕は動けないでいる。

 ほんの少しでも動けば、あの瞳に引きずり込まれる。そんな嫌な感覚が、足元を縛り付けていた。


「……臭うぞ」

「え……」

「お前からは、あの男と似た臭いがする」


 言葉の意味ははっきりとは分からない。相手の目からは感情が読み取れないからだ。

 それでも、相手がこちらに興味らしきものを示したのは間違いない。そうでなければ、話しかけてきたりはしないだろう。


「虚ろだ」

「虚ろ……?」

「我はもはや虚ろ。ひとつの災害などではなく、ただの力よ。善も悪もなく、ただの魔力の塊。その力を使うものに、お前はよく似ている」

「それは……」

硝子(がらす)を見よ。それが映る」


 相手が視線を向けた先には、魔法によって砕かれた硝子があった。恐らくはどこかの民家にあったものだろう。

 覗き込んだ鏡が、破壊された景色と僕を映していたのはほんの一瞬。映っていたはずのものは急激に歪み、別のものが現れる。


「これは……!?」


 鏡の中に現れたのは、艶やかな黒髪を持った少年だった。

 開かれた瞳は金色で、焼かれてしまいそうな程に眩しい。

 彼はゆるゆると首を振って、口を開いた。


「はじめまして、皆さん」


 少年の声は鏡からではなく、頭の中に直接響いてきた。

 耳ではなく、頭が、精神が彼の言葉を理解している。鏡に映る姿も含めて、何らかの魔法か、魔具(アーティファクト)の力だろう。


「この映像は水面、鏡面、硝子……この大陸にあるあらゆるすべてに映し、この言葉はあらゆるものへと通じるように話している。だから僕は、一方的に言葉を語らせてもらう」


 語り口調は静かで、けれど有無を言わせない雰囲気がある。

 およそ少年とは思えないほど、響く言葉は重かった。


「僕はクロガネ。クロガネ・クオンという。覚えなくてもいい。ただの技術者だからね」

「玖音……!」


 紡がれた言葉は確かに、玖音という名前だった。

 ぞわりとしたものが、肌を撫でる。理由は分からなくても、不愉快だとはっきりと理解できるほどの寒気が僕の身体を震わせる。


「これから、僕の主の言葉を君たちに伝えよう。帝国の皇帝、僕の上司、ブルート様。うん、忙しいから代理というわけだね」


 そう言って両手を広げる彼は、ひどく楽しそうな表情だ。口の端はつり上がり、金色の瞳は爛々と輝いている。

 ん、ん、と喉の調子を整えるように振る舞う姿さえも、どこか芝居っぽく、大げさであり、楽しそうだ。

 そして彼は、代理のものだという言葉を紡ぎ始めた。


「帝国はもう十分に力を蓄えた。王国と遊ぶのにも飽きた。故に帝国は、全てのものに宣戦を布告する」

「……!?」

「共和国や王国だけではない。そのほかの小国、小さな里ですらだ。あらゆる国、あらゆる種族、あらゆる存在へと、帝国は手を伸ばす。いずれは海の外、魔大陸や別の島にも手を伸ばす。恭順か、死ぬか、好きな方を選ぶといい」

「……世界の征服でもするつもりですか」


 唸るようなサツキさんの言葉は、相手には届いていない。

 クロガネと名乗った少年は、言葉が終わったことを示すように溜め息を吐くと、緩やかに手を振った。


「そういうわけだから、今から帝国はすべての国、組織と敵対する。王国だろうと、共和国だろうと、商業ギルドだろうと、大金庫だろうとすべてだ」

「シリル大金庫にまで……!?」


 この大陸で唯一の通貨として成り立っている、シリル硬貨。

 そこを管理しているシリル大金庫は、この世界のすべての人や国の財政に深く関わっている。

 その大金庫にさえ、従わなければ攻撃するというのだ。


「これでブルートの……帝王様からの言伝は終わり。僕にとっても、自分の価値をようやく決めることができるってわけだ」

「あなたは……」

「僕の技術によって造りあげた帝国自慢の軍隊。誰にも負けない自信がある。潰せるものなら潰してみるといい。この世界の人たちが、僕を満足させてくれるのか……楽しみにしているよ」


 最後まで瞳を弓にしたままで、少年の姿が鏡の中から消える。

 周囲に静寂が訪れたあとも、誰もが動けないでいた。


 ……玖音の人です。


 クオンと名乗り、『この世界』という言葉を使い、なによりもあの瞳には、理不尽にさえ感じる意志の強さがあった。

 青葉さんのような変わり者とも、僕のような欠陥品とも違う。

 あの人は間違いなく玖音の家で正しく育った人間だ。生まれながらにして一番になることを当たり前だとして育てられた、玖音の一員として正しい生き方をしている。


「どうして、あんな天然モノがこの世界に……」


 青葉さんが震えた声で呟く。

 そうだ。確かにあの人は玖音の人間だ。玖音という存在が世界を支配するという枠組みに正しく従い、転生した今ですらクオンと名乗っている。

 魂が世界と噛み合わないことが転生の条件なら、あの人は転生者になるはずがない。なのになぜ、そこにいるのか。


 だけど、そんな僕たちの疑問に答えをくれる人はいない。

 こちらの不理解を嘲笑うかのように夜風が吹き、なんの答えもないままで流れていく。


「……犬どもは退いたか。ならば我も、戻るとしよう」

「待っ――」

「――待てというだけの気概が、今のお前にあるのか?」

「うっ……」


 感情のない瞳を向けられて、僕は言葉を詰まらせてしまった。

 エルシィさんは転生したことでチート能力を保有している僕を相手にして、退くどころか完全に圧倒するほどの力を持った存在だった。

 そのエルシィさんの更に上の戦闘力を持った怪物。そんなものとまともに当たって勝てるのかと問われれば、少しも自信がない。


「……お前は虚ろではない、か」

「え……」

「もはや欠片しか残らぬ理性で、敢えて言おう。我を追うな、あの男を追うな。地の果てまで逃げるがいい。でなければ……お前も我のように、虚ろになるだけよ」

「それはっ……!」


 ゆらりと相手の姿が揺れて、闇に溶けるようにして消えていく。

 恐らくは影化の技能を使った戦線離脱を、僕は追うことができなかった。

 破壊の傷跡だけを残して去っていく相手に何もできないまま、僕は立ち尽くす。


「それは……あの頃と、何が違うんですか……?」


 こぼれる疑問が誰に向けたものなのかも分からないままで、僕の目の前は暗くなっていく。

 意識を失わせたものが疲労なのか、眠気なのか、今の僕には判断がつかなかった。

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