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転生吸血鬼さんはお昼寝がしたい  作者: ちょきんぎょ。
本編

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日常の守り手

「さて、と」


 ……どうしたものですかねえ。


 対峙した三人から感じる気配は、今まで出会ったどの人間とも違っていた。

 もちろん、すべての人は他人だ。気配はそれぞれ違うのだけど、そういうことではなく。

 まるで人間のようでいて人間ではないものを相手にしているような、不思議な感覚がある。


 アルジェちゃんたちはある程度詳細を知っていそうだけど、それを今聞くのはさすがに野暮だろう。ええ、サツキちゃんは超空気が読める女ですから、そういうのは分かります。

 そう結論して、私は従業員に指示を出すために言葉を作る。


「それじゃあフミちゃんは避難誘導しつつ、細かい状況を把握して議会の皆さんに報告! シノくんとクロちゃんは適当に引っ掻き回して、アイリスちゃんは――」

「――悠長に会議なんてさせると思うか?」


 言葉を紡ぎ終わる前に、相手が踏み込んだ。

 人間業とは思えないほどの速度で、三人のうちで最も小柄な男性が私の側へと肉薄した。


「シッ……!」


 放たれてくる刃は、居合い斬りに近い動きで、こちらの首を落としにかかる。

 速度は恐らく、ふつうの人間が出せる限界ギリギリ。不意打ちであれば、ほぼ確実に相手を殺せてしまうほどの速さと狙いだった。


「せっかちですねえ」

「なっ……!?」


 もちろんそれは、完全に不意を打たれた場合の話。

 相手が振り抜いた刃は私の首を捉えることなく、虚空を薙いでいった。


 私がやったことは、単純なこと。ただ一歩を下がって避けたと、それだけのこと。

 当たらなかった攻撃が、意味を成すはずがない。だというのにそんなに目を見開いて、大げさなお客様だ。


「あらあら、そんなに驚かなくてもいいではないですか」

「ちっ……離れてください、シバ!」


 眼鏡の男性の声が鋭く飛び、同時に弓矢も飛んでくる。

 離脱を援護するためでありながら、可能であれば殺すために顔面狙い。

 本来であれば脅威であったその一矢が、私に届くことはなかった。


「わふー! サツキちゃん危ない!」


 獣の反応速度で、クロちゃんが行った。

 横から引っ掻くようにして、弓矢を叩き落としてしまう。


「この、ふざけやがって……!」

「うちのサツキになにすんだ、このバカ野郎が。てめえこそふざけんなよ」

「ぐっ……!?」


 さらに突撃してきた男性を、シノくんがいつも通りの乱暴さで思いっきり殴った。

 相手は振り抜こうとしたとした戦槌を盾にしたものの、打撃音は明らかに重く、素手で殴ったとは思えない音がした。


「で、君はいつまでサツキの近くにいるのかな?」

「……なんだ、お前らは」

「ボクたち? うーん……とりあえず名乗ると、ボクはアイリス・イチノセ。どこにでもいる喫茶店の従業員かな。うん、ただの一般人だよ?」

「ふざけるなっ……お前らみたいな一般人がいるか!?」

「いるんだからしょうがないでしょ……っと!!」


 ごもっともすぎる相手の言い分に対して、アイリスちゃんが蹴りで応えた。

 当てるというよりは退かせるための攻撃に、相手は素直に距離を取る。


「えっへん、どうですかうちの子たちの連携は。あなた達にも負けてませんよ。実はみんな好き勝手に私を守ってるだけなんですけどね!?」


 もちろんまったく予想していなかったけど、上手くいったので結果オーライ。満足気に無駄にデカい胸を揺らして、ドヤ顔をキメておく。

 戦闘という命のやり取りの時間であるはずなのにいつも通りの足並み過ぎるけれど、これがうちの平常運転だ。

 クロちゃんもシノくんもアイリスちゃんも、基本的に自分勝手というか自己のテンションを大事にするタイプだけど、ある一点においては共通している。みんな、仲間が大切だというところだ。いつも素直でいい子なのはフミちゃんだけ。

 呆然としているアルジェちゃんと青葉さんに、私は促しの言葉を投げた。


「おふたりとも。ここは私たちにお任せを」

「サツキさん……?」

「吸血鬼たちの相手をしてくれると助かります。ちょっとそれは、苦手なので」


 我ながら、今の自分の表情はひどく困っているだろう。

 なるべくいつも通りの笑みを作ったつもりだけど、眉尻が下がるのがどうしても止められない。


 ……アイリスちゃんと戦わせたくないんですよね。


 完全に個人的な理屈だけど、偽りようのない本心だった。

 アイリスちゃんはああ見えて、感傷に浸ってしまう方だ。飄々とした態度はただのポーズで、実際には人情深い。人情深すぎるから、肩入れしすぎないようにおどけて、必要以上に踏み込まない。

 そんな彼女に同族との戦いを強いることは、なるべくなら避けたかった。


「……分かりました。すいません、お願いします」

「無理はしないでくださいね」


 謝るべきはこちらの方なのに、ふたりはしっかりと頭を下げて、こちらから離れていく。

 礼儀正しくて、可愛い子たちだ。終わったらきちんと労ってあげないといけない。


「お姉様、私も行きますねぇ」

「ええ、お願いしますね、フミちゃん。それではちょっと時間外労働ですが、手当は出しますので頑張っていきましょう」

「わふー! サツキちゃん、クロね、特別手当におやつ欲しい!」

「はいはい、構いませんよ。ジャーキー何本でも買ってあげます」

「わふふー! やったー! やる気十分なんだよ! クロ、いっくよー!!」


 元気よく手を挙げて、クロちゃんが空を見上げた。

 浮かぶ月は丸く、私たちにとっては浴び慣れた涼しさが降り注いでいる。


「今宵は満月。吸血鬼にとってはいい時間です。あなた方がどうして襲撃して来たのかは分かりませんが、吸血鬼を使って攻めるにはいいタイミングでしょう」

「でもでも、満月で嬉しいのは吸血鬼だけじゃないんだよ? すぅ……あぉぉおおおおおおんっ!!」


 夜を切り裂く遠吠えは、彼女に流れる人狼の血を呼び覚ますためのもの。

 みしりという音を立てて、クロちゃんの身体が軋む。

 全身の毛が逆立ち、伸び、彼女の全身を覆っていく。包まれていくように身体が膨れ上がり、変わっていく。

 二足歩行から四足歩行へ。より早く、より強く、より狩りに適した身体に。


「グルァァァァァ!!!」


 獣の姿に戻ったクロちゃんが、天の満月に向かって高らかに吠えた。


「獣化……それも2メートル以上だと!?」

「その名も大神(おおかみ)形態。クロちゃんの奥の手です。日が……いえ、月が悪かったですね?」


 人狼のごく一部だけが使える、巨大な狼への変貌。

 それは単純な変化ではなく、遥か昔、一部の部族などの間では神様として崇められていた存在としての側面も持つ。九尾の大妖狐とも並ぶ、(ふる)く強い存在だ。

 今のクロちゃんは守り神であり、厄災とも言える。神様はいつだって気に入ったものには優しいけれど、敵には容赦しない。素直な獣系の神様ならば、尚更だ。

 モフ度マシマシになった毛皮を撫でて、私は彼女に言葉をかける。


「クロちゃん、あの人たちはこちらでお相手します。他の方々と遊んであげながら、住民の皆さんの避難のお手伝いをしてください。……ゴー!」

「……グルゥ!!」


 力強く吠えて、彼女は駆け出した。

 敵を蹂躙して、大切な人達を守るために。


「くっ……逃がすな、スピッツ! あれは神獣の域にあるものだ! 他の奴らでは……!」

「心配しなくても、お前らでも無理だっつーの」

「は……!?」


 クロちゃんへと意識が向いた瞬間に、シノくんが踏み込んだ。

 打ち込まれる打撃は素手ではなく、ナックルダスターという殴るための武装をつけたものであり、相手が咄嗟に(かざ)した刀と拮抗した。


「おいおい、刀が痛むぞ」

「くっ……!」

「テメェ、この男女がっ!!」


 乱暴な言葉と戦槌が、シノくんを狙う。

 シノくんは即座に攻撃から回避へと転じて、相手からほんの少しだけ離れた。


「男女で悪かったな、とっ……!」


 急制動をかけて、シノくんは再び前へと鋭く踏み、拳を叩き込んだ。

 打ち込まれた拳は正確に槌を捉え、相手の手からそれを弾き飛ばす。

 その行き先には、弓をつがえた三人目がいた。


「わぉ!?」

「さすがに外すか……うわっ、あぶね」

「め、眼鏡が壊れるかと思いましたよ……!」


 飛んできた戦槌を回避するためにしゃがみながらも、相手は矢を射ちこんできた。

 さすがに深追いはせず、シノくんは矢を打ち払いつつステップを踏んで、今度こそこちらまで戻ってくる。


「俺ひとりに手間取ってるようじゃ、クロは倒せねえぞ。俺にはなんの能力もないんだからな」

「なんの能力もない……だと!?」

「おう。俺はちょっと世界に嫌われてるらしくてな。血の従者以外の技能は持ってないんだわ」

「は……!?」


 シノくんの言うことは真実だ。

 彼女の身体には確かに魔力が流れている。けれど彼女はそれを扱うことができない。

 その他、魔力を使わない剣術や速読などといった技能でさえ、シノくんはどれだけ努力しても身に付くことがなかった。


 それは『無技能者』と呼ばれる特異体質であり、つまりシノくんは本当にどこまで行っても『ただの人間』でしかない。

 一応私からの血の契約によって付与(ふよ)された血の従者の技能はあるけれど、それすらも技能レベル1がなんとか付けられたというだけ。

 レベル1の血の従者に、身体能力の強化はない。つまり彼女は今、なんの技能のアシストも受けていない状態で三人と渡り合っているということになる。他でもない、彼女自身の努力による力と技で。


「無技能に、神獣……お前らのどこが一般人だ!?」

「いやぁ、それはちょっと否定できないところありますが。私たちはあくまで一般人。強いて言うなら……そうですね」


 壊されたくないものが、愛おしい日常がここにある。

 それらがいつか時間とともに過ぎ去ってしまう景色だとしても、誰かの手で奪われるなんて、受け入れられない。

 私たちは、大切なものを守るためなら頑張れる。ただそれだけの存在だ。


「日常を守ろうとする、ただのお節介集団ですよ」


 背後でアイリスちゃんが戦闘態勢に入る気配を感じながら、私も少しだけ身構える。

 お客様にはおもてなしを、無礼な人はお客様ではないのでお仕置きを。

 戦の臭いより珈琲とケーキの香りを。険しいよりは、眩しい笑顔を。

 いつも通りの日常に帰るために、私たちは行った。

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