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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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アンコールダンス

「サツキさんたち、大丈夫でしょうか……」

「今は集中した方がいいですよ、アルジェさん」

「……そう、ですね」


 メイのみんなのことは気になるけれど、自分の目の前のことも大切だ。

 既に倒した吸血鬼は三十を超える。希少種族だと聞いていたけれど、それをこれだけ集めたのだとしたら、シバさんが率いる猟犬部隊とやらも十分に脅威だ。

 ただ、そちらの方は青葉さんのツタが何人か捕獲しているのを見たので、僕の意識は吸血鬼へと集中させておく。


 目の前に迫った炎の魔法を、身を捻って回避する。当たったところで魔法耐性に任せればダメージはほぼないのだけど、それでは制服が燃えてしまう。

 自我を失っていても魔法を使うことができる吸血鬼という種族のことを感心しつつ、僕は刃を振るった。


「……ふぅ」

「アルジェさん、お久しぶりです」

「あ……」


 霧散した吸血鬼の向こう側から、影が滲むようにして知った顔が現れた。


「ええと確か……ハボタンさんでしたっけ」

「はい。ヨツバ議会にて、アキサメ様の私兵である御庭番衆(おにわばんしゅう)を束ねております、ハボタンです」


 こちらの言葉を肯定した上で名乗りを上げ、相手は深く頭を下げる。

 日本でいうところの忍び装束に身を包んだ彼女の背は高く、頭には角があった。鬼族、と呼ばれる身体能力に優れた種族らしい。

 共和国の政治を動かしている四家のうち、ヒグレという家に仕えている彼女がここにいるということは、共和国の戦力が本格的に動いているということだろう。


「議会の人たち、もう動いているんですね」

「ええ、流石に少し混乱がありましたが……四家の皆様、それぞれご自分の手勢を放っております。私はあなた方とは面識があるので、一度こちらに」

「……これは、帝国の手によるものだと思います」

「我が主も全くの同意見でした。しかし、正式に抗議するも戦になるも、ここをまず守ってからです」


 相変わらず、アキサメさんは動きが早い。飄々としていて常にふざけているようにも見えるけれど、間違いなく聡明な人だ。


「アルジェさん……と、お連れの方は手伝ってくださると考えていていいんですね?」

「ええ。捨ておくことは出来ないので。吸血鬼に対して良く効く武器を持っているので、お役に立てると思います」

「……感謝致します。それでは……こちらはこちらで仕事をさせていただきます」


 深く頭を下げたまま、ハボタンさんの姿が夜に溶けるようにしてかき消える。あれも技能の力か、それとも純粋な技なのか。どちらにせよ、彼女も相当な使い手だ。


「うーん、桜に忍者。まるで日本映画ですね」

「もしかするとそういうのも、僕たちの世界から持ち込まれていたりするかもしれませんね」


 余裕が出来たことで少しだけ雑談を交わしてから、僕たちは再び防衛を再開する。

 青葉さんがツタで援護してくれるので、かなり動きやすい。吸血鬼に対して有効な『夢の睡憐(すいれん)』を持つ僕を、導くようにしてツタが敵を絡めとり、場合によっては相手の魔法や攻撃を防いでくれる。


「もう二度と、あなたは傷つけさせませんよ」

「別に、玖音にいた頃から傷ついてはいませんけどね……!」


 玖音の家で、僕が不要になったことは必然だ。僕が家の期待に応えられなかったのだから。

 閉じられた世界で過ぎていく緩やかな時間は僕にとっては眠りのように優しく、そのまま命の幕が閉じた。

 だというのに、こんな世界に転生させられて、心底から迷惑している。

 それでも、僕はもうこの世界にいて、この世界に生きる人たちに恩を受けてしまっている。


「返さなくてはいけないことの方が、煩わしくて、嫌です……!」


 恩のある人たちを傷つけられることは、僕の心をひどくざわつかせる。

 しかもその原因が久音の家にあるという事実が、僕の中にある不愉快を強くする。


「まったくもう、おちおち寝られやしない……!」


 自分の心すら制御出来ない僕だけど、これだけは分かる。

 このイライラを解消しない限り、心の底から安心してお昼寝なんてできない。


「面倒くさいことは、早く片付けるに限ります」

「そうね。私もそう思うわ。煩わしいことは、大嫌いよ?」

「っ……!!」


 心の中で騒いでいた不愉快が、急激に冷えた。

 先程、背後から射られたこととは比較にならないほどの嫌な感覚に、僕の身体はほんの一瞬、動くことを忘れた。


 耳を撫でるというよりは舐めるようなねちっこい声色に、肌がざわつく。

 背中に冷たい汗が流れ、ひどく喉が渇く。

 僕の全身が危険を訴えて、そこから逃げろと騒ぎ立てる。


 それは僕と同じように、絶世の美少女と言える姿をしていた。

 髪の色は金色で、瞳の紅は彼女が僕の同族であることを示している。

 それだけならアイリスさんと同じだ。けれどこの相手からは、アイリスさんから感じる明るい雰囲気が欠片もない。感じるのは陰湿さと、ねちっこさ。


 名も知らぬ民家の上に唐突に現れた彼女は、明らかに僕へと言葉を投げてきていた。


「……あはっ♪」


 月を引き裂くようにして、金の吸血鬼が笑う。

 真っ白な牙を見せて、紅色の瞳を蕩けさせて、こちらを見下ろしている。


「久しぶりね、アルジェント」

「エルシィ……さん……」

「あら、私のことを覚えていてくれたのね。嬉しいわ、とっても嬉しいわ」


 歌うように言葉を作る彼女は、本当に心底から嬉しそうだった。

 金色の吸血鬼、エルシィさん。ムツキさんと同じように、力のある吸血鬼として数えられている存在だ。


「ふふ、今日はメイド服? 可愛い格好をしているのね。素敵な女の子として、自覚のひとつも出てきたのかしら?」

「っ……!」

「くすくす……だとしたら、気持ち良さを教えてあげた甲斐もあるというものなのだけど……」

「あ、ぅ……」


 語られる言葉に、顔がかぁっと熱くなる。

 はじめて出会ったときに、なにを言われて、なにをされたのか。

 ベッドに押し倒されて、可愛がるように全身を舐められて、いたぶるように血を吸われて、耳元で囁かれて。


「っ……!」


 ぶるりと全身が震えて、足が動かない。

 頭では逃げなくてはいけないと思うのに、身体は彼女にされたことを思い出しているかのように反応してしまう。


「あは……いい顔。少しは私が好きになってくれたみたいね。それじゃあ今度こそ、一緒に堕ちちゃいましょうか?」

「あっ……」


 相手の姿がずるりと影になったかと思うと、一瞬でこちらの目の前に現れる。

 動かないと思っていた足はふらふらと下がるけれど、すぐに背後に民家の壁が当たった。


 エルシィさんの手が伸びてきて、メイの制服に触れる。前のようにそのまま引き裂かれるのかと思えば、つつ、と制服越しに肌を撫でられた。


「ひうっ……」

「ふふ、イイ反応。今日は下着も付けてるのね? それはそれで、脱がす楽しみがあるからいいわ」

「や、やだっ……」


 相手の手指が這うことを、いい事だとは思わない。

 だというのに、僕は動けないでいる。

 見つめられるだけで身体が固まって、耳元で囁かれるだけで意思が奪われてしまう。


「さあ、アルジェント。今日こそ、私のものに……」

「その人から、離れなさいっ……!!」


 青葉さんの声が、僕を正気へと引き戻した。

 既に身体は彼女のツタに巻かれていて、僕は強制的に彼女の側へと移動させられる。


「大丈夫ですか、アルジェさん!?」

「え、ええ……ありがとうございます、青葉さん」

「……相変わらず、あなたのお友達は人の邪魔をするのが大好きなのね」


 声色に嫌みはなく、むしろ状況を楽しんでいるようにさえ感じる。

 恐らくはエルシィさんにとっては、可愛がる対象が増えた程度にしか認識していない。この人は、そういう人だ。どこまでも欲求に正直で、隠すことがない。


「……どうして、ここに」

「あら、もちろんあなたが一度行ったところなら、監視してるに決まっているでしょう?」

「っ……!」


 そうだ。この人には既に一度、監視をつけられているのだ。

 あの時は退けられたけど、彼女は諦めていなかった。だとしたら、僕が訪れた場所にもう一度訪れると踏んで監視の目を置いておくくらいはするだろう。


「本当はもう少し、あなたを迎えるための準備をしようと思っていたのだけど……どういうわけか首都そのものが混乱しているみたいだから、それに乗っかることにしたわ」


 予想していたことだけど、エルシィさんは帝国とは関係なく、完全に自分の意思でここに来ているらしい。

 単体で第三の勢力として扱えるほどの力を持っている彼女の登場は、最悪というほかなかった。まして、彼女の狙いは明らかに僕なのだから。


「くすくす……」


 冷たい汗を流すこちらと違い、どこまでも熱っぽい瞳でこちらを見て、エルシィさんが笑う。

 膨れ上がる魔力は、彼女がやる気になったことを示していた。

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