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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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失わないもの

「よいっしょ!」


 気合いの掛け声とともに、クズハちゃんは着地した。

 街を出るという目的は達成できなかったけれど、少なくとも全員が無傷だ。まだ大丈夫。


「大丈夫ですの、アルジェさん?」

「ええ、ありがとうございます」


 自分ひとりでもなんとかなったとは思うけれど、慌てていたのは本当だ。なにより、彼女が来てくれたことで、どこか安心している自分がいる。

 クズハちゃんは無事を確かめるようにして、ぺたぺたと僕の身体に触れてくる。


「怪我などはないようですわね……良かったですの」


 かけられる言葉は優しく、クズハちゃんの表情は柔らかだ。

 彼女が着ている服は明らかにボロボロで、髪や肌だって荒れていて、尻尾もみすぼらしく潰れてしまっている。正直に言って、僕よりもずっと心配されるような見た目だ。

 きっとここまで、ネグセオーとふたりで長い旅をしてきたのだろう。それでもクズハちゃんは、僕に向けて疲れではなく、笑顔を見せてくれる。


「綺麗になぁれ」


 そんな彼女に、僕はまず、魔法を行使することにした。

 傷だけでなく、汚れさえも浄化する高位の回復魔法は、僕の望み通りの効果を発揮した。

 クズハちゃんの身体を包んだ魔力は、一瞬で旅の汚れを落とす。肌はツヤを取り戻し、服は穴こそ塞がらないものの汚れは取れて、尻尾は洗いたてのようにもふもふになった。

 自分の身体をひと通り嗅いだあとで、クズハちゃんはこちらに軽く頭を下げた。


「ありがとうございますわ。正直、女の子としてちょっとどうかと思っていたんですの」

「いえ、僕のために急いできてくれたんですから」

「そんなの、お友達なのですから当たり前ですわ。でも……これで気兼ねなく、こうできますわね」


 クズハちゃんが僕へと手を伸ばし、そのまま抱きしめる姿勢へと移行した。

 逆らうことなく受け入れれば、軟らかな感触がしっかりと押し付けられた。


「心配したんですのよ、アルジェさん……」

「……ごめんなさい。ありがとうございます」


 こちらから腕を回すと、クズハちゃんの身体は震えていた。

 彼女の瞳からこぼれた涙がお互いの頬を濡らして、くすぐったい。


 ……怖がらせてしまいましたね。


 ダークエルフの里で、僕はみんなを置いてひとりで飛んでいったのだ。

 それを見てクズハちゃんがどう思ったのかは想像するしかできないけれど、こうして涙を流すくらいには、怖かったのだろう。

 彼女にとって、僕は友達なのだから。


「アルジェさん、その子は……?」

「前にも話した、僕の友達です」


 ブシハちゃんに抱き上げられて連れてこられた青葉さんに、僕は彼女を紹介する。

 友達という単語は、以前よりずっと素直に言葉になった。


「……双子さんですか?」

「分身ですのよ?」

「なるほど、面白い技能を持っているんですね。はじめまして、アルラウネのアオバと申します」

「獣人のクズハですの。宜しくお願い致します……と、のんびり構えてもいられなさそうですわね」


 クズハちゃんが涙を拭うことなく、視線を向ける。

 視線を向けられた相手は金色の髪を揺らし、牙を隠すことなく笑う。当然のように、彼女も無傷だった。


「狐の子もいたのね。ここ数日、姿が見えなかったからいないのだと思っていたのだけど」

「魔大陸から走ってきましたわ!」

「……まあ、凄い。ペットとしてかなり優秀そうね」

「エルシィさん、この子は僕の友達です。ペットではありません」


 言葉を否定した僕に対して、相手は笑みを深くした。


「アルジェント、随分と意思が強くなったのね? それじゃあ、その強さを試してあげるわ」


 バンダースナッチから降りて、彼女は髪をかきあげる。

 金の隙間からこぼれるのは、血の色をした宝石たち。

 ぱりん、ぱりん。石造りの道へと身を投げた宝石たちが砕け散る。月明かりを反射して、怪しげな光が撒き散らされる。


「ブラッドケージ」


 そして、言葉とともに彼女の手勢が現れた。

 砕かれた宝石から質量を無視して現れたそれらは、姿も鳴き声もそれぞれに違っていた。

 エルシィさんが自ら生み出した魔物たち。様々な生き物のパーツを組み合わせて造られた、キメラたちだ。


「……理不尽すぎませんか、その能力」

「あら、私にとってはそちらの方が理不尽よ。私の一番欲しいものがそっちにはあるんだもの」


 げんなりした顔の青葉さんに、エルシィさんはにこやかに返す。

 欲しいもの、というのは間違いなく僕のことだろう。

 熱っぽい視線は明らかにこちらに注がれていて、無意識に一歩を下がりかけてしまう。殺気こそないものの、まるで蛇に絡みつかれているかのような感覚だ。

 先程まで、吸血鬼の兵隊たちを相手にしていた時とは比べものにならない緊張感が流れる。


「クズハちゃん、ネグセオーは……」

「さすがに危険すぎるので、街の中に入るのは遠慮してもらいましたわ」

「分かりました。それなら――」

「――ぐおっ!?」

「っ!?」


 戦闘が始まるかと思った瞬間に、僕たちの間に割って入るようにして、それは来た。

 明らかに吹き飛ばされる形で乱入してきたのは、見覚えのある顔だった。


「シバさん……?」

「大丈夫ですか、シバ!?」


 吹っ飛んで来たシバさんを追うようにやってきた残りのふたりが、彼を助け起こす。

 彼らがやって来た方向を見ると、予想通りのメンバーがいた。


「サツキさん!」

「皆さん無事でしたか、良かったです。おや、クズハちゃんもいるんですね」

「お久しぶりですわ、サツキさん」


 ひらひらと手を振ってくるサツキさんはいつも通りのテンションで、他のみんなにも見たところ怪我はない。クロさんとフミツキさんがいないけれど、たぶん別行動なのだろう。

 無事だったことに安堵していると、起き上がったシバさんが頭を振って、


「くそっ……これはさすがに聞いてないぞ……」

「何事も不測はつきものですよ」

「喫茶店の店員どもがここまで強いなんて予想できるかっ……!」


 憤った様子を見せるシバさんに対して、サツキさんはどこまでも涼しげだ。

 メイの従業員たちがどれくらい強いのかなんて、僕は知らない。彼女たちは戦っているよりも、喫茶店の店員として振る舞っている方が印象として強い。

 ただ、シバさんたちが決して弱くないのは本当だ。むしろ玖音の人間の手によって、なんらかの強化を受けていることは明らかだろう。

 それを相手取って無傷ということは、メイのメンバーは見た目よりもずっと強いのかもしれない。


「それで、まだ続ける気かな? いい加減こっちも飽きてきたのだけど」


 アイリスさんの言葉を聞いたシバさんはちらりとエルシィさんの方を見ると、苦虫を噛み潰したような顔で、


「……金色の姫までいるとは、今回は完全に失敗か……親父殿、すまない。……スピッツ、全員に撤退指示を出せ! アレを出して逃げるぞ!!」

「……仕方ありませんね。素直に認めましょう。今回はこちらが戦力を見誤りました」


 スピッツさんが唸るように答えて、弓矢を構える。

 放たれた矢は誰を狙ったものでもなく、ただ上空へと飛んだ。

 高空で弾けたそれは強烈な赤い光を放ち、夜の色を染める。ちょうど、照明弾のような感じだった。


「置き土産をして退かせてもらう。これで済むと思わないことだ」


 言葉を置いて、彼らはこちらに背を向ける。逃走は早く、追うことは難しそうだ。

 そもそも、エルシィさんがいる状況で彼らまで相手にできるとは思えない。

 恐らくは他の猟犬部隊も、吸血鬼の兵たちも退いているのだろう。スピッツさんが放った輝きは、そういう意図を伝えるためのもののはずだ。


「……ふぅん。人間もなかなか面白い玩具を使うのね?」


 逆に言えば、残ったのは彼女とその手勢だけということだ。

 エルシィさんはどこか感心したような顔で、空を見上げている。彼女が視線を向ける先には姿を現した巨大な影があった。


「鉄の塊が……飛んでる……?」

「……飛行船です」

「飛行する、船ですか……また随分と珍妙なものを造りましたね」


 メイの従業員たちも、驚いた様子で空にある船を見上げていた。

 僕たちの世界ではそれほど珍しくなかったものだけど、それが技術よりも魔法の発達した異世界にあるとなると、もはや奇妙にすら見える。

 置き土産という言葉に不穏を感じて、僕も飛行船を注視する。投下されてきたのは、懸念していた爆弾の類ではなかった。


「っ……!」


 落ちてきたそれは、一見では吸血鬼兵たちを閉じ込めていた棺桶と同じものに見えた。

 なんらかの合金らしきもので造られた棺桶の表面には、やはり玖音の家紋がデザインされている。


「……アルジェさん。あれは……」

「分かってます。なにか……今までとは違うものが来ます」


 青葉さんにそう応えて、僕は無意識に構えを取っていた。

 棺桶は未だ閉じられている。だというのに、肌を刺す魔力は僕に明確な危険を伝えてくる。隣のクズハちゃんも、尻尾の毛を逆立てて戦闘態勢だ。

 ぎ、という重苦しい音を立てて開いた棺桶から、幽鬼のような雰囲気をまとった男性が現れた。


 それはまるで死人のような瞳をしていた。紅というよりはもっと深く、(くら)い輝きだった。

 明らかに手入れのなされていない黒髪はゆらゆらと揺れていて、闇が滲むようだ。

 身長は高く、ボロ布のような服が彼の幽鬼のような印象を助長している。

 押せば倒れて、そのまま事切れてさえしまいそうな雰囲気。それなのに、漏れ出てくる魔力は明らかに異質であり、異常だった。


「……我を起こすか」


 紡がれる言葉はかすれていて聞き取りづらく、それでも言葉を紡いだとは理解できる。

 それは今まで戦った吸血鬼の兵隊たちにはなかった、意志を持った響きだった。


「完全な意思の剥奪をされていないのですか……?」


 青葉さんの疑問に、相手はなにも応えない。ただゆらりゆらりと身体を揺らして、のんびりとさえした様子で周囲を眺める。

 彷徨った彼の視線が止まる前に、動くものがあった。

 それは今まで事態が動くのを眺めていたはずの存在。いくつものキメラを従えた、金色の吸血鬼。


「……伯爵ぅぅぅ!!」


 血走った瞳には、明確な憎悪と怒りがあった。

 そして、無数の呪いが彼へと牙を剥いた。

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