日常の破壊者
「っ……やっぱりっ……!」
絞り出した言葉は、予想通りのことが起きたことを示していた。
優しい明かりが照らしていたサクラノミヤの町は今、戦火に焼かれていた。
衝撃音の正体は予想通り、王国で見た棺桶の群れ。その中から現れた意思のない吸血鬼たちが、町を破壊して回っている。
既に中身がなくなった無数の棺桶には、やはり久音の家紋が刻まれていた。
僕よりも先に外に出ていた青葉さんが、こちらへと振り向いて、言葉を作る。
「どうやら、ここにも来たみたいです」
「……はい」
「アルジェちゃん、これは……」
「サツキさんは、みんなを連れて逃げてください」
後ろにいるサツキさんにそう声をかけて、僕は己の身体からひと振りの刀を解き放つ。
血液の中に存在そのものを溶かしこむことで物品を格納する技能、ブラッドボックス。そこから取り出した刃の銘は、『夢の睡憐』。
手の中の冷たい感触が体温に馴染んでいくのを感じながら、僕は刃を構える。
「……これは、僕たちが片付けなければいけないことですから」
焼かれていく景色を見て、僕は強くそう思っていた。
「行きましょう、銀……いいえ。アルジェさん」
「……ええ」
青葉さんの言葉に頷いて、僕は一歩目を踏んだ。
玖音からの転生者によって意識を奪われて、戦争の道具にされてしまった吸血鬼へ向けて、駆ける。
夜の風を置き去りにして、フリルスカートが舞う。背後で青葉さんが自分のツタを展開した気配を感じながら、僕は更に加速した。
「……ごめんなさい」
もはや、相手に意識はない。恐らくは自分が吸血鬼だったことさえ覚えていない。
それでも僕は玖音の人間がしてしまったことに対しての謝罪を口にして、刃を突っ走らせた。
するりとした感触は、まるで夢か幻を斬ったようだった。
「ぎ」
という声を残して、吸血鬼の兵隊が霧散する。
それを見届けることなく、僕は次の目標へ向けて駆け出した。
サクラノミヤが燃える。青葉さんと見た桜が、焼かれてしまう。
果たした約束が灰になるという焦燥感が、僕を突き動かす。
「こんなことを……どうして……!」
玖音の家の人間からの、それも転生者だ。
元々チート能力が授けられる転生者という立場にくわえて、僕たちがいた世界の知識と、玖音の人間という下地があれば、飛行船を作るくらいは可能だろう。それは理解できる。
だけど、転生したこの世界でどうしてこんなことをするのか。
共和国という中立の大国にすら攻撃を仕掛けて、一体何が目的なのか。
疑問を持ったところで答えが返ってくるわけはなく、ただ耳障りな叫び声と破壊の音だけが僕の耳を叩く。聞こえてくる音から敵の数の多さを感じて、心の中に焦りが生まれていく。
「っ……!」
首の後ろにちりちりとしたものを覚えた瞬間、焦りが怖気に変わった。
破壊の音に紛れた風切り音を聞き逃さず、僕は回避を選択する。
ほんの少し前まで自分の頭があったところを、銀色の矢がかすめていった。
「アルジェさん!?」
「大丈夫です、避けました……!」
「ちっ……これでも外しますか。やっぱり強い吸血鬼はデタラメだな」
「……あなた達は」
視線を向けた先。路地裏から現れたのは、見覚えのある男性たちだった。
ダークエルフの里で戦った、三位一体とも呼べる連携動作で相手を追い詰める三人の兵士たち。
真ん中にいる小柄な男性が、手元の刀を揺らめかせて言葉をかけてきた。
「また会ったな、銀色の」
「……シバさん、でしたっけ」
「応。よく覚えていたな。こっちの眼鏡はスピッツ、大男はアキタだ。親父殿自慢の猟犬部隊……そのアタマを張っている。混乱に乗じて、乗り込ませてもらった」
柴犬、スピッツ、秋田犬。
ふざけているとしか思えない名前だけど、今なら分かる。
その名前は、僕たちが元々いた世界で生きていた者だから、転生者だからこそつけられたものなのだということが。
「知り合いですか、アルジェさん」
「王国に行く前に会いました。たぶんあの人たちは、僕たちの関係者の手が入ってます」
「……それは面倒そうですね」
こちらへとやって来た青葉さんに、簡単に事情を説明する。
ここまで来たらなにがあっても驚かない。方法は不明だけど、おそらく彼らは玖音の転生者の手によってなんらかの強化をされているはずだ。
油断なく構える僕たちの前で、シバさんが軽く唸りながら、
「親父殿特製のアレの爆発を喰らって生きているとはな……親父殿はアレのことを、対象を時空の彼方に消し去る爆弾とかなんとか言っていたが、所詮は試作品か。上手くいかなかったようだ」
「……ちょっと人より頑丈なもので」
「はっ。それなら今度こそ、その身体を親父殿に持っていってやるよ。手足くらいなら、潰してもいいだろうしなぁ……!」
「アキタ、落ち着いてくださいよ。そうやって僕の手間を増やさないでくれ。矢には限りがあるんだからな」
背中を冷たいものが流れていくことを自覚しつつも、僕は刃を構え直した。
吸血鬼兵だけでなく、彼らまで出てきているということは、ダークエルフの里や王国への襲撃以上に、相手が本気で共和国を攻めてきているということだ。
「やらせません、今度こそは――」
「――はい、リラックスして?」
「ふぇ!?」
戦闘のために力を入れようとした身体を、背後から指で撫でられた。
慌てて飛び退くと、そこには悪戯が成功した顔で笑う知り合いがいた。
「アイリスさん……!?」
「だけじゃないよ、っと」
彼女の言うとおり、そこにいたのはアイリスさんだけではなかった。
クロさんにフミツキさん、シノさん、サツキさん。
喫茶店メイの従業員全員が、そこにいた。
「なんで……」
「なんでもなにも、自分ちが壊されかけたらそりゃ出てくるだろうよ。うるさくって寝られやしねえしな」
「そうだよアルジェちゃん! このあたりはクロの散歩コースなんだから、壊されたら困っちゃうんだよ!」
「そうですねえ……サツキちゃんもお店を壊されると修繕費かさみますし、お客様の家を壊されるのも結果的に客足が遠のいて困りますから。売上大事です」
「お姉様たちぃ、もうちょっと緊張感あってもいいと思いますぅ……」
フミツキさんが呆れた声を出すけれど、他のみんなは涼しい顔だった。
まるでここが戦場などではなく、いつもの職場だとさえ感じさせるほどの空気感で、メイの従業員たちはいつも通りだ。
サツキさんが微笑んで手を叩く。まるでそれが合図であるかのように、従業員たちが笑みを深くする。
「さてさて、それじゃあ皆さん、始めましょうか?」
「そうだね、客商売はお客さんを選べないからね」
「だがよ、失礼なお客様をとっちめる権利はあるんだぜ?」
「そうですねぇ。たまには、そういうこともありますよねぇ」
「わふー! まっかせてー!」
いらっしゃいませとさえ言い出しそうな雰囲気で、彼女たちは前へと踏み出した。




